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SLに乗って花火を見上げる幻想的な一夜

▶エリア:静岡県川根本町
▶文化財カテゴリー: 伝統産業(花火)・ユニークベニュー(SL列車)
▶事業名:大井川鐵道株式会社

大井川鐵道と豊かな自然を訪問

東京から新幹線で約1時間でJR静岡駅に到着すると、そこから車で約1時間の場所に今回の文化資産はあった。静岡県島田市、川根本町の大井川に沿って、昭和初期の原型を留めたSLが今日も汽笛を鳴らし走っている。大井川鐵道は日本で初めてSLの動態保存を始めた鉄道だ。
大井川沿いの長閑な風景の中を走るレトロな観光列車は、懐かしさもあって、その姿に誰もが虜になってしまうほどの魅力を持っている。この蒸気機関車の文化資源としての魅力を最大限に活用し、多くの方がこの町に訪れる仕組みを作り出す。
その想いを形にしようと取り組んだのが「大井川SL花火の旅〜かわね花火路号〜」である。

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レトロな空気感、唯一無二の歴史的文化財の魅力と課題

はじめにコーチングのため現地視察に訪れたのは7月。青い空と山を彩る緑が、壮大な景色を作っていた。川幅が広い大井川には幾つもの橋が掛かっている。大きな橋の上にSL列車が走り抜ける。後のキービジュアルとして使用する象徴となるポジションを見た。この時、SL列車には「乗る」楽しみと、SL列車を「見る」楽しみ方があるのだとわかった。「見る」楽しみを象徴しているのが、鉄道ファンが映し出す写真に現れている。沿線の風景とレトロな列車を映し出した写真が、その土地と鉄道の魅力を伝えている。その後も、発着場所や周囲の環境を見て回った。ポイント移動する道のりは、険しい山間や川沿いの道など、この土地の風景に魅了されながら唯一無二の魅力だと確信した。同時に、移動時間や様々なインフラについて観光資源としての課題がいくつか浮かんだ。

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魅力を知ってもらうため魅力を掛け合わせる。その一つが「花火」

足を伸ばせば雄大な景色と石炭の煙を吐くSLに出会える。この地に足を伸ばす、現在の主な動機がSL(蒸気機関車・ELも含む)である。大井川鐵道の鉄道事業収入は、沿線人口の減少などから、その大半をSLを目的とする観光客から得る構造となっている。日帰りバスツアーの活用には実に微妙な距離感にあるため、沿線にある川根温泉などへ宿泊を促す、魅力的な動機付けが必要となる。魅力的なものに、高付加価値を掛け合わせる。その答えが「花火」であった。
静岡県に拠点を構える花火製造会社イケブンは100年以上の歴史を持つ業界のパイオニアである。静岡県にこのような歴史ある素晴らしい職人達がいることがもっと多くの人々に認知され未来永劫続くべき伝統である。そして貴重な文化観光資源であるSL機関車の魅力を更に発信する必要がある。様々な想いから生まれたのが「SL×花火」という夢のコラボレーションであった。
しかし、このコラボレーションには幾多の課題が待ち受けていた。

正しい課題整理と継続可能な大義に向けて主体業者の整理

鉄道管理会社と花火製造会社が「オンリーワンの花火大会」というイベントを作り上げるにはいくつかの段階的なステップが必要である。
コーチングとして心掛けたのは、各社の想いや課題をヒアリングし整理することだった。
理想の演出や運営体制を掲げると、各社のレギュレーションに難が生じる。
例えば、大井川鐵道にはSLが数台あるが、実際に花火が打ちあがる時間帯に臨時号を走らせることができるのは1便のみと判断せざるを得ない。また、鉄道は年中無休であるため、駅やホームを活用し大規模なイベントにむけた運営や設営などの準備には時間制限がある。貴重なSL機関車等を維持保存するだけでも、大井川鐵道株式会社としても、計り知れない苦労や努力をされている。先に記した通り、収入源はSLを主とした乗車運賃である。近年ではきかんしゃトーマスで知られるトーマス号のイベントなどで人気を集めているが、様々なレギュレーションを元に日々運営している。そのような幾多の制限や条件下の中で未知のイベントを創出することに、当初は不安や懐疑的な意見が多く見受けられたのである。

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まず取り組んだことは、本音で意見交換をしながら、このイベントの目指すべき姿を整理していくことだ。
そのために地元のイベント会社や広告代理店など、主要メンバーを集めてもらった。
地元の企業に参画してもらう意図は、継続可能なイベント体制の礎を作り上げることである。その地域ならではの知見やリソースを活用し、ゼロからの運営マニュアルが未来の知的資産になる事が最大の理由であった。
地域イベント(花火大会)として1回の成功を目指すのではなく、全国的に認知される「キッカケ造り」が重要であり、継続可能な事業として多くの人々に愛され成長していくことが大切。文化資産が本当の意味で守られていくことを、関わるメンバー全員が描くことが重要であったと思う。

