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公立沖縄北部医療センターは絶対失敗する 5

(写真は沖縄県のホームパージから)
http://www.hosp.pref.okinawa.jp/hokubu/north-medical/

沖縄本島北部で設置が検討されている(決定した?)公立沖縄北部医療センターについて、次のような構成で駄文を書いてみます。
と言っても約20,000字という社会科学系の卒論並みのボリュームになったので、適当なところで切り分けながら載せていきます。

1 はじめに

2 沖縄北部医療センターの成功と失敗
(1) 診療についての成功要求はとても高い
(2) 経営では、基準内繰入で黒字ならOKとする。でも厳しいだろう。

3 現在の計画の概要

4 医療提供の可能性
(1) 必要な医療職の数
①必要な医師数
②看護師その他の医療職の必要数
(2) 医療職確保の見込み
①医師の確保の見込み
②看護師確保の見込み
③他の医療職の確保の見込み

5 将来の経営見込み
(1) 収支見込みと問題点
(2) 運営及び経営の能力とガバナンスの問題

6 市町村や県の財政への影響

7 何が問題だったか、どうすればよいか
(1)何が問題だったんだろう
(2)どうすれば良いんだろう

5 将来の経営見込み


 あくまでも個人としての意見だが、私はこの計画が議論され始めた当時から、この計画は絶対にうまくいかないと考えていた。一つには上に書いたように病院の医療スタッフが十分に集められないことによって医業収益が見込みどおりにいかず赤字になるだろうという収支の問題。もう一つは設置運営の組織でガバナンスが効かないことによる、全体の機能不全の問題がある。
 それぞれについて少し考えてみる。
(1) 収支見込みと問題点
 もともとこの病院の収支はうまくいかないだろうと思っていたのが、決定的におかしいと感じたのは、令和5年7月27日に開催された令和5年度第2回公立沖縄北部医療センター整備協議会についての記事を読んだ時だった。
 新聞報道によると、「基本設計に基づく新病院の整備費は約389億円となり、基本計画時の約279億円から約110億円(39%)増加する見込み」とされていた。それでも開院から10年の経常収支は黒字としている。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1755181.html
 いくらなんでも110億も整備費が増えるのに黒字ってあり得るのか、というのが正直な感想だ。ちなみにこの黒字というのも、開院10年目で僅か22,000千円で、医業収益の予想14,892,000千円の0.2%にも満たないので、ほんの少し患者が減ったり休床が発生すると吹っ飛んでしまう。
 さらに大丈夫かと思ったのは、国立社会保障・人口問題研究所(国人研)の人口推計が出された時だ。国人研の推計によると、北部12市町村の総人口は、2020年を100とした場合に、89.16まで減ることが見込まれている。これだけ人口が減るということは、医療を必要とする絶対数が減ることであり、当然入院の患者も減ることが予想されるので、病床稼働率も下がることが予想される。
 また、人口推計のうち、65歳以上が121.7と2割以上増加するのに対して、64歳以下は77.5と3割以上減ることが見込まれている。この変化は、病院でいうと急性期を必要とする患者が減って、回復期から慢性期の患者が増えることを意味する。一般的に急性期病棟に比べて回復期・慢性期の病棟は患者1人1日当たりの単価が低い。また、新病院の診療報酬体系であるDPC/PDPSでは、急性期病棟で回復期や慢性期まで入院すると診療報酬が低くなる。このように考えると、仮に病床稼働率が同じであっても、入院患者平均単価は下がることとなる。
 入院収益は、単純に病床稼働率×入院患者平均単価×日数で計算できるので、病床稼働率が下がり入院患者平均単価が下がれば、当然入院収益には大きな影響が出るはずだ。
 つまり、損益勘定においては、費用において整備費用の増に伴い起債の利息償還金と減価償却費が増となるのに対して、収益では入院収益の大きな減が見込まれるはずで、そう簡単に黒字になるはずがない。
 この疑問があったので、県の担当課に収支計算の基礎資料の公文書開示請求を行って、社人研の推計の割合で5年ごとに一般病棟の入院患者数を減らして試算してみた。かなり荒っぽいやり方だとは思うが、とりあえず人口減少を反映できるやり方としてはこれしか資料がない。
