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28 殺戮のBB

 大袈裟にとも言えるほどに驚いている二人を見比べて、三嶋はややきょとんとした様子だったが、そう深くは考えていない様子だった。
「うん、そう。おまえがデッドシティに来ると、ろくな事がないだって。失礼しちゃうわよねー。あたしとしてもここへは休暇の時に来たいというのに」
 本来は天敵なはずの三嶋はウェートレスに手を上げて、アイスティーを注文した。
「それでビアンカは要君とどういう繋がり? ハウンド関係者なら、今後も見逃してあげるわよ?」
 ビアンカは心の底から、沢本という男のことが底知れず恐ろしくなった。一体どれ程の権力や繋がりを持っているのだろうかと。
「ハウンドではないけど、仕事を引き受けている」
 そう答えると、ふぅんと気のない返事を返した。
「微妙なところね」
「そういうあんたは、沢本とどういう関係?」
 本当にあの男の人脈は侮れない。バートが一千万の賞金首だと言ったが、恐らく沢本もデッドシティを出て何かをすれば、高額な賞金首として手配されることだろう。
 だだあの男は金も力も権力も、そしてそれらを使いこなすための人脈も持っている。
 そうした警戒心だったのだが、三嶋はどこをどうとらえたのか、一瞬嫌そうな表情を浮かべた。
「なにそれ? えー、あんたまさか要君目当てなの? やめときなよー。あんな男、手に負えないわよ?」
 くすくすと笑う三嶋は、その口調から沢本の人なりをよく理解している様子だった。
「馬鹿、違う。そういうあんたこそ、ハウンド関係者なのかって聞いているんだ」
 戦々恐々とした気分で尋ねると、三嶋は快活な笑い声を上げて顔の前で手を振った。
「バウンティハンターが、犯罪組織と手を組んじゃだめでしょー? その気になれば、要君には億の単位で懸賞金をかけて首を欲しがる連中はごまんといるけど、あたしは要君を相手にするのは面倒だから嫌だし、そんなオファーを受ける気違いがいるとも思えないわ。そうねぇ、古馴染み? 利害が一致していれば、手を組んでもいいというところね」
 そう言って三嶋は笑った。丁度アイスティーが運ばれてきて、三嶋はすぐに札を渡した。
「なんなんだあの男は? 考えてみれば、一連の騒動もみんなあいつのせいのような気がしてきた」
「何々? 何があったの? お姉さんに相談してごらん?」
 アイスティーに口付け喉を潤し、胡散臭い笑顔でビアンカの顔を覗き込む。なぜ天敵に馴れ馴れしくされなければならないのだと、きつい視線を返すと、三嶋はバートに視線を向けた。
「ねぇ、どうしたの? 要君、またどこか潰す相談でもしてきた? きゃー! だったらあたしも一枚噛んじゃおうかなぁ?」
 必要以上に嬉しそうな笑顔を浮かべ三嶋は目を輝かせる。バウンティハンターというべきか、犯罪者の一歩手前か、わかったものじゃない。
「あなた、先程おっしゃったことと、たった今言ったことの内容が違いませんか?」
 穏やかな聖職者の笑みを湛え、しかし確実に三嶋を皮肉ると、三嶋は舌をぺろりと出してみせた。
「へへへ、物事は臨機応変に対応しなきゃ、損をするわよ?」
 三嶋はまったく反省の色もなく、言い返した。臨機応変というより狡賢く、犯罪者よりたちが悪い気がする。状況によっては警察の協力者であるバウンティーハンターとなり、そして犯罪者手前の違法行為をしでかすことに躊躇いがない。
 むしろこの女こそ、他のバウンティーハンターに狩られないことが不思議でならない。
「ほら、要君が潰すって決めた連中って、大抵賞金が掛かっているのよねー。だから手伝う代わりに、その首頂戴っておねだりするの」