制作過程を知的資産に。地元チームで運営する大切さ

各業務の分散が行われることで、定例会議や分科会が日々濃密になっていく。
ここで、気をつけなければならないのが、当日のイベント成功は勿論だが、認知させるための工夫である。そのためにティザー映像やオフィシャルWEBの制作を通じて「ブランディング」を図った。文化資源を正しく知ってもらうには、この地を訪れ、蒸気機関車に乗り、この地の空気、地元の食材、美しい満点の星空、そして花火などのコンテンツに実際に触れて体験してもらうことが一番であるのだが、多くの人はそれが叶わない。コロナ禍で現地に訪れる方は制限されるが、今回の事業を通じて大切なことは「制作過程」と「実際の記録」である。
価値の発信には実行前と実行後、2回機会が訪れる。SNSやインターネットを活用し記録を残すため、ロゴ、ムービー、ウェブ、全体の訴求にブランディング意識を持ち制作を開始した。この記録は大井川鐵道や花火会社であるイケブン、そして大井川が流れる川根本町など共有プロモーションとして有効活用できる。
制作過程を糧とすることを念頭に、イベント当日の運営体制を日々試行錯誤していった。実際に行われるのは、夏ではなく、少し空気が冷え込んでくる秋であるため、ホスピタリティを何度も確認した。
車窓から見える花火こそが高付加価値なのだが、それを更に楽しんでもらうための、付加価値として、飲食物や、車内での演出、会場の案内に至るまで確認が進められた。理想からの引き算に対して、各社が尊重し合意していく姿があった。

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蓋を開ければ即完!既存のファンがいる文化の強み

一番悩んだことが「値付け」である。一体、このコンテンツは幾らの価値があるのだろうか?
前例の無いイベントに強気と弱気が交錯する。収支構造を作り上げるため、まず終着駅のゾーニングを作成。使用可能な有料エリアに座席数を何度もプロットし、収益をシミュレーションする。しかし、実際に観覧者を運ぶ列車の数には限界がありチケット販売の上限が決まってしまう。安心安全を確保した人数で元々の列車の乗車運賃をベースに商品価値を試行錯誤していく。
コロナ対策もあって、チケット販売リリースをギリギリまで待って判断しなければならなかった。利用者の満足度と向き合いながら損益分岐点を見出す。
正直なところ、各業者の葛藤やジレンマは相当なものであったと思う。
「もしチケットが売れなかったら・・・」という一抹の不安がそれぞれの想いを揺るがす。

しかし、蓋を開けてみれば即完!
既に愛されている、コアなファンがいる「SL」そして「花火」というコンテンツの力を改めて感じた。

SL列車のネーミングにブランディングを提案した。普段走る「かわね路号」は、特別列車「かわね花火路号」となり、この夜限定のナイトトレインとして存在感を放った。斬新な名前を付けずに、既に地元やファンに認知されている既存の名称を取り入れアップデートさせたのは、大井川鉄道株式会社の判断であり、長い歴史の賜物であろう。

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夜を駆け抜けるSLの車内は安全を第一で判断した結果、過剰な演出よりも、車内アナウンスを活用し人情や風情が滲み出る形となった。メイン会場となる終着駅「千頭駅」での花火は、広大な地元の地形を生かし、幻想的な演出となり、観る人たちのイマジネーションをくすぐり、結果大きな拍手に包まれた。

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このような文化資産に高付加価値化を促す大事なポイントは、過剰な演出ではないのかもしれない。地元の空気感やこれまでの経験則を尊重し「既に在るもの」の価値を再認識し、いかにそれらを引き立てるかが演出の重要なポイントである。同時に、無限の可能性に溢れていると改めて感じたのだった。

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自治体や企業が一丸となって障壁を打破していくことに期待

今後、事業を継続するには観賞エリアの拡大と選定が必須となるだろう。
今回のイベントのマニュアルは、様々な場面で活かせるケーススタディが詰まっている。
各業者がその土地の文化観光に寄与することができるヒントがある。
唯一無二の体験に訪れた人々が、その土地で消費する好循環を促すためにも、各自治体と企業とが手を取り合い、使用可能なエリアを洗い出し、町全体の理解を得ていく必要がある。チケット収益だけでは限界点があり、企業1社が孤軍奮闘すべき事業ではない。
目的に向かい、企業や団体が共創することで、都会の興行をも凌駕するポテンシャルを秘めている。地元の人々によって、障壁を打破し、奇跡のような1シーンを創出できるのだ。
さらに「既に在るもの」をフル活用し、様々な文化資産にスポットライトが当たることを期待する。

最後に、
SLが走ると沿線の家の窓や庭、畑から人々が手を振る姿が印象的だった。
それに応えるように、車窓から笑顔で手を振る乗客。この情景こそが真の価値であると感じた。
笑顔を運ぶ大井川鐵道のSLは、この先も止まらず走り続けて欲しいと願う。

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Plofile小林玄1

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小林 玄
演出家・パフォーミングアーティスト
ICHIZA株式会社 代表取締役
パフォーマンスの世界に造詣が深く、演出家、コンテンツプロデューサーとしてパレードやサーカスなどのアトラクション開発、パフォーマンスコーディネートを多数手がける。自身も道化師として世界中を廻った経験から、エンターテイメントとホスピタリティを掛け合わせたインタラクティブなパフォーマンスやコミュニケーションプログラムを考案し、企業や自治体、行政等が手掛ける催事に数多く参画している。


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