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たまごむすび【完全版】

私にはママがいない。

小学生5年生の時に病気で亡くなった。
それからおばあちゃんとパパと
3人暮らしをしている。

おばあちゃんは本当に優しくて、
ずっと私の母がわり。
いつもニコニコして
なんでも話を聞いてくれる。

父は仕事人間。

朝早くから
夜遅くまで
一生懸命頑張ってる。


ただ、高校生になってからは
父と話した記憶はほとんどない。

わかってる。
わかってる。

父のおかげで
毎日、何不自由なく
暮らせていること。

わかってる。
わかってるんだけど
遅れてきた思春期なのかな。
最近は会っても
目を合わすこともしなくなった。


 
これまでも、
運動会も授業参観も家族旅行も
我が家はスルーしてきた。
父の仕事が忙しいのといつの間にか
それが当たり前になっていた。

そんな生活のなかでも
私がグレずにやってきたのは
おばあちゃんの存在のおかげ。


とりわけおばあちゃんの料理は
本当に美味しくて

洋食も和食もなんでもできる。


だから家でご飯を食べるのが好きだった。
 
私がこうしていられるのは
この料理が1番の理由だとおもう。

朝起きて、
ごはんを食べる。
お味噌汁とおかずと
そして決まってたまごやき入りのおむすび。
我が家では“たまごむすび”と呼んでいる。

これが私の大好物。
ママがよく作ってくれたのをちゃんと覚えてる。
おばあちゃんがママの味を忘れないようにと

毎日お弁当に
入れてくれる。

ママが生きていた頃は
父とママと3人で暮らしていた。

ママが亡くなってから
おばあちゃんのところへ引っ越した。

それまでは年に一回しか
里帰りしなかったので
おばあちゃんと暮らせるのは嬉しかった。

学校に行く前、
ママの仏壇に手を合わせて

行ってきますと挨拶をして
お弁当をカバンに入れて家を出る。

その日、学校へ行くと先生が
来週、進路指導の面談があるので
親御さんと相談して
進路を決めてきてくださいと言われた。

 私はずっとなりたかった職業がある。

それは、看護師さん。

ママが闘病してた頃、看護師さんたちが
私をとても可愛がってくれた。
その記憶が嬉しくて
私も看護師になりたいと思っていた。

家に帰って、
おばあちゃんに進路のことを話をした。
うんうんと頷いて
「パパにも話さないとね。」
と言ってくれた。

毎晩、遅くまで仕事。
帰ってきたら「疲れた。」と言いながら 
ビールを飲み始め
いつの間にソファで寝てる。

朝起きたらもう仕事に出かけてる。

そんな父と話すタイミングが
とても難しかった。

土曜日の夜。
父が帰ってくるのを待って
思い切って話をした。

「おかえり。あの、、、
 来週進路指導の面談があってね。
 それで、先生が親御さんに話して
 決めてくるようにって。」

「おぉ。そうか。
 で?どうしたいんや?」

「私ね。あのね。看護学校に行きたいの。
 看護師になりたいと思ってるの。」

父は、ビールを飲み干した。そして、

「そうか。看護師か。
 うん。まぁ、いいんじゃないか。」と
少ししかめた顔をして言った。

「うん。ありがとう。
 じゃあ、先生に話すね。
 奨学金とかもあるみたいだど・・・」
と言いかけたとき

父が突然、席を立ち
居間にあるタンスから
通帳を出してきて
私の前に出してきた。

「これつかえ。」

それは私の名義の通帳だった。
ページをめくると、そこには
十分すぎるお金が入ってあった。

「これ・・・いいの?」

「おう。」
そう一言残して
父は晩酌のハイボールを作って
いつものソファで横になった。

私は「ありがとう」と小さい声で呟き
通帳を手にして足速に部屋へと戻った。
 
ただ、父がしかめた顔をしたことが
府に落ちなかった。
賛成してないのかな。。。

次の週、進路指導の面談があり
先生に看護学校への進路を伝えた。
授業料や入学金など
父が用意してくれたことも伝えた。

先生は
「じゃあ、勉強頑張って受かって
 お父さんに伝えような!」
と言ってくれた。

私は看護学校に受かるために
