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はじめてのnote。


あのときのわたしが
今のわたしをつくっている

そういう考えを常にもっている。


− − −


毎日絵を描いて思うのは、そのときの感情はそのときにしか描けないということ。

そのときのわたしにしかできない表現がある。

だからこそ脇目も振らず表現し続けることが、
誰かの心に届く絵を生み出すことにつながるんじゃないかな。

中学の頃、絵を描いていたときに同級生の男の子に言われた。

『恥ずかしくないの?』

何も恥ずかしくなかった。


けれどモヤッとした違和感が胸に残った。
なんなのだろう。

今思うと、ちょっと先の自分 ー その絵が1番いいんだと思っているときのわたしよりもその先のわたしが反応したんだと思う。

過去の絵は、今の絵と比べるともうめちゃくちゃだ。これのどこを良いと思っていたのか…
たしかに、恥ずかしい。

だけどもこの膨大な過去たちが、今の絵を生み出したことを忘れてはいけない。


だったら、恥じてはいけないのだ。

『恥ずかしくないの?』

恥ずかしくなると思うよ。
でもそれでいいかなとも思うんだ。

恥ずかしいからって絵を描くことをやめてしまったら、未来のわたしがちっとも面白くないわたしになってしまう気がするんだ。


今なら、あの子にそう言える。

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