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『まだ恋ははじまらない…』  〜すれ違ってばかりの二人

こんばんは、ことろです。
今回は『まだ恋ははじまらない…』という小説の紹介をしたいと思います。

『まだ恋ははじまらない…』は、著・蘇部健一(そぶ けんいち)、装画・toi8の恋愛小説です。
第一章/第二章/第三章/恋は遅かった…/第四章/エピローグという構成になっており、すれ違ってばかりでなかなか会えない二人が描かれています。

伊藤まなみ
女優を目指して九州(宮崎)から上京。
一度だけオーディションの最終審査に残ったものの、落選。
アルバイトをしながら劇団で活動している。
かつて失恋した際に世界に一つしかないハート型のペンダント(半分に割れた右側)を瓶に入れて海に流したことがある。
本屋に行った時、偶然浩介と同じ小説を手に取ろうとし、運命?の出会いを果たすも、すれ違いがつづき会えなくなってしまう。

島本浩介
シナリオ・ライターを目指して修行中。
星新一の『鍵』という作品が好き。
本屋に行った時、偶然まなみと同じ小説を手に取ろうとし、運命?の出会いを果たすも、すれ違いがつづき会えなくなってしまう。

宇佐美潤
『偶然の恋』がデビュー作。覆面作家。
まなみと浩介が偶然手に取る小説の作者。
実は二人の身近な人物で……?


まなみは今日、朝からついていないことばかりでした。
早朝のファミリーレストランでアルバイトを終えてから電車に乗るも二駅乗り過ごすし、昨日は今度の公演のチラシを印刷していたらあと数十枚ってところでインクが切れるし、インクを買おうと思ってショッピング・ビルのエレベーターに乗ったら家電量販店のあるフロアには止まらないし。
でも、おかげで本屋に寄ることができました。
一ヶ月ほど前、ほかの本屋で、文芸書の棚の前を通りかかったとき、ある小説の表紙が目について、それからずっと頭から離れなかったのです。それは、大きな木の両側で、若い男女が、人待ち顔で背を向け合っているものでした。
本を手に取ってみると、それは『偶然の恋』というタイトルの恋愛小説でした。
帯に書かれた<ふとした偶然で出逢った男女の、もしくは出逢えなかったふたりの恋を描く、珠玉の短編集>という文を読んで、まなみはますます読んでみたいと思ったのでした。

まなみは、女優を目指していました。
プロの女優を志している以上、いつか恋愛ドラマのヒロインを演じてみたいというのは昔からの夢でした。なので、恋愛ものの小説や漫画には自然と目がいくのですが、女性作家の書く恋愛小説はなぜかドロドロしたものが多いので、まなみがよく読むのはロマンティックな少女漫画ばかりでした。
しかし、この『偶然の恋』にはそういったドロドロした雰囲気を感じないし、それになぜかこの本は絶対面白いだろうという予感がしていたのでした。まなみがそう予感するものは今までにもあって、それらはすべて期待外れになることはありませんでした。
ただ漫画と違い、千六百円もする小説を買うかどうか、まなみは考えあぐねているのでした。
宇佐美潤という作家の名前は聞いたことがないので、図書館で予約すればすぐ読めるだろうけれど、近所に図書館がないため、予約、貸し出し、返却と何度も通えばそれだけで電車代がかかってしまいます。
そのため、本屋に訪れるたびに、まなみは本を取っては棚に戻すということを繰り返していました。
今回はインク代のことを考えると、本を買っている余裕はありません。しかし、お徳用の大容量のインクではなく小さいものを買えば本は買えるかもしれない……そう思って手を伸ばすとーー

右手が隣に立っていた男性の手と重なりました。
まなみは、あわてて手を引っ込めます。
「ごめんなさいッ」
「こちらこそ、すみませんッ」
まなみは男性の方が先に本に触れていたのでどうぞと勧めましたが、男性が拒みます。譲ってくれるというのです。
「あっ、でも、私、この本高いから、買おうかどうか迷ってたんです。だから、あなたがお買いになってください」
お金の持ってない女だということを自らバラしてしまったまなみでしたが、男性はぱっと顔を輝かせます。
「えっ、本当ですか? 実は、ぼくも迷ってたんです。千六百円なんて、ちょっと高いですよね。おもしろければいいけど、もしつまらなかったら、取り返しがつかない」
男性はづつけます。
「でも、帯のコピーやあらすじを読んだかぎりでは、おもしろそうな気がするんですけど……」
「私もそう思いますッ。だから、このところ、ずっと気になっていて……」
「だったら、こうしませんか? ふたりで半分ずつお金を出して、この本を買って、順番に小説を読むっていうのは?」
突然の男性の申し出に、まなみは驚き、迷いました。
もしかしたら、これは新手のナンパなのではないか、そう頭によぎったからです。でも、本をあとから触ったのは自分のほうだし、男性に今のところ不自然な動きはありません。
あらためて男性をよく見てみると、歳は二十代半ばくらいで、なかなか整った顔立ちをしています。それに、先ほどからの態度を見るかぎりでは、悪い人には見えませんでした。
とにかく、棚の本を取ろうとして、男性と手が重なるだなんて、まるでドラマみたいなことが自分の身に起こったのです。ここはいったん、その信じられないような偶然に身を任せてみてもいいのではないか……。

