稟議の書き方

意思決定、権限とは

ここでの「意思決定」とは行動や資源(時間、カネetc)の配分を決める「決断」とします。

1人の人間であれば、典型的には以下のように意思決定に至ります。

何かを「欲しい」と思う

店舗やネットショップで欲しいものを探す(探そうと思う)

欲しいものが「許容できる対価」で手に入ることがわかる

対価と引き換えに入手する決断をする

組織の場合、複数人の集合であるので、組織の意思決定を行える権限者とそれをサポートするメンバーに二分されます。
ただし組織が多層になれば、この権限者とメンバーの関係は相対的なものになります。

例えば10万円以下の物品購入は課長権限で決定できる場合、課員は権限者である課長へ意思決定を仰ぐメンバーとなります。
これに対し、10万円超過100万円以下の物品購入は課長は権限がない場合、課長から権限者である部長へ意思決定を仰ぐ形になります。

ここでは、この意思決定の伺いが課員起案という形式をとっても、間の課長を飛ばして伺いがなされることはなく、課長はメンバーの一員となります。

このように組織では一定の重要権限が特定の人物または役職に専属しており、一方で権限未満の事項は下位の構成員に権限が委譲されている形になります。こうすることで重要な事項についての決定は判断能力があるものにゆだねる一方で、それ以外の日常的な行動の判断は下位メンバーにゆだねることで迅速な組織の行動を図っています。

稟議は意思決定の1つの手段

以下では株式会社を例に進めますが、「一定の階層構造化された専決事項による権限移譲」という大枠は行政組織やその他の組織体でも変わりません。

【法定の決定手段】
株式会社においては、意思決定の機関として株主(総会)、取締役(会)などが規定されており、これらは一定の法定事項を決定します。

【法定外の決定手段】
上記以外の事項は極論、その組織体では自由に設計できます。

小さな会社では代表取締役社長がすべての決定権を持っていることが多いでしょう。
中規模になると部長・課長・店長という役職が生まれて権限が委譲され、
さらに大きくなるとCXO、執行役員、事業部長、本部長・・・
など多層の組織構造が出来上がり、権限が下位組織に移譲されていきます。

役職に紐づく特定の人に権限が与えられていることになりますが、一定の役職者で構成される会議体が権限を持つ場合もあります。(経営会議、執行役員会議、委員会etc)

このようにして設計された権限の所在に対し、基本的には権限を持たない者がボトムアップ式に「上申」する形で伺いを立てます。

稟議はこの上申の手段として、元来の意味は会議体を経ることなく特定の権限者個人に対して意思決定の伺いを立てるものです。
一方で会議体で決まった方針を正式な決定とする、文章化・エビデンス化することを目的に会議の後に行われる場合もあります。どちらかというと日本的な意思決定のプロセスでは意思決定機関でない関係者の会議によって方針を決定、または事前承認を得て(いわゆる根回しをして)から稟議を起案する方式が多いと思います。

稟議によって権限者が承認・決定することを「決裁」といいます。「決済」ではありません。

稟議はどのようなものであるべきか

第一 最終承認者が権限を持っていること

大前提です。決裁の権限表を確認しましょう。

ちなみに自治体などであれば条例によって決裁事項が公表されていることがあり、「決裁事項」で検索すると多数ヒットします。自治体の場合、知事の権限は法令で決まっており、知事以外の行政機関の権限について定めるもの、という構造になっています。

第二 何が決裁事項であるかを明確にする

権限表に基づいた決裁事項を明記しましょう。複数の決裁事項を含める必要があり、決裁者が分かれる場合は、決裁者の上位者にゆだねるか、事前協議によって一方の決裁者にゆだね、他方の決裁者を回議承認者にします。

決裁件名といわれることもあるタイトルは例えば以下のようにそれだけ読めば概略何を決裁すべきかわかるようにすべきです。

・A社からの○○案件の受注について
・B社への○○の発注について
・C社製○○の購入について
・D会への○○年度会費の支払いについて
・Eの異動について
・第三者割当増資によるF社株式取得について
※「F社の第三者割当増資による株式取得について」と書いてしまうと「当社が行う第三者割当増資によってF社が株式を取得する」かのように読めるため注意。
・Gへの○○広告出稿について
・H社破産に伴う売掛債権〇万円の損失計上およびプレスリリースについて
・○○規程の改定について
・○○事業の予算確保について

なお会社によって年初に計画や予算を決めている場合は計画内・予算内の事項かを記載する場合があります(予算番号など)。

またイレギュラーな対応をする場合は、イレギュラー対応であること、何がイレギュラーか、なぜイレギュラー対応をする必要があるのかを決裁事項と事情を説明の冒頭に明記すべきです。


第三 決裁のための必要情報を端的に明記する

決裁は起案者の頑張りをアピールするものではありません。淡々と、決裁したい事項とそれを判断するための情報を記載しましょう

必要な情報のレベルは決裁者がどれだけ起案者側の情報をつかんでいるか、組織の中の共通認識によります。

また決裁した場合どのような行動をとるのかも明記しましょう。

機材の購入であれば、
・なぜその機材が必要か(購入の必要性、目的)
・複数の選択肢があればなぜ選定したか(選択の根拠)
・その機材は必要性にかなうと思われるか(費用対効果、目的合致性)
【決裁した場合の行動】
・選定機材の購入行為(注文、契約書締結)
・(発注行為が分かれている場合は)発注部署への購入依頼

