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宮大工と湯河原が紡ぐ新たなものがたりの大きな可能性

▶エリア:湯河原およびその周辺
▶文化財カテゴリー:伝統産業「宮大工」
▶事業名:「宮大工ツーリズム」で地域振興、次世代育成に貢献。世界無形文化遺産に登録された「伝統建築工匠の技」を日本の新たな高付加価値混交コンテンツに

なぜ、湯河原の地で宮大工が継承されてきたのか

この事業のコーチを担当してまず知りたかったのは、宮大工と湯河原の必然性でした。単に宮大工を紹介するのではなく、ツーリズムにしていくためには地域との関係性こそがコンテンツ化の鍵になる。その答えは、視察で明らかになりました。それは、湯河原という地で幾時代にも渡って育まれてきた温泉旅館の存在。実は世界最古の企業の1位が宮大工、3位が温泉旅館。どちらも千年以上続いています。湯河原には神社仏閣はもちろん、古くから時の実力者や文化人に愛された静養地としての温泉旅館があります。宮大工、神社仏閣、そして温泉旅館。点としてそれぞれが強い輝きを放っているからこそ見えにくかった関係性をものがたりとして紡ぐことこそが、湯河原の地で宮大工ツーリズムを高付加価値コンテンツにするための鍵だと考えました。

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宮大工が湯河原に存在する意義とは?

視察で感じたのは、宮大工の技術が既に文化財としての品格と薫りを十分に纏っていたこと。神社の修復現場を訪れたのですが、多種多様な道具とそれを細やかに使いこなす宮大工たちの所作の美しさ。建築現場の一挙手一投足はもちろん、職人が道具を手入れする眼差しにも魅了されました。そして、宮大工建築が施すもの全てに理由があること、祀る御神体に対してはもちろん、方角や季節性、迎える人のこと、地域との共存など、宮大工の技の一つひとつが持続可能を前提に考えられていることに驚かされました。逆を言えば、だからこそ一千年を超えてきたのだと。宮大工は究極のサステナブル理念の塊だと感動したのを覚えています。温泉という資源を生かし栄えた湯河原という地は、人々が集まり、信仰の対象が造られ、訪れる人々を癒す温泉旅館が建っていった。そこに宮大工の存在があり、神社仏閣や温泉旅館を築き、木造建築ならではの保全修復作業を数世代にも渡って担ってきたのです。

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宮大工の地域での存在意義を言語化していく

コーチとしてまずお伝えしたのは、宮大工の技が湯河原で育まれ継承されてきたことの意義を言語化することでした。日本の伝統文化の世界には多いと思われますが、宮大工の技や建築に施す理由もそのほとんどが口伝。現状は、それぞれの宮大工に絡むスペックだけが事象として存在するだけで、ストーリーとしての宮大工文化を湯河原という地域との関係性の中でつくることが大事だと考えました。これは宮大工文化だけではなく、日本が情報発信において最も不得意なところ。ものづくりだけに邁進しがちで、ものがたりをつくることが苦手。SNSが情報インフラの主流となった現在において、情報発信をしていくにはスペックのストーリー化は最重要な必須要件。世界からの旅行者は、スペック単体ではなく、そのスペックに包含される存在意義などのストーリーにこそ共感ポイントを見出します。この地での宮大工の存在意義、その宮大工文化が今に続いてきた理由、そして、宮大工文化が自分たちに示唆する今を生きるためのヒントとは、などを念頭にしながら、事業者の方達がまずは湯河原で育まれた宮大工文化の言語化に最大限の注力をしていきました。多くの宮大工たちに細やかに取材をしたり、各種文献を調べたりとかなりの労力を要する作業だったようですが、情報発信をしていくためには絶対に必要な工程でした。文化財を単なる愛でる対象物としてだけではなく、地域や社会において文化財の存在意義を知ること、文化財をコンテンツ化しプロモーションするためには必ず整理すべきことだと考えます。

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ストーリーとして宮大工ツーリズムを体験してもらう

湯河原と宮大工の存在意義を言語化した作業を終え組み立てたモニターツアーは本当に素晴らしいものでした。お茶という世界でも人気のある日本文化のアイスブレイクから始まり、日本建築の中での宮大工の位置付け、それが世界建築史の中でどのようなポジションであったのかをインプットするレクチャー、湯河原の五所神社で建築物を見ながらの宮大工棟梁による解説、神社での公式参拝、修復現場の見学、ツアー参加者による宮大工体験、日本の伝統芸能である能楽と宮大工の共演、現代アーティストと宮大工がコラボした未来へとつながる手土産、湯河原の温泉旅館を巡りながら宮大工が施した建築技法の裏話を聴き、その旅館に宿泊し、湯河原の味とお湯を楽しむ。宮大工の技をただ見る、知るだけでなく、地域の関わりの中、日本文化全体の中での宮大工が培ってきた息吹を感じながら体験できるコンテンツとして見事にストーリー化されていると、僕自身本当に感嘆しました。体験し終えた時には、この宮大工文化、湯河原という地域を未来へと持続可能にしていくことの大切さが深く心に刻まれていました。このツアー構成を組めたのは、事業者が湯河原の地での宮大工の存在意義を深く理解し、言語化し、事業者と地域賛同者の中で共有化できたからこそ成し遂げられたのだと思います。

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宮大工ツーリズムの今後の展望、地域文化財の可能性

モニターツアーとしてのオペレーションでの不慣れな点を除いても、日本の木造建築の歴史から宮大工の位置付けを知り、湯河原の地だからこそ宮大工が育んできた文化や伝統に触れ、能楽との共演や現代アーティストとの新しいコンテンツの提示、そして宮大工と湯河原が融合した温泉旅館での宿泊、全てがひとつのストーリーになっているこのツーリズムの対外的なポテンシャルはかなり高く、統合的な知的体験を与えてくれるツアーだと思います。近年、国外の旅慣れた富裕層が楽しむヘリテージツアーとしても十分に期待できます。今後は今回のツアーの派生版として地元の子供たちを招いて体験させる企画などをして、より地元のサポーターを増やすことも大切だと感じます。地域の文化財に対して地域の歴史や生活の中で存在してきた意義を発掘、整理しストーリーとして紡いでいくこと。文化財×地域という方程式は、文化財の高付加価値コンテンツ化において唯一無二のものがたりを生み出してくれる。その唯一無二のものがたりこそが、地域の文化財を外にプロモートしていくための最も大切な源泉になっていくと思います。


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田中淳一
POPSクリエイティブディレクター/東北芸術工科大学客員教授
早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。38都道府県以上でシティプロモーション、観光、移住定住など自治体案件や地域企業のクリエイティブコンサル、プロモーション、商品開発などを手がける。グッドデザイン賞受賞展2015〜17クリエイティブディレクター、国内外受賞歴、審査員歴、講演歴多数。著書に『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』。

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