最近立て続いている弁護士法のグレーゾーン解消制度回答とリーガルテックの抵触性についての私見

最近にわかに盛り上がっている(?)弁護士法72条について、いろいろ考えたものの自身の弱い思考力で既に各社が練りに練った論考に勝るものなど出るはずもないと思いつつ、当事者ではない立場からこの問題を考えてみた。

(参考)
法務省 産業競争力強化法第7条2項の規定に基づく回答について
https://www.moj.go.jp/housei/shihouseido/housei10_00134.html

要件の確認

第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

弁護士法

①弁護士又は弁護士法人でない者は、
②報酬を得る目的で
(③他人の)
④訴訟事件…その他法律事件に関して
⑤法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを
⑥業とすることができない。

細かいことをいうと、「その他」と「その他の」は異なる意味を持つ。

訴訟事件、非訟事件などはその他一般の法律事件と並列関係に立つ。そのため「訴訟事件」は「一般の法律事件」に含まれない。

一方で鑑定、代理などは「法律事務」の例示となる。そのため「法律事務」がその他の例示を包含する最大概念であり、「鑑定」は「法律事務」に含まれる。

①について、弁護士資格の有無という形式要件であるので割愛。
②⑥についても直近の問題においては有償で繰り返し提供されるサービスであることが前提であるので割愛。

「法律事務」

まず第一に、照会対象のサービスが法律事務に該当するかが問題になっている。
これについて令和4年になされた4件の回答(6月6日回答、6月24日回答(1)(2)、7月8日回答)は、一貫して、
法律事務は「法律上の効果を発生、変更する事項の処理や法律上の効果を保全・明確化するもの」
鑑定は「法律上の専門的知識に基づいて法律的見解を述べるもの」を用いている。これ自体は日本弁護士連合会調査室編著「条解弁護士法」などにも従前から示されており、新しく打ち出されたものではない。

上記のとおり「法律事務」が根本の概念であるので「法律上の効果を発生、変更する事項の処理や法律上の効果を保全・明確化するもの」といえるかがポイントになる。

6月6日回答と松尾弁護士論考

6月6日回答は、AI契約書レビューサービスが契約条件の有利不利・リスク指摘というアウトプットに至るまでの過程において前提となる「審査対象となる契約書に含まれる条項の具体的な文言からどのような法律効果が発生するかを判定すること」をもって鑑定に該当しうるとしている。

これに対し、松尾剛行弁護士は概略、「市販書籍のチェックリストとの突合は法的な観点からの検討を行っておらず、『法律上の専門知識に基づいた法律的見解を述べる』ものでないこと」と同じであることをして、鑑定に該当しないとの意見を述べる。
(商事法務ポータル「リーガルテックと弁護士法72条 第1回 弁護士法72条とAIを利用した契約業務支援サービス」)

私見

松尾弁護士は「法律上の専門知識依拠性」を否定するアプローチをしている。これに関しては鑑定の意義が法律上の専門知識依拠性を求めている以上、それに依拠しないならば鑑定該当性は否定されるであろう。

しかし弁護士法72条の要件は「法律事務」であるから、鑑定該当性を否定しても法律事務該当性を否定しなければ、なお抵触する可能性がある。

松尾弁護士は上記論考において「チェックリスト突合結果を踏まえた判断をユーザが行う限りにおいては法律上の効果に対する処理はユーザが行うから、法律事務にも該当しない」と述べる。

しかし「法律上の効果を発生、変更する事項の処理や法律上の効果を保全・明確化するもの」という効果からのアプローチが行われている以上、たとえチェックリストによる機械的突合・修正であっても、現に契約書の条項が変更されるということは法律上の効果に影響を及ぼすから、チェックリスト類似性をもって法律事務該当性を否定するのは難しいと考える。

「他人性」はどの要件にかかるか

上記法律事務該当性について、松尾弁護士は最終的な判断者という主体のアプローチも行っている。

弁護士法72条の条文には書かれていないが、要件の1つに「他人性」が存在する。これは最高裁判例にも示されており、また各グレーゾーン回答にも登場する。
しかし他人性は法律事件にかかる要件であると解すべきで、法律事務に直接にかかるものではない。
したがって他人性を問う場合は、法律事件該当性の検討する中で行うべきではないかと考える。

なお判断主体というアプローチは、医療機器と医師法の関係が類似している。例えば画像診断AIが病巣を検知しても、最終的な判断を医師が行う限り医師法違反にはならない。
しかしながら「医療機器と資格職種である医師」の関係と違い、今回のケースはいわば「医療機器を患者が用いて自己判断する」ことであるので、関係性が異なる。