 えへ、と可愛らしく笑って見せるが、言っている内容がまったく可愛くない。だが確かに三嶋ほどの手腕ならば、沢本と利害一致している場合は、十分な戦力として期待できるだろう。
「さて、ちょっと真面目に話しちゃおうかなぁ。それで何が起こっているの?」
 三嶋は表情を改めたが、ビアンカは答える気などなかった。
「知りたいなら沢本に聞けばいいだろ」
 ビアンカの素っ気無い態度に、三嶋は軽く頷いた。
「それもそうねぇ? それで噛めそうなら、噛ませて貰おうっと。それじゃ、その前にこっちの仕事を片付けなきゃね」
 しかし三嶋は特にビアンカの態度に反感を持つでもなく納得し、アイスティーを一気飲みした。
「さて、喉も潤したし、一丁働きましょう! 労働は尊いわねぇ。それじゃ、縁があったら一緒に仕事しましょ?」
「あってたまるか」
「そう怒らないの。女の子なんだから。じゃあね、ビアンカ、バート」
 三嶋はそう言って朗らかに笑い、テーブルに代金を置いて立ち上がると、踵の高いミュールを鳴らしながら慌しく出て行った。ビアンカは溜め息をつき、すっかり冷たくなったパスタにフォークを付きたてた。
「なぁ、もしかしてあたし、呪われてないか?」
「そのようですね。心当たりがあるのなら、告解でもなさいますか?」
「クソ神父に何を言えと?」
 唸るように吐き捨ててビアンカは冷たいミートソースのパスタを口に放り込んだ。
「あの方は口ぶりから、バウンティーハンターのようですが、ビアのお知り合いですか?」
「冗談。自分を殺しかけた相手を知り合いと呼ぶかよ、普通。デッドシティに来てまだ最初の頃、バートと組む前は、あたしも一人で仕事受けていただろう? それで声をかけてもらって一緒にサイタの街に行ったわけ。仕事の内容はなんだったかなぁ? ドラックだったか、武器だかの運び。仕事内容はちょろかったんだが、その時一緒だった奴が三嶋にロックオン。ついでにあたしも捕まえられれば両得と思ったんだろ。しつこいのなんの。なにより手際がよすぎて、怖ぇ。なぁ、クレイモアってバウンティーハンターが簡単に手に入れる武器か? それより設置した位置に確実に追い込むって怖くないか?」
「それは……それは」
「それであたしの前を走っていたそいつは両足吹き飛んで、その爆風であたしは川に落ちた。だから逃げ切れた。あれは今思い出しても悪夢だぜ」
 それからほかの情報屋に三嶋のことを聞いてみると、その筋では有名人らしい。高額賞金首を常に狙い、確実に仕留めることで名が知れている、一流のバウンティーハンターだと知った。
「さらに怖いことに今度は沢本とつながっているだって? あの女、化け物かよ」
「おぉ、主よ、どうか恐ろしき化け物からこの身を御守り下さい」
 信心深い表情でそう漏らしたバートだが、ビアンカは胡散臭い表情で舌打ちをした。
「おまえを守る神様とやらが存在するなら、どんな変態か見てみたいものだぜ」
「なんてことをおっしゃるのですか。神は存在しますよ。週休六日制、稼働時間が一日一時間だけだというだけで」
「殆んど休日じゃねぇか。稼働日が一日で一時間しかねぇって、どんな神だ」
 ビアンカはバートに最早信仰心がないことは知っている。これ程血に塗れ、堕ちるところまで堕ちたのだから、最早信仰心などないだろう。
 それでもバートが神父服を脱がず、クロスを下げている理由は、信仰に対する憎しみだ。それを僅かにでも忘れたくないから、バートはクロスを手放さないのだと思う。
「神は常に私たちのそばにおりますよ。ただどんなに血塗られた場所だろうと、どれほどの鬼畜の所業をしようと人間には無関心なだけです」
 そう言って微笑んだバートは、やはり心底信仰心を憎んでいるのだろうなと思った。

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