JR東の顔認証カメラ問題にみる個人情報と公益保護のバランス、それと広報・報道のあり方
9月21日に報道各社が報じた通り、JR東が駅構内で服役した出所者や仮出所者を監視カメラで検知する仕組みを導入していたことに関し、この仕組みを用いた検知は取りやめるとしています。報道各社を読む限り、仕組み自体は導入済みでも、実際に検知するための出所者データはまだ登録していなかったようです。
9月21日朝に読売新聞報じ、同日中には対応したあたり、JR東の危機管理は正常に働いたとも言えますが、ひょっとして実施検討中にこのような報道と反応があることを予測していてあらかじめ対応を決めていたのではないかと思います。
公表・報道情報のまとめ
7月6日、JR東はオリンピック・パラリンピック期間中のセキュリティ向上を発表。
東京 2020 大会の期間中、首都圏の一部駅において、危険物探知犬や不審者・不審物検知機能を有した防犯カメラを活用し、手荷物検査を実施するほか、警備業務へのウェアラブルカメラの活用など、新たな警備手法を導入し、更なるセキュリティ向上を図ります。
②不審者・不審物検知機能を有した防犯カメラの導入
● 不審者・不審物検知機能(うろつきなどの行動解析、顔認証技術)を有した防犯カメラを導入し、不審者などを探索します。
●検知した場合、専門部署(セキュリティセンター)から付近の警備員に一報し、駆け付け・声掛けなど、迅速な対応を行います。
※ 行動解析によりお客さま個人を特定することはありません。
※ 顔認証技術の導入に当たっては、個人情報保護委員会事務局にも相談の上、法令に則った措置を講じています。
<JR東「東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた鉄道セキュリティ向上の取り組みについて」>
https://www.jreast.co.jp/press/2021/20210706_ho02.pdf
9月21日、この防犯カメラシステムで、出所者の検知を行っていると読売新聞が報道。
※記事の1文目は「JR東日本が7月から、顔認識カメラを使って、刑務所からの出所者と仮出所者の一部を駅構内などで検知する防犯対策を実施していることが、わかった。」
検知の対象
〈1〉過去にJR東の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した人(出所者や仮出所者)
〈2〉指名手配中の容疑者
〈3〉うろつくなどの不審な行動をとった人。
JR東は以前から、事件の被害者や目撃者、現場管理者らに加害者の出所や仮出所を知らせる「被害者等通知制度」に基づき、検察庁から情報提供を受けている。〈1〉については情報が提供された際、JR東や乗客が被害者となるなどした重大犯罪に限って氏名や罪名、逮捕時に報道されるなどした顔写真をデータベースに登録する。痴漢や窃盗などは対象外で、9月初旬時点で登録者はいないという。
<読売新聞オンライン2021/09/21 11:50「【独自】駅の防犯対策、顔認識カメラで登録者を検知…出所者の一部も対象に」>
同日夜、日経新聞ほか新聞各社によりJR東がこの方針を撤回したことが報じられる。
JR東日本が7月から、首都圏の一部の駅に設置した顔認証付きの防犯カメラで、重大犯罪で服役した出所者や仮出所者を検知する仕組みを導入していたことが分かった。同社は21日、「顔認証技術を巡っての明確なルールや社会的合意が不足している」として方針を撤回した。同日までに対象者はいなかったという。
(中略)
対象者は、事件の被害者や現場関係者らに対し、検察庁が出所などを伝える「被害者等通知制度」で得た情報を踏まえ、逮捕時に報道された写真などから顔の特徴を登録する方針だった。
<日本経済新聞2021年9月21日 21:43 (2021年9月22日 9:16更新)「「顔認証で出所者検知」JR東日本が撤回 駅カメラ巡り」>
報道の仕方について
最初の報道である読売新聞の記事と見出しからは、実際に出所者の検知と対応が行われた実績があるかのような記述になっています。しかしその後の報道を見る限り、これらは実際には行われていなかったようです。
個人的には少々、読売新聞の第一報が過激な報道になっていたように思えます。
また読売新聞がJR東の問題が起こった後の9月24日に以下の記事を配信しているのは、なぜJR東の報道と同時に載せなかったのか、中立性の観点でやや嫌なものを感じます(自ら火をつけてから関心を引きそうなものを載せた印象)。
「万引き対策 開始のお知らせ」。東京・渋谷にある三つの書店の入り口には、こんなタイトルの文書が掲示されている。万引きなどが疑われる人物を顔認識カメラで把握し、そのデータを3店舗で共有すると記す。
このシステムは書店運営会社3社などが2019年から共同運用する。カメラが万引きなどを捉えた場合、その人物の顔情報をデータベースに登録。次に来店した際に店側に知らせ、店員らが警戒する。導入後、万引き被害は半分近くに減ったという。
3社などでつくる「渋谷書店万引対策共同プロジェクト」によると、有識者による運用検証委員会のチェックを受けているほか、データベース登録者数や警察に引き渡すなどした人数を毎年公表している。運用開始から1年で登録者数は約40人、警察への引き渡しは7人にのぼった。
阿部信行・事務局長は「顔認識カメラの防犯効果は高いだけに、透明性の確保が大切だ。プライバシー侵害への対策を徹底しながら今後も続ける」と話す。
<読売新聞オンライン9/24(金) 10:24配信「書店で万引き疑われる人物、顔認識カメラで把握…導入後の被害が半減」>
また「顔認識」「顔認証」という言葉について報道各社ややブレているようにも思います。
顔認識(face recognition)とはもともと画像の中で「顔」にあたる部分を判定するものです。撮影のなかで顔にフォーカスを自動で合わせたり、最近では年齢や性別の判定を行うものもあります。
顔認証(face authentication)とは顔の目、鼻などの特徴をデータ化し、本人かどうかを照合してなんらかの行動や機能を許可するもので、スマホにも搭載されています。
