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能の男たちのドレスコード

2019年4月開催の「宗一郎 能あそび」のダイジェストコラムです。(構成:沢田眉香子 ヘッダー写真:上杉遥 会場写真:河原司)

テーマは「修羅編〜『男』戦によってあらわになる人間の本性、世の不条理」(2)。能の「五番立」と呼ばれる上演形式「神・男・女・狂・鬼」のうちの二番目「男」は、その多くが「修羅物」つまり、戦いに生きて死んだ、武者の亡霊が主人公の話。男たちは舞台でなにを訴えているのでしょうか?

■扇が語る、戦の勝ち負け

今日は、能装束を持ってきておりますので、ご覧に入れたいなと思います。

「修羅物」の能に用いる扇、「修羅扇」には2種類ありまして、ひとつが通称「勝ち修羅扇」。義経とか「箙」とか、戦に勝ったおめでたい演目で使われるものです。

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逆にこちらは、「負け修羅扇」と言います。平家の武将を中心とする戦に負けた負けたような人たちが使います。

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どっちも日輪が描いてあります。しかしこっちは朝日、こっちは夕日なんですね。つまり、波に沈んでいく夕陽=堕ちてゆく平家。そして、登ってゆく源氏。しかも松が書いてあるからめでたい。そういうところをこういう模様に表してるわけなんですね。だから登場した人物がどっちの扇を持ってるかで、「平家だな、源氏だな」とわかります。

能に使う扇・中啓の図柄なんですが、人物画を書いた扇というものは、絵の模様から、中国から渡ってきたような図柄が多い。逆にこの「修羅扇」のような絵は、日本画のような図柄が基本的には多いように思います。私自身がそうしたことに注目する中で「この絵は日本の古来からある柄だろうな、これは中国からやってきた模様なんだろうなぁ」なんて思いながら見ると、扇もなかなか面白いものです。

この「勝ち修羅」「負け修羅」の扇の使い分け、いつからできたのか?謎です。多分、それも近年の話なのかなと思われます。

もう一本、中啓がございます。

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一見、負け修羅扇に似ているんですけども、貝の模様が書いてあります。ちょっと豪華で、可愛らしい。「敦盛」という曲に使う専用扇です。敦盛は16歳でなくなっています。そういう若さ、幼さを、貝尽くしの可愛らしい扇で表してるのかな、と思います。

■源氏のドレスコードは、烏帽子は右向き、色は白

しかし、実は、扇は最後の最後まで広げません。「源平、どっちなんだ?」と迷います。その時に平家か源氏かを知っていただく手立てがあります。それが烏帽子です。

舞台には、武将たちは実際には兜をかぶって出てくるわけではなくて、頭に烏帽子をつけて出てきます。その烏帽子の先っぽを、右か左か、どっちかに必ず倒すんです。それで平家か、源氏かっていうことを表します。どっちかってことですが、皆様から見て右に烏帽子の先が倒れていたら源氏。勝ち修羅ですね。左に倒れていたら平家。

「旗印」というものがありますが、源氏は白、平家は赤だったんですね。みなさんご存知の運動会の赤白帽も、源氏と平家に由来しているのです。

「機動戦士ガンダム」というアニメがありますが、正規軍であるガンダムは白色のロボットです。敵の総大将は赤色。シャーという人がいたのですが(笑)、、、原作者もそれを知ってか知らずか、赤と白を用いるところが日本人らしいな、憎いなと思います。

■眉間に刻んだ苦悩のシワは、鉢巻きで隠す

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そして、能面にも色々とありますが、まずこっちが「平太(へいだ)」といいまして、勝ち修羅ものに用います。「箙(えびら)」とか「田村」とか、「屋島」とかに用います。野性味あふれる顔をしてるのが、特徴になってきます。

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そしてこっちは「三光尉(さんこうじょう)」と呼ばれるおじいさんの能面です。三光房というお坊さんが作り出した能面なので、そう呼ばれます。「実盛」のような老武者に使ったりします。

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平家方の武将に用いる3面をお見せします。「中将(ちゅうじょう)」とよばれる、20代から30代ぐらいあたりの平家の武将に用います。

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もう一つ「十六中将」と言いまして、「中将」に比べて、若さがあると思います。「敦盛」とか「朝永(ともなが)」とか、若くして亡くなった武将に用いますので、髭が描いてません。

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それに造形が似ているのが「今若」と呼ばれる面でございまして。やや「中将」とは造形が異なりますが、これも平家のでしょうね。この二つの面の共通点が、眉間に皺が寄ってることです。平家の堕ちゆく苦悩のようなものをあらわしている。眉間にシワは寄るんですが、修羅物の装束の特徴として、必ずハチマキを能面の上から眉のところに通すんですね。ですから、眉間にシワがよってても、実は隠れてしまうんです。とはいうものの、苦悩のような表情が伺えるのが、この「中将」「今若」の特徴です。曲によってこれは使い分けてします。

■平家の装束はエレガンスで軍配

能装束ですが、源氏と平家でおよそ用いる種類は一緒なんですが、材質が変わってくるんですね。

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たとえば源氏の武将は、上にはこのような「法被(はっぴ)」と呼ばれる合わせの生地ですね。これをはおります。そして下には「半切」(はんぎり)という、金糸をふんだんに使って、野性味に溢れた強さを、こういう幾何学的な模様を用いることによって、表しています。「半切(はんぎり)」というものは、いわゆる袴ですので、下に履きます。

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そして、その上に、この法被を羽織るんですが、能衣装の着付けの特徴といたしまして、登場人物を武将に見立てるためです。鎧を表す必要性があります。となると、肩脱ぎと言いまして、遠山の金さんのように片袖脱ぐんです。そうすることによって「鎧を着てます」「武将が出てきましたよ」ということを表します。そして烏帽子の向きで、源氏か平家かがわかるということです。

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しかし舞を舞うのに不便なので、脱いだ袖をくるくると丸める。そうすると矢筒のように見えるというわけです。実際に矢を刺すわけではないけれど、矢筒を表します。材質は変わりますが、基本的には平家も同じようなものを着ます。源氏の方は幾何学的な模様で強さを表し、平家の方は、逆に波や貝の模様を用いることで、雅やかさを出していくんですね。これが大きな違いです。

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先ほどのは、合わせ地でしたが、平家の方は「長絹」(ちょうけん)と呼ばれて、単(ひとえ)のものをこちらにも色糸が入っていますね。すごく雅やか衣装を着るのが、平家の武将ということになります。

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このように両袖を脱ぐことで鎧を現すと言いましたが、ロボットのように「肩上げ」することで、鎧をあらわします。機動性には、こちらががぜん優れているんです。そしてこれも、かっこいいひとつの着付けとしてます。

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装束の着付けのルールも、ちょっと分かってもらうと、なかなか面白いかなと思います。上着を着た時には必ず、動きを取りやすいように、紐で身に沿わせて縛ります。それがこの、腰帯と呼ばれるものです。後ろから回してきまして、前で結びまして。能をよくごらんになられる方には分かるとおもいますが、前にぶら下がってますね、これ、腰帯と呼ばれるものです。ベルトであり飾り紐です。平家の腰帯は、蝶々の模様が書いてあります。平家の武将の時は、ほぼ、この蝶々の腰帯を使います。

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逆に、源氏方をあらわすのが、笹りんどう。決まりではないんですが。これは私が考えて衣装屋さんに作ってもらったんですけども「流れ源氏車」。それと笹りんどうをあしらったもので、「屋島」などの武将を舞う時には、これを用いたりしています。

「修羅編〜『男』戦によってあらわになる人間の本性、世の不条理」(3)に続きます。










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