外注もほぼ同様に、
・なぜその外注が必要か(外注の必要性、目的)
・外注先の選定理由(選択の根拠)
・その外注先は必要性にかなうと思われるか(費用対効果、目的合致性)
【決裁した場合の行動】
・外注契約行為(契約書締結、発注)
・(発注行為が分かれている場合は)発注部署への外注依頼



受注であれば、
・受注先(相手)
・受注額、原価、原価率(採算)
・薄利や赤字であれば受注するメリット、失注するデメリット(メリ/デメ)
・受注に伴うリスク(不確実性による損失の可能性)
※受注条件が不利であったり、利益率がよくとも信用不安や受注先の社会的な評判の悪さなどで受注を拒否することもあるため、重要な受注条件や受注先の信用情報や評判にかかわる情報を特記する場合もあります。
※基本的に受注に至る過程や通常の利益率や受注処理に収まる範囲であれば記載が簡略化(あるいはフォーマット化)されることがあります。
【決裁した場合の行動】
・受注契約(契約書締結、請書送付)
・(受注してから調達する場合)商品仕入れ
・(受注してから生産する場合)生産着手
事業投資であれば、
・投資対象
・投資額
・投資期間(回収までの期間)
・リスク、リターン(定性・定量)
・リスクヘッジ方法
※リスクヘッジとして保険をかける場合は、投資と保険付保の2つの事項の意思決定をしているということを明記しましょう。
【決裁した場合の行動】
・投資契約書締結
・出資の払い込み
・保険の付保
人事であれば、
・なぜその人に対しそのような人事を行うのか(人事の必要性、目的)
・その人事は適切か(妥当性、納得性、場合によっては適法性)
・その人事はいつ行われるのか
・処遇が変わる場合はどう変わるか(昇給、降格などの結果)
※ほかにも本人の希望と上長、人事の評価も重要視されることがあります。
【決裁した場合の行動】
・人事発令
・本人面談

以上が基本となります。記載事項は決定事項によりさまざまですが、「遠い将来、不確実性の高い事項」の場合はリスク・リターンの重要性が高くなりますので必須になってきます。

端的に明記」も大切です。決裁者は基本的に詳細に端々の記載を読みません。決裁事項とそれに重要な情報だけで判断できるようにしておかないと、あとから重要な事実の欠落や勘違いによって決裁が誤りであったとなる場合があります。

なお会社によって年初に計画や予算を決めている場合は計画内・予算内の事項かを記載する場合があります(予算番号など)。

またイレギュラーな対応をする場合は、イレギュラー対応であること、何がイレギュラーか、なぜイレギュラー対応をする必要があるのかを決裁事項と事情を説明の冒頭に明記すべきです。

第四 決裁日時、過程を保存する

決裁により社内の関係者が動きます。このとき、決裁過程に加わっていない関係者は決裁内容をもとに動くことの可否、動き方を判断します。

例えば受注にあたり「受注先に信用不安があるので担保を差し出させること」のような条件がついて決裁された場合、担保として何が適切か、交渉できるかは起案部署や専門部署にゆだねられ、対応をすることになります。

また意思決定はタイムリーに組織行動につなげられなければなりません。例えば受注の決裁をしてから受注行為の着手に1年も要していては受注機会はすでに失われているでしょうし、状況も変わっているはずです。

組織の意思決定はこのようなリソース(人員、カネなど)を使うため効率よくリソースを使って狙ったリターンを獲得しているか、リスクが適切に把握されて対応(低減、回避、転嫁、保有)されているか、をチェックするために文書(システム的なものも含みます)で保存されている必要があります。
(都合の悪い文書を破棄することは問題点がいつ誰に把握されていたかをうやむやにするために行われます)

スムーズに決裁されるためには

第一 決まった手続きに乗る

所定の手続きにのれば、関係者が共有された認識のもとで行動します。

第二 関係者の役割に配慮する

回議承認者を加える場合、その回議承認者はなぜ加えられたのか、何を判断すべきか、については触れられることは少ないでしょう。しかし回議承認者も一定の権限者であり、行使すべき権限を示してもらわなくては越権行為をしかねず困ります。

また人間ですので意図も配慮もなく加えられては頭にきます。きちんと配慮してケアしましょう。

例えば支出を伴う場合に経理部長に回議する場合は、決裁者が経理部長でない場合でも経理部長が気にする点(いつまでに資金を用意しておくべきか、どのような経理処理をするのかなど)は先回りして記載するか、事前説明しておくべきです。

第三 決裁者の気にする点を重視する

決裁者も人間であるので、重視する点にはクセがあります。受注額を重視するのか、利益率を重視するのか、今後の関係性を重視するのか、リスクをとりたがらない性格なのか、事前に把握して手当てをしておきましょう。

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