「やっぱり、初めて逢った男といっしょに本を買うなんて、いやですよね? じゃあ、ぼくはいいですから、買うかどうか、じっくりお考えになってください」
まなみが頭の中を整理するのに時間をかけていたら、男性が本を棚に戻してしまいました。そのまま立ち去ろうとしたとき、
「待ってくださいッ」
思わず、大きな声で彼のことを引き止めていました。
「あの、もしよろしければ、いっしょに本を買っていただけません? ひとりだと、また買うかどうか迷ってしまいそうなので」
「はいッ、喜んで。じゃあ、さっそく買いましょうか?」
彼はまた本を手に取ると、レジの方へと歩き出しました。
まなみはそのあとを追いながら、バッグから財布を取り出します。ちょうど小銭があってホッとしました。レジの前で「ぼくが立て替えておきます」なんていうやりとりは、できればしたくありませんでした。

店を出ると彼はカバーのついた本をまなみに差し出しました。
「あなたが先に読んでください。ぼくのほうはべつに、いそいで読みたいわけじゃありませんから」
まなみは本を受け取ると、重要なことに気づきます。
「そうだッ、あなたの住所を教えていただかないと……」
「ああ、そうでしたね。それじゃあ、もしお時間があるようでしたら、四階にある喫茶店にちょっと寄っていきませんか?」
「えっ……」
ということは、やはりこれはナンパで、彼はその喫茶店でまなみを口説くつもりなのでしょうか。
すると彼が、まなみの不審げな表情を見てとったのか、あわてて言います。
「いえッ、おいそぎでしたら、いますぐメモに、ぼくの住所を書きますので。ただ、自己紹介もろくにしていないことに気づいたものですから」
「あっ、そう言えば、そうですね。こちらこそ、名前も名乗らずに、失礼しました。時間なら少しありますから、おつきあいします」
どうやら彼に下心はなさそうだし、このまま別れるより、彼のことをもっとよく知っておきたかったので、まなみは一緒に喫茶店に行くことにしました。

