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つながっている。


(※写真 ハワイでヨガクラスしている時のサンセット)

梅雨、明けたんじゃないの?って思ってましたが、まだでしたね、はい。

今朝の雨、真っ直ぐ雨のラインが見える量と勢いをキッチンから眺めていると、

「あぁ、もう地球も30年前とは大きく変化してるって、ただそれだけなんだろうな。」

との思いが頭を浮かびました。

記録的豪雨とか未曾有の災害とかって表現で震撼させる文言を使って日々報道している人間たちがいるけれど、地球や宇宙からしたら

「いや別に。時期的にそうなのよ。」

って。

うーん。まだうまく言語化できない。時間軸が私達と次元が違う世界で流れているのが宇宙なのよね。

だからいつも思うのは、宇宙が創り上げた地球の中の一生命体である人間の、これまた小さな一部の臓器である脳のシステムで宇宙を語ること自体に限界があるよね、ってはいつも思っている。

これが「畏敬」って言葉に繋がるんじゃないかな。

私達の思考だけが30年前あるいは50年前で止まっている、ということ、日常でよくあったりしますよ。浦島太郎の物語ってよくできてるよな~、なんて思ったり。

常識だと思ってるから気づかないのよね、そのこと自体に。

どっちかというと「これ常識でしょ?」ってセリフ自体がすごく傲慢に感じる。

さっき言った「畏敬」の念があるから。こんな小さな脳みそですべてを判断して「これが常識でしょ。」って上から目線で、なんか言えるの?あなた何者なの?って笑っちゃいそうになるから。

私達人間なんて、宇宙から見たら見えないサイズの生命体だからね。

人や何かを批評したり批判するなんて、傲慢以外の何ものでもないよな、って。

そんな感覚をただ気づいた方が、自分にとっては生きやすくなるよね。

私の原動力はこんなシンプルなものなんだよな。

それを小さいところからチョイチョイやってきた積み上げが今。

外にいろいろ助言を求めても、自分自身が硬い殻の中居ることを選んでいたら、堂々巡りで数十年なんてすぐ経っちゃう。

そしてずっともがいている自分と共存している毎日が続く。

自分、なのよね。

自力、っていう方がいいかな。自分の内なる底力。

それを整え続けて、しかるべきに爆発的な発動ができるようにしておくこと。

これが自分を信じる力、すなわち「自信」なんだろうな。

これがあると不安がないの。恐怖もない。

だって、なんとかできるって思っているから。

自分だったらなんとかなる、っても。

そして「ほか」と比較するマインドが自分の中に存在しないから。

唯一無二の自分を尊重できるし大好きでいられるようになる。

そのマインドでの毎日の過ごし方で、あなたが困った時に他力が発動してくれる。

他力本願とは、その前に、自力という地盤があってこそ発動してくれる。

大いなる存在が手を差し伸べてくれるように最適な人との出会いや言葉などを見聞きしたりするの。

そうなれる自分をつくる手段がヨガでありマインドフルネスであり、そんな時間を、心のゆとりをもって自分に与えられるためのファイナンシャルリテラシー(経済的ゆとり=時間のゆとり)であったりする。

全部、私の中で有機的に繋がっていること。

脳の表層面の意識に振り回されて行動する時間を費やすより、自分の本質をじっくり内観する時間を確保してあとは自分の心のままに行動することがどれだけ結果の質が違うか。

それを掴む前には、変革期があるの。

私が人間的に大好きなウィル・スミスがとっても素敵な話をしていたからシェアしますね。

https://youtu.be/srriTXFZAOw



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