 その結果はどうだったか。なんと開院30年目の令和39年度まで黒字になるじゃないですか!
 僕は自分の頭がおかしくなったかと思った。だって、億単位で入院収益が減るのに、なんで黒字になるんだ!
 そう思って改めて表を見てみると、ある異常なことに気がついた。なんと給与費が初年度の設定の59.31%のまま固定されている。これはどういうことかというと、入院収益が減ったのに対応して、給与費も下がって費用が減少するというあり得ない設定になっているということだ。
 なぜあり得ないか?入院収益が10%下がったからそれに応じて給与費を下げるためには、給与を引き下げるか職員を解雇するしかない。収益が下がったからと言って、一方的に給与を引き下げることはできないし解雇することもできない。このことから、一般的に給与費は固定費の扱いになっているのに、変動経費として試算するという素晴らしい試算になっている。
 病院においては人が最大の生産手段だから、人がいなくなるということは病院が想定している医療を提供できなくなることを意味する。つまり、患者が減ったら沖縄北部医療センターが想定している医療の提供を放棄するという前提での試算がなされているわけだ。
 ということで、再び大雑把な試算として、人口減少による患者減少の推計に、控えめに毎年度1%ずつの給与改定を行うことにして試算してみた。その結果はと言うと、開設初年度こそ133,350千円の黒字だが、2年目に22,264千円の赤字になり、その後一度も黒字になることはなく、開院30年目には6,562,881千円(=65億円以上!)の単年度赤字を計上する結果になった。(県の方で令和4年度の診療報酬改定0.43%が毎年改定されるものと見込んで入院患者平均単価を試算しているので、入院収益についてはそれに見合った増となっている)
 ドラッカーが言うように、人口の将来推計は一番確実性の高い推計なので、荒っぽい推計であっても、単純に人口が維持されることを前提とした試算よりはよほど近い数字となっていると思う。
とはいえ、人口減少は見込まずに給与費だけ1%ずつアップを見込んだとしても結果はほとんど変わらず、開院30年目の経常損益は58億円以上の赤字になる。診療報酬が0.43%ずつしか上がらないのに、給与費が1%上がるという見込みだから、極めて当然のことでだけど、仮に給与を医師会病院の水準にすると言っても、給与が上がらないという前提が成り立つんだろうか。
 給与費比率を固定する試算には他にも問題がある。上に書いたように、職員数が最大の職種である看護師については、県立の方が17ポイント高くなっている。仮に新しい病院の看護師が北部病院からの派遣と医師会病院からの転籍で半分ずつ確保できたとすると、看護師については8.5ポイント給与費が上がることになり、全体としても数ポイント給与費比率を上げるだろう。同様に医師以外の医療職についても県立病院の方が高いので、これらを考えると、医師会病院の給与費比率ではとても足りないだろう。また、医師会病院の看護師の円滑な移籍を図るために処遇を上げたりすると、給与費比率はさらに高くなるので、この点もしっかり組み込んで給与費を考える必要がある。
 実は県の推計にはもう一つ大きな落とし穴がある。県の推計では開院初年度から病床稼働率90%を見込んでいて、医師や看護師もしっかり採用できてフルパッケージでエンジン全開となって病院が動くこととしているが、上に書いたように医師や看護師の確保は甚だ心もとない。実際の話として、病床稼働率と入院収益はほぼ間違いなく比例するので、病床稼働率が下がると医業収益も下がり、赤字となるか赤字が拡大することとなるので、開院時から県の推計を大きく下回った赤字を計上することとなることが予想される。
もちろん県として最初からできない前提での試算はできないだろうが、医師や看護師の確保可能性を踏まえた、もう少し現実的な試算は示せないだろうか。また、将来推計については、北部病院と医師会病院のDPC/PDPSのEFファイルを使って人口推計を重ねれば、疾患ごとの将来の患者の動向がわかるので、もう少し緻密な試算は可能だ。黒字になるにしても赤字になるにしても、せめてそれくらいやった結果を県民や議会に示して将来を考えてもらいたいのだが。

<追記>
 こういうことを書いていたら、昨日開催された今年度の第1回の協議会で、整備が当初見込みよりも165億円高騰することが報告された、というニュースが入ってきた。