喫茶店に入ると、ふたりは窓際の席に座りました。
窓からはショッピング・ビルの吹き抜けを見ることができます。
ウェイトレスが水とメニューをふたつ持ってくると、まなみはメニューを開きました。
「うわあ、このカルボナーラ、おいしそうッ」
言ってから、後悔しました。初対面の男性の前でなんてはしたないことを……
「本当ですね。じゃあ、食事もいっしょにしていきますか?」
「いえ、やめときます。せっかく本代を節約したのに、無駄になってしまいますから」
またケチくさいことを言ってしまった……
「ですよね」
ウェイトレスが注文を取りに来たので、まなみはグレープフルーツ・ジュースを、彼はアイスコーヒーを頼みました。
いろいろ雑談をし、お互いの名前を名乗りました。
まなみは伊藤、彼は島本さんというそうです。
島本さんはペンを忘れていたのでまなみが貸してあげて、さらさらと住所を書いたあと、まなみにメモ紙を二つ折りにして渡しました。
送料のことも思い出して半分お金を出してくれました。
まなみは運ばれてきた飲み物を飲みながら、気になっていたことを話しました。
「でも、男の方が、恋愛小説を読まれるなんて、めずらしいですね?」
「あっ、そうですよね」
彼は恥ずかしそうに頭の後ろに手をやりました。
「いえ、実はぼく、シナリオ・ライターを目指していて、ストーリー作りの勉強のために、できるだけおもしろそうな小説も読むようにしているんです」
「そうだったんですか」
彼は初対面の人に恥ずかしいこと言っちゃったなと頭をかきましたが、まなみはそんなことないですよとフォローします。
「いや、前に一度、ぼくの書いたシナリオが、賞の最終選考まで残ったことがあるんで、つい調子に乗ってしまって……」
「すごいじゃないですか」
「いいえ、デビューもしていない、ただのフリーターがえらそうなこと言ってしまって、本当に恥ずかしいです」
「そんなことありませんッ。だって、それを言ったら私も、女優を目指して、はるばる九州から上京してきた恥ずかしい身ですから」
「本当ですか?」
彼は驚いたように身を乗り出しました。
「ええ。私も、一度だけオーディションの最終に残ったことがあるんですけど、やっぱり駄目でした」
もっとも、それは、台詞がひと言しかない、ドラマの脇役のオーディションでしたが。
「そうだったんですか。じゃあ、おたがい修行中の身ってことですね」
「はい」
「それならいつか、ぼくが書いたシナリオのドラマか舞台で、伊藤さんに主役を務めてもらいたいな」
「えっ……」
「あっ、また恥ずかしいことを言っちゃって、すみません」
「いいえッ」
「でも、九州からひとりで東京に出てきたなんて、すごいですね。九州には、ぼくも一日だけ行ったことがありますけど」
「えっ、なんでまた、一日だけだったんですか?」
「それは、ちょっと事情がありまして……」
彼は言いにくそうに、顔をうつむけました。
それを機に、ふたりの間に沈黙がつづいたので、まなみは、気まずさをまぎらわせるかのように、ストローの袋を平く伸ばし、結びました。
「あのッ、好きな恋愛小説は何ですか?」
「『タイタニック』ですッ」
いきなり彼に質問されたので、つい一番ベタな映画を答えてしまいました。
「あっ、女優を志している人間が、『タイタニック』なんて言ったら、まずいですよね?」
「そんなことありませんよ。だって、ぼくは『タイタニック』を見ていないから、悪口を言う資格もありませんし」
「えっ、あの有名な映画を見てないんですか?」
まなみは目を丸くしました。
「ええ。子供のころ、海の近くに住んでいて、ひとりで沖まで泳いでいったら、溺れかけた経験があるもんですから。だから、船が沈む映画なんて、怖くて見られないんです」
「そうだったんですか。じゃあ、島本さんがいちばんお好きな恋愛映画は何ですか?」
「えーっと、恋愛映画とは言えないと思うんですけど、ぼく、『トゥルーマン・ショー』が大好きなんです」
「あっ、私も見ました。とっても、おもしろかったですよね」
「ジム・キャリーが、エド・ハリスによって引き裂かれた女性のことを想って、でも、彼女の写真がないから、女性雑誌のグラビアを破って、彼女のモンタージュをつくるシーンがせつなくて」
「ええ、そうでしたね。あのッ、やっぱり私も、好きな映画が『タイタニック』じゃ恥ずかしいので、訂正させてもらえません?」
「もちろん、いいですよ」
「私、『オンリー・ユー』っていうマイナーな映画が好きなんです」
「ああ、マリサ・トメイの」
「ご存じなんですか?」
「はい。あの映画は、隠れた傑作だと思います」
「ですよね。子供のころ、占い師から『あなたは将来、この人と結婚する』って言われて。で、その人の名前が……」
「デイモン・ブラッドリーッ!」
ふたりは声をそろえました。
「その十数年後、ほかの男性との結婚の直前に、デイモン・ブラッドリーという男性から電話がかかってきて。運命を信じる彼女は、彼を探しに、はるばるイタリアまで出かけていくだなんて、ロマンティックですよね」
「ええ。でも、あの映画のヒロインは運命を信じていましたけど、あなたは運命というものを信じますか?」
「えっ……」
まなみは一瞬、言葉に詰まります。けれど、すぐに彼の目を見て、きっぱりと言いました。
「信じませんッ。近所に、縁結びの神様で有名な神社があるんですけど、そこにも一度もお参りに行ったことがないくらいですから」
「そうですか……」
彼はがっかりしたように肩を落としました。
「あの、前に一度、運命の男性と思える人が、私の前にあらわれたことがあるんです。でも、ちがったんです。その人は、とんでもない嘘つきで……」
「ああ、そんなことがあったんですか」
「でもッ、その人が嘘つきだってことは、おつきあいをする前にわかったんで、よかったんですが……」
まなみは、その男にもてあそばれ、ボロボロにされたと誤解されては困るので、あわてて言い添えました。
「それじゃあ、さっき、本を取ろうとして、ぼくたちの手がふれたのも、運命じゃなくて、ただの偶然ですよね?」
「えっ、それは……」
たしかに、先ほどのようなドラマみたいな偶然は、一生のうちでも、そう簡単に起こるものではありません。でも、果たしてそれを運命と呼んでいいものなのでしょうか。
まなみが考えを決めかねていると、彼が照れ笑いを浮かべて言いました。
「まあ、一度目は偶然、二度目は運命って、よく言いますもんね。ぼくたちは、一度手がふれただけだから。それに、本のタイトルも『偶然の恋』だったし……」
「そういえば……」
まなみは、もし彼が自分のことをデートに誘う気だったら乗ってみてもいいかなと思い始めていました。

