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ブルノ滞在記22 ルトチェンコヴァー『アマーリエは動かない』

昨夜はヤナーチェク劇場にプーシキン作/チャイコフスキー作曲の『エヴゲーニイ・オネーギン』を観に行った。実は、現在翻訳中のアイスネル著『恋人たち』の中で少しだけ言及されているので参照しようという調査目的の観劇だったが、すっかり作品に飲み込まれてしまった。恋文を書くヒロインのタチヤーナのときめきや、主人公オネーギンと友人レンスキーの決闘シーン、放浪の後タチヤーナに改めて恋に落ちるオネーギンに心揺さぶられながらもその愛を断るタチヤーナの気高さ。メロディーも歌手の歌唱力も素晴らしかったし、社交界を舞台にしているため舞台装置、舞台衣装もただただ美しいの一言だった。

ロシア一色の作品なので客入りはどうだろうか……と思っていたが、席はかなり埋まっていた。よかった。ウクライナで戦争が始まってから、ロシア的なものを十把一絡げに拒絶する人も多いというが、当然のことながら、今回のウクライナ侵攻に関してはプーシキンにもチャイコフスキーにも罪はない。もちろんオペラ上演の前には、オーケストラによるウクライナ国家の演奏もあった。演奏前に「ブルノ国立劇場は、ウクライナに対するロシアの侵攻に反対し、ウクライナに対する全面的な支援を表明します」という放送が流れると、後ろの席に座っていたおばちゃん二人組が、「ほんま、その通りや!」と呟くのが聞こえた。とても居心地がいい。

『オネーギン』の上演も素晴らしかったのだが、わたしの昨晩のハイライトは、昨日買ったカテジナ・ルトチェンコヴァーの『アマーリエは動かない』だ。上演前に読み始めたのだが、完全に心を奪われてしまった。幕間に読んだのはもちろんのこと、終演後も、いつもは徒歩で家に帰るところを、続きを読みたいがためにトラムに乗って帰ることにした。

35歳のアマーリエは、プラハのレトナー Letná という地区にある、先祖代々受け継がれたアパートに住んでいる。彼女の家族は皆、病気で死んだり、諸々の問題を抱えたりしてアパートを去っていったが、アマーリエだけがそのアパートに留まり続ける。彼女自身が内面の脆さを抱えた人物として描かれており、特に男性とはいつまで経っても健全な関係を築くことができないでいる。マレクという男性とは5年間付き合いが続き、彼女は生まれて初めて彼との間に子どもが欲しいと思うのだが、「ある11月の夜、キッチンのテーブルでM.は、これからはまたコンドームをつけてセックスをしたいと彼女に言った(s.13)」。その時から、彼女はベッドからほとんど起き上がることができなくなり、カウンセリングに通うことになる。カウンセラーは彼女に診断を下す。「あなたはパートナーよりも母親との繋がりが強いですね (p.18)」。

翌朝彼女はひどい気分で目を覚ました--これまでの35年間、いや、それよりも長い間、彼女は歳をとって成長しすぎた胎児のように、自分の母親の体内に寝そべり続けているのだ。(p.18)

自分が生まれ育ったアパートから引っ越すことができないアマーリエの状況が、彼女の母親に対する依存心と絶妙に結びつけられた、非常に印象的な一文だ。

その後彼女は、新しいアパートに引っ越したり、日本語を勉強してみたり(彼女は村上春樹の作品を愛読している)、あちこち旅に出てみたりするのだが、結局は複数の男性と実りのない恋に落ち続けるばかりで、少なくとも現時点(p.68)では彼女の置かれた状況は改善されているようには見えない。

昨日の記事では、誰がこの作品を翻訳することになろうとそんなことはどうでも良いと書いたが、正直なところ、自分がこの作品を翻訳・紹介したいという欲が湧いてきている。この作品に興味を抱く人、あるいはこの作品に救われるかもしれない人の顔が何人も思い浮かぶ。何よりも、自分の経験してきたこと、感じていることがまさにこの作品に書かれているように感じるのだ。決して長い作品ではないので、できれば急いで読み終えて滞在中に作家にコンタクトをとりたい。けれども、それよりは、慌てずに一語一語彼女の言葉を噛みしめたほうがきっと良いだろう。アマーリエがちゃんと自分の足でしっかりと動き回れるようになって欲しいという願いを抱きながら、はやる気持ちを抑えて1ページ1ページ読み進めている。

今朝は5時に起床。朝食を食べて夫に電話する。夫は国際政治学者だ。ブルノにきてから随分調子が良くなってきたとはいえ、今のわたしの精神状態は、まだまだ、ウクライナ侵攻に関するニュースをつぶさにフォローし続けることができる状態ではない。ロシア・ウクライナ関係のニュースは、ほとんど夫からの情報に頼っている。そんな自分を不甲斐なく感じることもある。けれど、それは仕方がないことだ、と自分に言い聞かせる。『アマーリエは動かない』の語り手も言っている。

 あんたは自己中よ、母はよく彼女に繰り返した。
 でも、わたしたちは誰だって自己中じゃない! 誰だってまずは自分自身を守らなくちゃいけない、そうじゃなきゃ他人をちゃんと助けることなんてできはしない。(p. 23)

苦境にいる人を助けたい、見捨てたくないという気持ちは本当に尊いものだが、そのために自分を犠牲にするのは多分良くない。自分の心に余裕ができて初めて、誰かを助けることができるのだと思う。だから、自分の問題で弱っている人が、今ウクライナで起こっていることに対して何もできないでいることに罪悪感を覚える必要はない。人間はそんなに丈夫にできていないのだ。少なくとも、わたしは自分にそう言い聞かせている。

ちなみに、『翻訳文学紀行』の姉妹同人誌『ゆめみるけんり』を刊行している友人の工藤順さんは、ウクライナとドイツに拠点を置いて活動している写真家イェウヘニヤ・ベロルセツさんの「戦争日記」の翻訳に取り組んでおられる。現在公開されているnoteの記事では、2月24日から26日までのキーウの状況が、生活者の目線から書き留められている。ぜひ読んでみて欲しい。

個人的には、イスラエルの作家エトガル・ケレットの短編集『あの素晴らしき七年』を思い出した。この短編集は戦闘の続くテル・アヴィヴでの日常が、ウィットに飛んだ形で描かれている。それは、多くの人が「戦争」という言葉を聞いて想起する「空襲で逃げ惑う人々」などというイメージからは程遠い。そこには、スーパーに行ったり友達と冗談を言い合ったりという生活があるのだ。だからこそ、その中に何食わぬ顔で入り込んでくる戦争の痕跡は余計に大きな衝撃を与える。

日本では23日の夜に、ウクライナのゼレンスキー大統領による演説が行われたと聞いている。彼の声ももちろんだが、ロシアであれウクライナであれ、そこで本当に生きている人の声にもちゃんと耳を澄ましたいと思う(もちろん心に余裕があるならば、だが)。

実は今日は11時にトゥーゲンハット邸の見学にも行き、結構感激したのだが、少し時間が遅くなってきたので、写真だけを掲載することにして、詳細は明日に回すことにしようと思う。

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