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♯30 おばあちゃんが教えてくれた人生の歩きかた(後編)

こちらの続きです。

             ☆

「ここの紅茶はおいしいなぁ。今日は特別におかわりしよか! ソラはカフェオレでいいの?」

ドリンクを追加オーダーしてから、おばあちゃんは言った。

「勉強が苦手やったらな、外ヅラを磨きなさい」

「外ヅラ? えっと、外見を磨くってこと? それとも、ニコニコするってこと?」

「どっちも。外見を磨いて、ニコニコ愛想よく対応できるようにするんよ。でも、むやみやたらにニコニコするのはなぁ。そんなことしたら、ソラが疲れてしまうから意味ないやろぉ? それに、周りの人もアホとちがうから、なんも考えてないって見抜くわ。なんも考えないのはラクでいいんだけど、他人からナメられるのよねぇ」

そうつぶやいたおばあちゃんは、何かを思い出したようにニヤリと笑った。

「だから、ちゃんと”考えて”外ヅラを磨く。でも、いきなりはできないから、毎日練習する。外ヅラを磨くには、相手をよく見ないといけない。だから、観察するの。ソラの教科書は、周りにいる人だと思いなさい」

「え? どういうこと?」

「ソラがこれからやるのは、周りをとにかく観察すること。でも、ボーッと人を見るんとちがうよ。その人の表情の変わり方、目線、手足の動き、立ち方とか姿勢、座り方をみる。たとえば、”いいですよ”と言っている人の手足がどう動くか、表情はどうかをよく見るねん。人間っておもしろい生き物でな、心で思っていることとちがうことを言うてしまう」

確かにそうだ、とソラは思った。ソラ自身にも覚えがある。本音はYESじゃないのに、そのほうがいい気がするなら、YESと言ってしまうし、時には小さな嘘もつく。そのほうが都合がいいからだ。

「本音とか本当の気持ちって、体の動きとか表情によく出るのよ。だから、観察する。それを続けていたら、人の心の動きがつかめるようになるかもしれない。そしたら、相手の意を酌むことができるようになる」

「意を酌む?」

「相手の考えとか気持ちを、好意的に察する、みたいな感じ。口ではYESと言ってはるけど、実はそうでもないのかなと思ったら、次にとる行動が変わるやろ?」

「確かにそうだけど、難しそう」

「誰にでもできることじゃないから、練習するんやん。スマホだって、電源入れて練習しないと使えないやろ? それと同じ。ソラは今日観察スイッチがあることを知ったから、まずは電源を入れる。そして、操作方法を覚えていく。スマホが扱えるのに、それができないわけがない。まずはそれをひたすらやってごらん。そしたら、勉強できる組に勝てるかもしれん」

「別に勝ちたいわけじゃないけど…。それに勝てると思えないし」

「ソラには、他にも苦手なことがあるやろ。でも、それは気にしていないんや。だけどなんでか、このことは気になって悩みになってる。なんでやろな?」

確かにそうだ、とソラは思った。どうしてこれにこだわるんだろう?

「おばあちゃんが思うに、悔しい気持ちがわくのは神様からのサインやと思うねん。悔しいことは、ソラががんばったほうがいいこと。だから、やってごらん。すぐは無理でも、1年後、おもしろいことが起こるかもしれへん」

おばあちゃんは楽しそうに笑った。

傘の出番が増える季節になりましたね

「ソラさんは、ほんとうに周りをよく見ているね」

アルバイト先の休憩室でのんびりしていたら、ベテランスタッフさんがいきなりそう言ってくれた。

「店長とも話したんだけど、学生なのにあんなによく気がつくって、ソラさんくらいかも。常連のAさんも言っていたよ。ソラさんは動きが他のアルバイトとちがうって」

「えっ ほんとうですか」

「うん。それに、この間社長がきたとき、ソラさんの動きを見て感心してたよ。うちの社員になってもらいたいって。ソラさんは就職が決まっているから無理って店長が言ったら、社長はとても残念そうだった」

「……」

「私に見えないものが、ソラさんには見えている。そういうふうによく思うのよ」

いやいや、と笑ってごまかしたが、後からジワジワうれしくなって、ニヤニヤが止まらなくなった。

おばあちゃんの言っていたのはコレか、とソラは思った。この1年半、カフェで教えてもらったことをソラなりに実行してきた。外見はあまり磨けていないけれど、観察だけは続けていたのだ。気づいたことや、気になることをメモするために買った小さなノートは、4冊目が終わろうとしている。

続けていれば、必ず何かつかめるから。おばあちゃんはそう繰り返し言っていたけど、これは本当だった。

早く帰りたいな、とソラは思った。家に帰って、おばあちゃんに電話をしたいのだ。おばあちゃん、どんなふうに反応するかな。なんて言うかはわからないけれど、きっと喜んでくれるはず。

おばあちゃんの反応を予想しては、ウキウキするソラだった。


ソラは社会人になった今も、一生懸命外ヅラを磨いています笑。お読みいただきありがとうございました。

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