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残照、残影

 誰も居ない教室で、机に頬を引っ付けて窓の外を見ていた。木々に遮られる視界の向こうにプールが見える。ピッという耳につく笛の音、バシャバシャと水を打つ小麦色は簡単に想像がつく。グラウンドからは野球部の掛け声が微かに届き、どこかで練習しているらしい吹奏楽部の間抜けなスケールは時折止まりながら中庭や駐輪場に響いている。
 すっかり着慣れた制服は、今となっては自分のキャラクターに一番合った着こなしというものが身についている。第一ボタンを開けて、ネクタイは少し緩めて。半袖の夏服よりも、長袖のシャツを腕まくりしている方が性に合った。手首には校則違反ギリギリのブレスレットを二重に巻いて、使いもしないヘアゴムをアクセサリーとして手首に嵌める。着崩し過ぎるのもナンセンスで、けれど優等生過ぎるスタイルもつまらない。別に校則違反をしたいとか不良になりたい訳じゃないけれど、意味も分からず決められた——大人たちの願う「理想」にただ従うなんて、それはそれで納得がいかない。狭い箱の中にぶち込まれている現状はどうしたって変わらないんだから、だったらせめてその箱の中でくらい、どこでどう過ごすのが心地いいかくらい、自分で探して決めさせてくれたっていいと思う。虚しい抵抗、可愛い反抗、思春期の自己主張、何とでも言えばいい。
 水はただの透明で、その入れ物が簡素なブルーだってこと。
 初めて知ったのは何歳のときだっただろう。底がオレンジやピンクのプールがあったっていいはずなのに、学校もスポーツセンターも、みんなプールの底は水色だ。どれもこれも、あの簡素なブルーの水底。
 いつか公園で食べた不味いアイスを思い出す。人工的で、体に悪そうな味しかしないソーダ味のアイスバー。オーガニック好きのお母さんには一生頼みこんでも買ってもらえない、我が家では真黒な悪役にしかなり得ないそのブルー。バイトをするようになっていつでも好きな物を買えるようになったけれど、自分で買って齧ったそのアイスはあの時とは違う味だった。あれはもう随分昔のことだったから、アイス会社も味を変えてしまったのかもしれない。技術の進歩、時代の変化ってやつ? 若しくは、わたしの舌が大人になっているのかもしれないけれど。
 ピッと笛の音が鳴る。
 燻るように蝉が鳴いている。
 アスファルトが焦げ付く臭いと、茹だる教室のまるい熱。
 集中管理で空調が効かない教室に、心ばかりの微風を送る扇風機が首を振る。馬鹿みたいだなと思いながら、扇風機が送る風に目を閉じた。水を打つ音、野球部の掛け声、吹奏楽部のスケール、蝉の音。真っ暗な視界にも、夏が入り込んでくる。

 いつかの夏休み、二人で寄り道をした小さな公園は、今はもう更地になっていて。あの時こっそり食べたアイスも、今はもう存在していない。

 汗が一粒、皮膚の上を這って滑り落ちていく。
 雫が机の色に染まるより先に、ゆっくりと袖で汗を拭った。

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夏と高校生は永遠に特別だと思う。

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