外国サーバでの特許権侵害

ほうぼうで話題になっているドワンゴ対FC2・HPS知財高裁令和4年7月20日判決の判決文を、とりあえず一読した。本件は注目度が高く意義の多い事件であるので、そのうち多くの論考がでてくるであろうから、それらを見てまた考えてみるが、備忘のために書いておく。

事案の概要

ドワンゴが保有する特許(特許第4734471号、特許第4695583号)をFC2が侵害したとして提訴した事件。
ニコニコ動画で有名な、画面上をコメントが流れていく事に関するコメントの処理に関する特許で、争点は多いが、FC2のサーバが外国にあったことから、日本の特許権の効力が及ぶか、特許法にいう「電気通信回線を通じた提供」に該当するかが、今回注目された。

判決文

該当する判決部分の133ページから135ページを引用すると以下である。
※読みやすくするように適宜注記・改行・中略している。

(4) 被控訴人らの不法行為
ア 被控訴人ら各プログラムの電気通信回線を通じた提供
(ア)
前記(1)及び(2)のとおり、被控訴人ら(FC2・HPS)は、共同して日本国内に所在するユ ーザに対し、被控訴人ら各プログラム(…)を配信している。
(イ)
a この点に関し、証拠(…) 及び弁論の全趣旨によると、被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバ から日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものと認められるから(以下、 被控訴人ら各プログラムを日本国内に所在するユーザに向けて配信することを「本件配信」という。)、被控訴人ら各プログラムに係る電気通信回線を通じた提供 (以下、単に「提供」という。)は、その一部が日本国外において行われるもので ある。そこで、本件においては、本件配信が準拠法である日本国特許法にいう「提供」に該当するか否かが問題となる。
b 我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51 巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。) 上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末 装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない
 しかしながら、本件発明1-9及び10のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施し ようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは 著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。
 したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制 御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客 等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域 内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
c これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザ が被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、 完結されるものであって(…)、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配 信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした 本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行わ れる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内 で行われたものと評価するのが相当である。 d 以上によれば、本件配信は、日本国特許法2条3項1号にいう「提供」に該当する。 なお、これは、以下に検討する被控訴人らのその余の不法行為(形式的にはその 一部が日本国の領域外で行われるもの)についても当てはまるものである。
e (略)
(ウ) 以上のとおりであるから、被控訴人らは、本件配信をすることにより、被 控訴人ら各プログラムの提供をしているといえる(特許法2条3項1号)。

理論構成

特許権の効力は日本国内にしか及ばないとする属地主義の射程について、ネットワークを通じる時点で国境をまたぐことは容易であるから、形式的に経路やサーバの位置で判断すると正義に反するということを根拠に、

  1. 当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか

  2. 当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか

  3. 当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか

  4. 当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか

  5. など

の諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当する

という規範をたてた。

これを本件で当てはめると、(主観的な補充を入れて噛み砕くと)

  • ユーザーがアクセスし、コメント機能を使うことで問題となった発明の対象となるプログラムが実行され、その処理結果は日本国内のユーザーに返されるから、2.3.4を満たし、

  • 一連の過程はプログラムの処理としてもユーザーの認識として区別できないから、1.を満たし、

  • よって全体として提供に該当する、

としたようである。

気になるところ

判決が示した規範は「当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは特許法の提供に該当する」であり、「実質的かつ全体的」の判断基準として示された要素のうち、「など」には何があり得るのかや、この判決が属地主義一般に当てはまるかについてはなんともいえない。

「制御」についても、判決では「ユーザーによるアクセス」が制御とされている。これは自動送信・処理のシステムであるからであろうが、いまいちこれが要素になるということの力点がしっくりこない。

ネットワークを通じたプログラム処理において、「日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できる」とはどのようなケースであるか、それを欠くことがただちに提供行為性を否定することになるのか、判然としない。
私見としては、これは例えばアメリカのサーバ事業者とそのサーバを利用するコンテンツ提供事業者が異なった場合や、複数の事業者によるWEBサービスを連携させたサービスの場合に、どちらが侵害行為を行ったかの侵害主体の判断要素になるのではないか。
と考えたが、AWSの米国リージョンを用いて展開するサービス事業者が、AWSに侵害があったとして、自身に侵害行為はないと対抗できるのであろうか。

また「提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか」については、GDPRの域外適用要件を想起したが、具体的な判断基準は示されていない。
仮に似たような基準をたてるならば、日本のドメインを持っていればほぼ確実に、それがなくても、言語が日本語、決済通貨が日本円である、などが判断基準になるのではないか。

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