頑張って勉強をした。
夏休みに入り
父が用意してくれた
お金を遣わせてもらい塾へ通った。

朝から晩まで勉強に明け暮れた。
おばあちゃんは体を心配してくれて
美味しい料理を作ってくれた。
遅くまで頑張っている私に
夜食まで用意してくれた。

あのたまごむすび。
23時頃になると
二階の私の部屋のドアの前に
そっと置いてあった。

それを食べて夜中まで勉強をした。

夏も終わり秋がすぎ
いよいよ、看護学校の受験の日。
父はその日も朝早く仕事でいなかった。

おばあちゃんは「頑張ってよ〜」と
お守りを2つ渡してくれた。

「2つもいいよ。」って言ったけど
予備があるに越したことはないと
カバンに押し込めた。

そして、いつもの
たまごむすびを持って家を出た。

家を出ると父が車で待っていた。

「ほら、乗れ!送っていくよ。」

「仕事は?大丈夫なの?」

「いいから、速く乗って。遅れるぞ。」

高校3年間、いやどてくらいぶりだろう
父の助手席に乗るのは。
タバコの匂いとコーヒーの香り。
父の匂いだ。

父が送ってくれたおかげで
受験会場には余裕を持って到着した。

(いよいよだ。)

緊張が一気に私の胸を襲った。
心臓が高鳴るのを感じた。

すると、今まで黙っていた
父がゆっくり話し始めた。

「お前がな 看護師になるって言った時、
 パパ本当に嬉しかった。
 実はな、ママもパパと結婚する前まで
 看護師さんしてたんだ。
 お前ができて子育てに集中したいと
 すっぱり辞めてしまったんだけど。」

私は驚いた。
母と同じ道を歩こうとしていたんだ。
そして、父がこうして話してくれたことに。

「でも、私が看護師になりたいって言った時、
 難しそうな顔したでしょ?」

「あぁ、あれはな、
 パパはママを守ってやれなかったからなー。
 お前が同じ道を進むって聞いた時に 
 嬉しさと不安が襲ってきたんだよ。
 でも、お前の決意を見て
 パパも腹くくろうって思ったんだよ」

「そうだったんだ…」

 私は父の話を聞いて涙が溢れた。

(ちゃんと私の夢を認めてくれていたんだ)

私が泣き出すのを見て
慌てて父がタオルを出した。

「頑張れ!頑張れな!!」

涙を拭って私は車を降りた。

そして振り返り
「パパ ありがとう。行ってきます!」

「おう!行ってこい。」

父のまっすぐで不器用な優しさに
背中を押され 会場へと歩き始めた。

おばあちゃんとパパと
そしてママの思いがこもった
2つのお守りを握り
シャンと胸を張り門をくぐった。

冬の寒さが優しくなってきた頃。

私は無事に看護学校に受かり
高校の卒業式の日。

朝起きて下へ降りると
おばあちゃんが
朝ごはんを作っていた。
相変わらずパパは仕事でいなかった。

「おはよう」

「おはよう。今日は卒業式ね。
 おめでとう。」

「おばあちゃん。
 3年間美味しいご飯とお弁当ありがとう。
 たまごむすびは
 私にとって世界一の料理だよ。」

おばあちゃんは笑って
「パパ喜ぶよ。
 あなたのお弁当はパパが作っていたのよ。
 ママのたまごむすびを
 忘れさせたくないって言ってね。
 どんなに疲れていても朝早く起きて
 不器用な手つきで卵焼いてね。
 これくらいしかしてやれないと
 言いながら頑張っていたのよ。」
と教えてくれた。

私は言葉を失った。
ちっとも知らなかった。
気づくと涙を流していた。
止まらないくらい溢れた。

私は3年間パパの愛に包まれて
ママに見守られて
おばあちゃんに支えてもらってきたんだ。

ママはおにぎりではなく
おむすびって呼んでた。

“たくさん まごころこめて
みんなを むすぶ
たまごむすび“なんだって。

ママがちゃんと
家族を結んでくれていた。

ありがとう。
ありがとう。

ママが大好きだった
桜の花が咲く頃、
私は新しいスタートを切る。

ママが歩いた道。

次の日曜日
パパに教えてもらおう。
ママのたまごむすび。

そして私もみんなを結んでいこう。

春からはパパのお弁当は私が作るんだ。

もちろん、たまごむすびをいれて。

 
おしまい

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