「一般の法律事件」

7月8日回答は、「『その他一般の法律事件』に該当するというためには、 同条本文に列挙されている訴訟事件その他の具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に争いがあり、あるいは疑義を有するものであることが要求される」としたうえで、個別の事案ごとに判断するとしている。

6月24日回答(1)は、警告書の受け取りを「一般の法律事件」と評価されうるとしている。

そのうえで、兄弟会社は「法人格が別である以上…他人」という回答をしている。
これについては「親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条」が「あくまで一般論としてではあるが」という留保をつけつつも「同条に違反するものではないとされる場合が多いと考えられる」と述べたこととの差異については議論の余地はあろう。

私見

いわゆる締結前の契約書レビューや新規事業に対するリーガルリサーチ、チャットボット等は、いまだ「訴訟事件その他の具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に争いがある」とはいえないため、この段階において事件性を認めるのは過剰であると考える。

一方で、同じ契約書レビューやリーガリサーチ、チャットボット等であっても、例えば締結された契約書に関し、現実に解釈問題が起こり、それに対して何らかの回答を表示するようなものについては、事件性について否定するのは難しいと考えられる。

つまり同じサービスであっても、現実に紛争が起こっているかのようなことを疑わせる入力に対しては何らかのリジェクトをしなければいけないともなりかねない。

回答の言葉尻

本論から外れているが、グレーゾーン解消制度の回答は最終的な判断はしほうである裁判所が行うものであることを前提に、言葉尻として断定を避けている。

そのうえで、パターンとして3つあるように見受けられる。

弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる

6月6日回答

弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる

7月8日回答

同条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる

6月24日回答(1)

契約書のひな形を提供している部分を除く部分については、弁護士法第72
条本文に違反しないものと考えられる

本件サイトで契約書のひな形の提供の対象となる取引が、「その他一般の法律事件」に該当する可能性がないとは言えない

6月24日回答(2)

特に「可能性があると考えられる」と「可能性がないとは言えない」はニュアンスとして、前者はクロ寄り、後者はシロ寄りであるように読める。

視点変更

さて要素ごとに分解して検討してみたものの、論理の積み重ねに限界を感じたため、いったん視点を引いて弁護士法72条がなぜこのような行為を禁じているかから考えてみる。

保護法益からのアプローチ(私見)

そもそも弁護士法72条がこのような行為を禁止する保護法益は、他人の紛争に介入するいわゆる「事件屋」を規制するものである。

この点について最判昭和46年7月14日は護士法第72条の趣旨について以下のように述べている。

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであつて、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられる。

この趣旨からすれば、テクノロジーの進歩による省力化・効率化が法秩序にどのような影響を及ぼすかが重視されてもよいのではないだろうか。

法は哲学である。絶対的な正しい状態はない。人が常に「より良き状態」を考え、それに対してルールである法律を変えていくことが前提になる。

機械学習を行うAIであろうとルールベースのプログラムであろうと、このようなルール自体を規定することは現状できないし、およそはるか先までできないだろう。

チェックリストはなぜ非弁行為にあたらないか(私見)

理論の積み上げではなく直感から述べると、「個別具体の事象に対しているものではない点」が最も大きいと考える。

つまり、「今まさに知りたいこと」に対して何らかの解を示すとき、チェックリストや書籍はあたかかも「問いに対する解を提供した」かのようにみえるが、決して本人の問いに対応して解を探し出したり作り出したのではなく、あくまでもオールインワンの解の中から本人が探し当てたにすぎない。

つまり、書籍やチェックリストには主体的な動きが全くない

弁護士法72条が禁止する行為が「他人の事件に介入すること」である以上、そこには明らかに主体性が求められなければならない。

これからすれば、現行のリーガルテックはユーザーに主体的に働きかけることはせず、入力に対して受動的に処理を返すに過ぎない。

ここでは先の最高裁判例が示したような「法秩序を害する」という結果が起こる可能性は低い。
むしろより効率的な法的評価・判断を行うことで「当事者の利益の確保」、「法律生活の公正かつ円滑ないとなみ」に資するものであるというべきである。
例えば法的な権利について無知であるがために泣き寝入りしていたような者が、書籍などで学ぶことで権利意識を持ち、自らの利益を正当に確保することと、もたらす結果はなんら変わらないはずである。

結論的な私見

よって私見として、弁護士法72条の保護法益と趣旨を示した最高裁判例に基づき、当事者に対して行為態様として主体的なアプローチをしているか否か、それによる悪意ある当事者の搾取など法秩序への影響度からして、現状の各種リーガルテックは弁護士法72条に違反するものとはいえないのではないかと考える。

これを要件的に照らすと「取り扱い」の要件に該当しないといえるのではないか。

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