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52 殺戮のBB

「バート、おい、バート!」
「少しは相棒を労わろうという気はないのですか?」
 バートは床に座ったまま起き上がっていた。ひどく億劫そうだ。
「その台詞は先に爆弾でぶっ飛ばされたあたしを労わってから言いな。見ろよ、地下だ」
 デッドシティの建物の多くは大戦前のものだ。経年劣化してきてはいるが、まだまだ十分に使える。ここもそうした建物だ。
 視線だけをバートに向けると、バートは膝に手をついて立ち上がったところだった。
「行くぞ」
 壁に突き刺さったナイフを引き抜く。そしてバートに借りた銃を差し出した。
「ビア、あなた先ほどは殺すなと言っていたと思うのですが?」
 バートはそう言って銃を受け取ると、皮肉めいた笑みを浮かべた。ビアンカも答えるように唇の足を吊り上げて笑った。
「ハッ! 忘れたね。どちらにせよ、ここには沢本がいる。黒幕はわかったとほざいていたんだ。だったらいつも通りにしてもいいだろ」
「ブラッド・バス?」
「あぁ、もちろんだ」
 そう言った後、ビアンカは先ほど天井から落ちてきた天井の石膏ボードの一部を拾い上げた。そして先にビアンカが下りておく。屈みながら静かに足音を消して降りる。
 地下への階段は短い。ここを銃口で一斉に狙われたら間違いなく死ぬ。ビアンカはそのために拾った石膏ボードを先に投げ入れた。
 コンクリートの床に石膏ボードが落ちる音が響き渡る。
「死ねぇぇ!」
 そう叫んで敵が引き金を引いた。その発射の瞬間のマズルフラッシュが暗闇に光った。
「バレバレですよ?」
 後ろからバートが腕を伸ばす。マズルフラッシュのおかげで位置が丸わかりだ。バードが応戦するように二度撃った。その間にビアンカが身を低くして階段を一気に駆け下りる。
 逆にバートが今度は階段を駆け上がった。死体が倒れる音もなければ、悲鳴が聞こえることもないということは、お互いに当たっていないということだ。
 ビアンカは体勢を低くし、足音を殺す。壁に近付いて背後を取られないように気を付けながら敵へと近づいていく。
 体臭が鼻を突いた。
 ビアンカはニヤリと笑った。これだから身だしなみを整えない男って奴は臭いんだよと思いつつ、静かに暗闇の中から迫って行く。ナイフを逆手に持ち変えてグリップをしっかりと握りしめる。足元に落ちていた空き缶を拾い、的外れな方向へ投げつけてやる。
「そこか!」
 音におびえ、出鱈目に引き金を絞った。ビアンカはその音とマズルフラッシュを目印にして一気に距離を詰めて背後を取った。
「後ろがお留守だぜ?」
「ひっぐっ!」
 顎を掴んで仰け反らせると、ナイフを男の首に突き刺した。ビアンカに抵抗しようと銃口を向けるが、顎を掴んでいた手を放しスライドを鷲掴みにする。オートマチックはスライドを、リボルバーはシリンダーを掴まれると引き金を引けない。銃の欠点は近距離で制圧されるとガラクタ同様になってしまうことにある。
 ナイフを引き抜くとどっと血臭が溢れた。それに構わず、二度、三度と突き刺す。そのたびに悲鳴が上がり、やがて体から力が抜けていく。
 最後にナイフを抜いた瞬間に返り血が頬についたのがわかった。ビアンカは笑う。
 血を浴びてこそ、BBだ。
「逝けよ。もうすぐお仲間もみんなそっちに送ってやるからさ?」
 大量の出血からショック症状の始まった体は力を無くして崩れ落ちる。銃をもぎ取り、ショートパンツのベルトに挟む。
 念のため体勢を低くし、他に誰かいないか探そうと踏み出した途端に明かりがついた。デッドシティは通電しているが、電気料金が払えないために使わない連中も多い。明かりがつくことを予想していなかっただけに、一瞬動きが止まった。
「っ!」
 暗闇に慣れた目に、明かりは毒だった。その鋭い光に目は一瞬幻惑され、思わず閉じてしまう。
「ビア!」
 バートの声に反応して視線を向けると、バートが銃口を向けている。何も考えずにその場にあおむけに倒れ込むと、バートが二度発砲した。
 ビアンカの背後に銃を構えた男がいたのだ。しかしバートの発砲で喉と頭に被弾して崩れ落ちる。
「ナイス!」
 ビアンカはナイフを構えながら起き上がり周囲を見回した。
 不意に訪れた静寂。上では沢本たちの銃撃の音が聞こえているというのに、ここは地下だからか嫌に静かだ。
「……」
 一度視線をバートへ向けた。背後からの襲撃を警戒して階段を降り切ったところで、壁に背を向けビアンカと同じように室内を見回す。
 然程大きな部屋ではないが、なぜこんなところに逃げ込んだのだ?
 ビアンカが首を切った男の手を見る。手錠がない。物音に気を付けながら、バートが撃った男に近付くが、こいつも手錠がない。
 三嶋が親切にも鍵を渡すわけがない。さらにそれを外す余裕もないはずだ。
 ここへ逃げ込んだのか? それとも上へ?
 バートは爆発の衝撃で、わずかの間気を失っていたかもしれない。しかし爆発からビアンカと沢本の突入はわずかの時間しかなく、手錠男が自由に逃げられる程の間もない。
 なぜ地下に逃げ込んだ? 地下は袋小路。逃げ場なんてない。
 しかしここはデッドシティ。しかも大戦前の建物は、今も利用されている。さらに人の手が加わり、魔改造されていると言ってもいい。
 ビアンカはバートが倒した男が落とした銃を拾い上げた。安全装置を外し、左手で持つ。
 この室内にあるのは使っていない机と椅子。資材置き場というように棚にはいくつかの銃火器が見えている。武器を欲して地下に降りたのか?
 そうだとしても少なくとも二人いた……これは何を意味する? 明かりのない暗闇で何をしていた?
「そこだ、バート!」
 物資にかぶせていた布が動く。それと当時に発砲音。
「うあっ!」
 左腕に衝撃を受けてビアンカは後ろ向きに倒れる。しかし追撃を避けるためにそのまま右肩を床に付け、激しい痛みを堪えながら銃を構えて引き金を絞る。
「くっ!」
 しかし元々利き腕ではない左腕と、負傷した痛みのせいでろくに狙いも定められず天井に向かってしまう。バートも応戦するように銃を撃つが相手の方が一歩上だった。
「手榴弾!」
「またかよ!」
 男は左腕で持った手榴弾のピンを口でくわえてバートに向かって投げ放つ。バートは身を翻して階段へと逃げて行った。バートに続いて逃げられないビアンカは、咄嗟に机の陰に隠れて頭を抱える。
 衝撃を伴う炸裂音に鼓膜が震えた。衝撃で照明が壊されて、再び室内に闇が戻る。埃っぽさと火薬の匂いと死体から放たれる血液の生臭さにむせ返りそうになりながら、ビアンカはそっと息を吐いた。

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