しかし、そこで彼は、運命の話を打ち切るかのように、話題を変えました。
「それじゃあ、好きな小説は何ですか?」
「小説ですか? あの、お恥ずかしい話ですけど、私、小説はあまり読まないんです。中学生のころ、星新一のショートショートはよく読んでたんですが……」
「それなら、星新一の作品で、いちばん好きなのは?」
「えーと、どんなのがありましたっけ?」
まなみは目をつむり、必死に記憶を辿ります。
「すみません。急に言われたので、「ボッコちゃん」と「おーい、でてこーい」しか出てこなくて……」
「ああ、ふつう、そうかもしれませんね。ぼくがいちばん好きなのは、「鍵」っていう作品なんです。主人公がある日、道で一本の鍵を拾って、それに合う鍵穴をさがしはじめるんだけど、なかなか見つからなくて。でも、鍵穴をさがすことが、いつしか主人公の生き甲斐になっていくっていう……」
「その話なら、なんとなく読んだ覚えがあります、でも、結末はどうなったんでしたっけ? 主人公は、鍵に合う鍵穴を見つけることができたんですか?」
「オチを言っちゃってもいいですか? 十ページくらいの作品ですから、立ち読みでも読めますけど」
「あっ、やっぱり、言わないでください」
まなみはあわてて手を振りました。
「新潮文庫の『妄想銀行』に入ってます」
「わかりました。今度、読んでみます」
「それじゃあ、ぼく、そろそろバイトの時間なので」
「そうだッ、私も買い物に行かないと」
まなみは彼と一緒に立ち上がりました。
レジに行くと、今度はぴったりの小銭がなかったので、ふたりは別々に支払うことにしました。

店を出て、エレベーターのほうに歩いていく間、まなみの脳裏をいろいろな想いが駆け巡りました。
彼は、運命という可能性を口にはしたものの、結局、まなみのことをデートには誘いませんでした。
もしかしたら、彼にはもう決まった恋人がいるのかもしれない。あるいは、まなみに、それほどの魅力を感じなかったとか……
エレベーターの前に着くと、まなみは上を指して言いました。
「私は、上の階で買い物をしますから」
「じゃあ、ここでお別れですね」
彼は上と下のボタンを押しましたが、エレベーターがどれも近くの階になかったので、待っている間まなみは本の作者について尋ねました。
「宇佐美潤っていう作家さんのこと、ご存じですか?」
「いえ、ぼくもよく知らないんです。著者略歴によると、『偶然の恋』がデビュー作みたいですね。しかも、覆面作家だとか」
「謎の作家というわけですね。じゃあ、おもしろいかどうかも、謎だったりして……」
「ネットで感想を見ようとしたら、本が売れてないせいか、あまりのっていませんでした。でも、ぼくが読んだ感想は、どれも好意的でしたよ」
「それなら、読むのが楽しみです」
まなみはうれしそうに微笑みました。
「ええ。あっ、今度、こんなのができるんだ」
彼が壁に貼ってあるポスターを指さしたので、まなみもそちらに目を向けました。
それは、もうすぐ都内の遊園地にできる、《愛の迷路》というアトラクションのポスターでした。
説明を読んでみると、巨大な迷路のふたつある入り口から、恋人たちが男女別々に入場し、ふたりが運命の赤い糸で結ばれているなら、うまく出逢うことができるという、なかなか凝った仕掛けのものでした。
「これ、おもしろそうですね」
「ええ。でも私は、こっちのほうに行ってみたいです」
まなみは隣に貼ってある、今度、隅田川の浅草周辺で行われる灯籠流しのポスターを指さしました。
「ああ、夜の川にたくさんの灯籠が浮かんでいる光景は、綺麗かもしれませんね」
「でしょう」
と、そこまで言ったところで、まなみは気がつきました。
さっき彼が《愛の迷宮》がおもしろそうだと言ったのは、遠回しにまなみのことをデートに誘っていたのではないか。そして、迷路の別々の入り口から入り、上手く巡り逢うことができるかどうかで、今日のふたりの出逢いが運命かどうか決めようという考えだったのではないか。
でも、いまさら「やっぱり私も、《愛の迷宮》に行きたい」とは、とても言えません。
そんなことを考えているうちに、エレベーターが来てしまいました。
「じゃあ、ここで」
「はい。読み終わったら、すぐに本をお送りします」
「お願いします。さようなら」
「さようなら」
デートの約束を交わすことはできませんでしたが、彼に本を送るとき、「もうすぐ《愛の迷路》がオープンしますね」という手紙を添えておけば、あらためてデートに誘ってくれるかもしれない。
だから、まだ彼が運命の人ではないと決まったわけでもない……