言葉で細かいことを気にすることではないのかもしれませんが、あまり正確な仕組みを把握していないような気がします。
個人情報保護法の観点からいえば、顔認証用の照合データは特定の個人に対応する個人情報であり、かつデータベース化されるので個人データとなります。
何が問題になったか
最も大きな点は出所者を検知する必要性があるのか、という点でしょう。つまりこの点が問題を引き起こしたのは、
①「1度犯罪を犯した人は再度犯罪を犯すという偏見がある」と捉えられた点
②JR東自身がこのシステムを導入した目的が「東京 2020 大会の期間中」の背策であったはずであること
③なによりも出所者本人からしてみれば、JRのリリースからは「え!自分が!?」と読み取れないこと
の3点があるように思います。
改めて検知の対象を振り返ってみると、3つのパターンはそれぞれ違った性質を持ちます。
〈3〉うろつくなどの不審な行動をとった人。
については個人との照合はなく、例えば同じ場所をぐるぐる歩き回っているだとか、首の向きがやたらと変わる(キョロキョロしている)などではなかったのではないかと推測されます。これは正直個人情報の問題でもありませんし、通常の警備員が行っていることと同じことと捉えられます。
〈2〉指名手配中の容疑者
については明らかに特定の個人と紐づきますが、指名手配者の捕捉という目的からすればおそらく理解は得られやすいのではないかと思います。
〈1〉過去にJR東の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した人(出所者や仮出所者)
については、JRのリリースからは素直に読み取れなかった点(「顔認証技術」の記述からここまで読み取れない)とその対象が不透明である点は、たしかに不意打ち的であったといえると思います。
結局のところ、「リリースされた目的、情報」と、「方法、対象」の対応関係が相当でなかったという点が最大の問題であったということと言えます。
なお出所者の顔情報をJR東が取得し、監視カメラを用いて検知することが、本人のプライバシーを侵害するのではないか、という点がありますが、こちらについては個人情報保護委員会と協議していたことやJR東という交通機関の安全確保の観点からはクリアされたとみるのが適切でしょう。
※犯罪歴の情報は要配慮個人情報として、特に慎重な取り扱いが個人情報保護法上は求められます。
個人情報保護法
第二条 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 (略)
二 個人識別符号が含まれるもの
2 この法律において「個人識別符号」とは、次の各号のいずれかに該当する文字、番号、記号その他の符号のうち、政令で定めるものをいう。
個人情報保護法施行令
第一条 略
一 次に掲げる身体の特徴のいずれかを電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、特定の個人を識別するに足りるものとして個人情報保護委員会規則で定める基準に適合するもの
ロ 顔の骨格及び皮膚の色並びに目、鼻、口その他の顔の部位の位置及び形状によって定まる容貌
個人情報保護法
第二条
3 この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
個人情報保護法施行令
第二条 略
四 本人を被疑者又は被告人として、逮捕、捜索、差押え、勾留、公訴の提起その他の刑事事件に関する手続が行われたこと。
カメラ画像である相当性はあったか、なぜカメラ画像がここまでバッシングされるのか
ただ一方で、JR東の立場になって考えてみると、この問題の悩ましさが垣間見えます。
JR東のリリースにあるとおり、JR東は鉄道運航と駅構内の安全確保のため様々な対策を組み合わせています。これらはそれぞれの対策の不足を補うように考えられています。
すなわち、「見て判断」する「うろつき、不審者」はカバン内の不審物を発見するのは困難であり、探知犬のような「嗅覚」で補っています。
そして無限に人を配置できるわけもなく、かつ人の注意力の差を補うためには、カメラを使った監視範囲のカバーと定量的な判断は合理的と思われます。
刃物などは空港にあるような金属探知機を使えばいいじゃないか、という意見があるかもしれませんが、大量の乗客を素早く処理することが求められる鉄道には導入に困難を伴うことでしょう。(JR東による2019年の1日平均トップ乗客数100の駅の合計は800万人強、羽田空港は2019年で8000万人強だそうですので、まさに桁違いです。)
では今回の件が、仮に同じ出所者の顔写真を各警備員に(まるで指名手配犯のように)配布して同じことをした場合、どのような反応となったでしょうか。
結論は同じだったでしょう。JRの保安を担っている人であろうとシステムであろうと、結局、なぜ出所者の顔が出回っているのか、という点で出所者本人が納得しません。指名手配犯と同列に扱うというのも、バランス的に納得を得にくいでしょう。
つまりこの件はカメラ監視が問題の本質であったようには思えません。カメラ検知はセンセーショナルかつ検討不十分な領域であるので、矢面にたったにすぎないように思えてなりません。
私の思う問題の本質
以上から私の考える本件の問題の本質は、以下の3つではないかと思います。
・犯罪者の更生への配慮を欠いたこと
・鉄道保安目的と手段がリンクしていなかったこと
・これらの説明(広報)が足りなかったこと
3つ目に関してはうがった見方かもしれませんが、つっこみどころ(スキ)を作ってしまったがために報道にいいような方向性での報道をさせてしまったとも捉えることもできると思います。
広報担当者は社会から企業がどう見られているかと、社会へ企業をどう見せるかの両目の観点が必要であることから、双方にとって情報格差を無くすような働きかけ方ができなかったかという点が、他山の石になるのではないでしょうか。
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