 この結果、開業10年後に3億円あまりの資金不足が生じるとのことだけど、運よく県の説明資料が手に入ったんで見てみたら、診療報酬改定は令和6年度改定率0.88%に改定しているが、給与費については、相変わらず医業収益に固定の率(58.63%)をかけて計算していて、給与費の改定は見込んでいない。
 初年度の医業収益が前回の資料と変わっているので正確には出せないけど、1%の給与改定があると、県の資料でも毎年8千万くらいずつ給与費が増えるので、10年で9億円近く。県の試算の3億円を足すと12億円くらいで、医業収益の8%以上の資金不足になるんだろうな。

 県の担当者には、このやり方問題だよ、と言ったんだけどな。
 この資金不足は毎年発生するんで、基金を積んで対応できるものじゃないはずだけど、どうするんだろう。

(2) 運営及び経営の能力とガバナンスの問題
 個人的には収支の試算と同じかあるいはもっと重要なのが、病院の運営及び経営についての能力とガバナンスの問題だと考えている。
 沖縄北部医療センターの設置主体としては県と北部12市町村で作る一部事務組合が想定されている。一部事務組合というのは地方自治法に根拠を持つ特別地方公共団体で、ほとんどの場合構成団体の長が理事となった理事会があり、その中から選ばれた管理者がいる。また、当然に議会もあり、こちらは構成団体の議会から選ばれた人が議員となっている。つまり、運営にあたっては、知事や12市町村長で構成する理事会が執行部となり、予算や決算については議会の議決が必要となる。
 文章だけで書くと単純だけど、実際の運営はそう簡単なものではない。
 まず、知事も市町村長も非常に忙しい。したがって、理事会を頻繁に開催して病院の状況について議論することはまずできない。ちなみに、現在沖縄北部医療センターの整備について話し合っている協議会は、副知事と12市町村の長、県病院事業局長、北部地区医師会長、琉球大学病院長、の16人で構成されており、一部事務組合発足後は、このうちの副知事(若しくは知事)と12市町村長が理事となるだろう。また、具体的な議論を行う場として幹事会が設置されており、こちらは保健医療介護部の部長に12市町村の副市町村長や総務課長などが構成員となっている。
 整備協議会が開催されたのは、令和3年度が2回、令和3年度が3回、令和4年度が3回、令和5年度が2回で、それぞれ2時間程度となっている。
 繰り返すが、この構成員の皆さんはいずれも非常に忙しい方々なので、一部事務組合のことだけに専念できるわけではない。したがって、この回数も仕方がないと思うのだが、100億を超えるような予算規模の組織の運営に責任を持つ理事会がこの程度で本当に議論ができるのだろうか。
 一部事務組合設立後の議会については、もっと厳しい。知事と12市町村長だけでなく、それぞれの議会から選出された議員による議会を開催しないといけないのだが、予算を審議する3月議会と決算を審議する9月議会は、県でも市町村でも同じような議論をする議会の真っ最中なので、議会日程の調整は非常に難しい。理事会を2時間程度しか開催できないように、議会も2時間程度しか時間が取れないだろう。このような議会で、仮に赤字になった時などに責任のある議論ができるのだろうか。
 このような理事会と議論でまともなガバナンスができるとは到底思えない。
 さらに、病院の実際の経営は県と12市町村にたぶん北部地区医師会が参加した一般財団法人が指定管理者として行うこととなるとされていて、こちらの理事会は現在の幹事会メンバーとほぼ同じとなると思われるが、やはり忙しいから定期的に密な議論をすることは困難だろう。
 ちなみに民間の医療法人であれば、理事会はほぼ毎月開催され、経営状況や医師等の充足状況を確認し必要な方策を議論している。病院経営にほぼ素人同然の県や市町村の職員にそのようなことができるだろうか?さらに、病院が仮に赤字になった時、その責任を負うべきなのは財団法人側だが、そこの理事は県や市町村の職員となるので、一部事務組合側が経営責任を問うことはできるのだろうか?そう考えると、一部事務組合と財団法人では、利益相反の関係にあるのではないか?
 そもそも、上に書いたように現在の将来試算は甚だ心もとないものだと思うのだけど、それで試算する事務局とそのおかしさに気がつかない運営協議会と幹事会で議論が進められているわけで、同じようなメンバーで構成される一部事務組合と財団法人で、開院後にまともなガバナンスに基づく経営ができるとはとても思えない。
 赤字が続いて経営が立ちいかなくなったら、どうやって議論して、どう解決するつもりなのか。誰が責任を負うんだろう。集団責任という名前の集団“無”責任体制が見える。

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