七階の家電量販店に着き、扇風機売り場の前を歩いていると、まなみはカラーインクの型番を覚えていないことに気づきました。
でも、たしか手帳にメモしてあるはず……と手帳を開くと、扇風機の風に乗ってさっき書いてもらった島本さんの住所のメモ紙がふわりと飛んでいってしまいました!
それは、回廊の手すりを越え、あれよあれよと下のフロアへ。
あの紙がなければ、彼に本を送ることができなくなってしまう。
それどころが、もう二度と彼に逢うことができなくなってしまう!
まなみは、急いでエレベーターのところへ戻り、メモ紙を探すため一階を目指すのでした。


こうして、まなみと浩介のすれ違いが始まります。
まなみは落ちたメモ紙を拾うことができなかったのですが、なんと一階で浩介が拾っていて、まなみが落としたことを知ります。急いで上の階へ行けば間に合うかなと向かうのですが、そのころまなみは下へ。
目撃情報をもとに、浩介がメモ紙を拾い、上に行ったことを知るのですが、上に行ってみても浩介はいない。完全にすれ違いです。
そして、どうにもできないままその日は帰ることになります。
その後、ここまでで話したすべてのことを頼りに、お互いを探す日々が始まるのです。
まなみは女優を目指しているのだから芸能プロダクションのホームページで顔写真を探したりすれば、もしかしたら見つかるかもしれない。
浩介はよくあのショッピング・ビルを利用しているようだったし、似顔絵を描いて本屋や喫茶店で聞き込みをすれば、もしかしたら見つかるかもしれない。
ふたりは、話に出ていた遊園地の《愛の迷路》にも行きましたし、隅田川の灯籠流しにも行きました。同じ日の同じタイミングで行っていたにもかかわらず会えないふたり……
そこで、まなみは最後の手段としてあの喫茶店で働くことにしました。

それと並行して、まなみが小学生の頃、買ったハートのペアのペンダントを、失恋したときに片方だけ瓶に入れて海に流すということをしていた話になります。ハンドメイドな作品で、ハートは真ん中でギザギザに割れているのですが、二つを合わせるとぴったりくっつくという世界で一つだけのペアのペンダントなのでした。それを自分の写真と手紙も一緒に入れて、海に流したのです。これを手に取る人は運命の人だと思って。
しかし、その手紙には名前も住所も書いていませんでした。これでは、もし拾った人がいても会いに来られません。
ところが、まなみの兄のいたずらのせいで話がややこしくなり、実は実際にペンダントを拾った男性がまなみのことを探していて、いろいろあって結局まなみはその人と会う機会を失います。
だから、まなみは運命を信じたい気持ちと信じられない気持ちが複雑に混じり合っているのですが、ペンダントの人はダメでも、本屋で手を重ねた浩介なら運命を本当にできるかもしれないと奮闘します。

まなみと浩介が手に取った本、『偶然の恋』の作者、宇佐美潤は偽名ですが、実は浩介の友人にあたる人でした。偶然、まなみとも接点を持つようになり(最近結婚した奥さんがまなみの友人だったのです)、ふたりを会わせるという話にもなるのですが、これもうまくいかず。

ふたりはどうなってしまうのか?
本当に会うことはできないのか?
気になる方はぜひ最後の最後まで読んでみてください。


いかがでしたでしょうか?
運命を信じたい男女のすれ違いの恋。
ミステリーなどを書いていたという作者の、すれ違いのさせ方や、喫茶店で話していたことをもとにお互いを推理していく様など、ちょこちょこ推理小説の名残が見られる気がして面白かったですし、イラストを描いているtoi8さんもネットなどで知っている絵描きさんだったのでうれしかったです。
今回は児童文学小説ではありませんでしたが、たまにはこういう作品もいいかなと思います。

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!


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