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ロボットがサムライになった日

▶エリア:福島県会津若松市
▶文化財カテゴリー:その他(サムライ)、寺社
▶事業名:サムライスクール会津藩校日新館を拠点とした新サムライ育成プロブラム開発事業

「新サムライ育成プログラム開発事業」

現代にサムライを生み出すというこの事業名だけで私は少なからず心が躍った。『上質な観光サービスを求める~高付加価値化推進事業』で進める以上、完成するものは観光地のありふれたチャンバラ体験であってはならない。かつての白虎隊を生み出した会津の地から現代のサムライを育てその体験を商品化するのが目的となる。なんて壮大な事業だろう。

当然そんな大それた事業の経験者はなく、コーチの私と販売者である東武トップツアーズさん、日新館、土津神社と剱伎衆かむゐさんを含め皆が手探りで進む。

先ずは訪日富裕層に対応するために、コーチングとして私のロボットレストランでの経験から、最低限必要な言語対応や日本人観光客との求められるものの違いなどを示した。観光旅行ではなく武士道の説明となると、通訳に求められるレベルは上がり、また全てが少数のプライベートレッスンとなるため費用は膨らむ。最終的なツアー料金は申請当初を大きく上回り2泊3日の日程で1週間のヨーロッパ旅行に行ける程度にまで膨らんだ。インバウンドバブル全盛の時期ですらこの規模の企画は類を見ない。通常ならここからクオリティを削って値下げするところだが、それでは観光忍者道場と変わらない。今回の育成プログラムは『本物のサムライ』を育てることが目的なのだ。

大川荘道場03(クレジット不要)

幸運だったのはかむゐ代表島口哲朗さんに演出を任せられたことだった。映画『キル・ビル』で殺陣の演出もされているアーティストだけあって体験演出がすばらしく、剣術体験の内容は任せてコーチングはツアーとしてのクオリティアップに集中することが出来た。土津神社とかむゐさん共同で作られたWEBサイトを是非見て欲しいが、こんなに理想的なPR活動をする神社を見たことがない。画像の土津神社のフライヤーはSNSの有効活用例として手本にしていい。

▶會津守護神土津神社 こどもと出世の神様

ツアーストーリーは当時のサムライ

体験内容の次はツアーの生活部分の快適度だが、昨年の12月に造成されたモニターツアーでは各参加者が満足できるものとは言えず、これを踏まえて事業者に求めた改善は、価格を維持しつつ宿泊・食事・移動と観光内容のクオリティアップという、理想のブラック上司の姿であったと思う。

コーチングとしては、ホテルと移動車両をグレードアップさせる一方、逆に食事においては3食全て豪勢な食事をではなく、あえて質素な『当時のサムライの食事』を入れ込むこと、また観光要素にしても内容変更することなくサムライらしい演出を入れて意味を持たせる為の進行台本の作成、さらにはサムライ衣装の着用時間を延ばすことなど、不便・不足をストーリーで補いつつ、全体のツアーストーリーを固めていった。

これら費用を抑えて出来る事は多いが、目先の金銭が発生していないだけで何をするにも人員的な作業は発生している。会津事業に限らずこの部分は、担当者の熱意や郷土愛という言葉で置き換えられたサービス残業でカバーしていることが多く、皆様心当たりがあると思う。この部分は私からダメだ!とも、やれ!とも言えないので今はうやむやにするが、冗談ではなく事業継続の為にも個人の能力に頼らない業務分散はこれからのヒアリングで改善したい課題だ。

体験したあなたの気持ち、プライスレス

少し話が逸れたので本線に戻すが、販売価格についてはどれだけ非常識な富裕層でも客は馬鹿ではない。形あるものなら客側は経験で価格判断がついてしまう。残る形のない部分は「体験したあなたの気持ち、プライスレス」の部分で、各地域に眠っているこのプライスレスを発掘して適正な価値を示し商品化するのがコーチングの役割となるが、地域で暮らす人々にとってPRしたい部分と、文化圏の違う訪問者が見出す価値は驚くほど違う。

今回の事業で言えばこの最たる部分が日新館だった。サムライ修行の無い通常の日新館は施設内の半分がミュージアムになっていて数百円の入場料で入れる。イラストの掲示も多く一見して子供向けの施設だ。視察中にも修学旅行生が来て講話を受けていたが
『一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ』
などと説教されても実践する者は皆無だろう。そして施設側も「慣れ」ゆえにこの学習体験の価値を、子供たちの入場料金と同等に判断してしまっているように思えた。

日新館03

しかし、受け手が成熟しこのシンプルな教えを正しく受け止めようとすると教訓は尊いものになる。本事業の商業的ターゲットとなっている自己研鑽としてサムライを目指すハイエンド層にとっては、この神道の自然崇拝に基づくサムライのストイックな精神性こそが、新鮮な刺激として目に映るのではないだろうか。急激に世界が広がり、多くの欲求も不平等も目にすることが多くなった世の中で、ここで学べるサムライの自己規律を美徳とする精神性は、心美しく生きたいと人生を模索する人々にとって求める一つの答えそのものだからだ。

各地で剣術体験や座禅、弓道体験などサムライ体験を出来る場所はある。だが、本物のサムライを輩出した日新館で学べることによって得られる『サムライと名乗れる』という点は事業が生み出した唯一無二の付加価値であり、数多あるチャンバラ体験とは明らかに一線を画する。日新館側も文化財施設のイベント活用、単なる客寄せという以上に、200年にわたって会津の地で語り継がれたこの『生き方の姿勢』を文化圏の異なる客人たちに継承するという意義が、未来に繋がる新しい可能性となるはずだ。

日新館05(要クレジット)

そして事業開始後も歩みを止めてはならない。次は実際の体験者たちの声を吸い上げて体験価値を高めるまでが運用だ。レビューの開始や活用もまだまだ課題は多くコーチングも尽きない。引き続き私もこのプログラムをきっかけにサムライの精神を継承された一人として、この形にできない価値を商品化するというチャレンジに挑み続けたいと思う。

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copyright @Hisashi Yoshino

201209田中寛典さん5208

田中寛典
インバウンド施設等のプロデューススペシャリスト。新宿区歌舞伎町に所在したエンターテイメントショー施設「ロボットレストラン」にて営業部長に着任後、OTAとの連携強化や同社のイメージ戦略を改善し、2018年には単独店舗で訪日外国人年間20万人の入場者を達成。ツーリズム関連のアワード等で高評価を獲得。

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