大切な人を殺してしまった

#あの失敗があったから

なかなかNOTEに登録したが隙間時間がとれずにいる。
久しぶりにログインした所、あの失敗があったからというテーマを募集していたので、自分自身の振り返りで書いてみようと思う。

以前、社内で行われた「失敗」を書くコンテストで見事1位になったが、新しい事にチャレンジする部署なので当然と言える。そもそも、誰かの真似で初めても、条件があわないのだから1回で上手くいくはずがない。失敗は動いている証拠。ただ、同じ失敗を繰り返さないように、なぜ失敗したか、なぜうまくいっているのかを常に自問自答を繰り返す必要がある。

そんな気持ちになれたのは、自分が大切な人を殺してしまったと悩みもがいていた経験があるからだろう。

当時から、新しい事を思いつくと何か行動しなければ気が済まない性格だった。設計時代、思いついた事を企画書に書いて提出。上司に通らなければ、その上の上司に再提出を繰り返し、何度か会長にまで企画書を持って行った。会長までもっていって通らなければ、自分の提案力、調査力が甘いということで、色々な本を買ってどうしたら企画を通せるか日々勉強をしていたのを思い出す。

そんな中、1つの企画が上司、部長、社長はダメといったが会長が面白そうだな、俺の予算で試作を作ってみろと言われた。
とてもうれしかった。
初めて自分が認められたような気がした。
もちろん業務外の時間でやる事になったが、試作品の部品を手配し、進捗状況を会長に報告をしていた。

そんなある日、中の良い他の部署の営業担当がその試作品を目にする。
狙いたい市場の会社に持ち込み評価をしてもらおうという言葉に、少しでも自分の作った製品が売れるかもしれないという焦りや期待でその出来上がった試作品を渡してしまった。
その時は、きっと良い評価になる、きっと褒められるという事しか頭になかった。

当然のことだが、会長への報告時、出来上がったはずの試作品は手元にないわけなので、嘘をついて、来週の月曜日にはお持ちしますと伝え、部品はあるので、もう1つ作ればいいやという甘い考えで回答をした。試作品が出来上がった、特許を出して、それから市場調査をしよう。会長の嬉しそうな笑顔がもう20年以上前の事なのに忘れられない。

報告をした金曜日の残業時間、接着を終えたが乾かす時間があるので、まぁ月曜日にもっていけばいいか。土曜に会長が出る事は、秘書から聞いていたので知っていたが、2階から3階にあがるのも面倒だし、そんな事が頭に浮かんだ。
日曜日朝、脳溢血で会長はこの世を去る。

誰も認めてくれなかった自分の企画を押してくれた人に、その試作品を見せることなく、自分の甘えを悔いた。
もし、金曜日に会長の机に置いておいたら、行動や思考が変わりひょっとしたら会長は死ななかったのではないか?そう思い込み、自分自身を責めるようになってしまった。

その後、勝手に色々な事をしていたこともあり、設計から部署移動となる。しばらくは、自分自身を責めていた事もあり、いつ死んでもいいや、楽しくない状態だったので、振り返れば鬱のような状態だったと思う。ただ、あの世の行った時に、これでは会長に褒めてもらえないな・・・と悔いがないように、がむしゃらにチャレンジし続ける日々が今でも続いている。

あれから出向となり関連会社で市場を1から2つ立ち上げる事が出来た。あの時の2階から3階にあがるのがメンドクサイと思い、大切な人に試作品を見せれなかった失敗を2度としない。そう思う事で、何事も後伸ばしにせず、思いついたら即行動出来るようになった。日々追われているような精神状態で休まる事は無いが、これはこれで自分の人生のテーマなんだろう。

失敗から何を得るか。
これは、自分自身で気づくしかない。
ただ、誰しも初めから上手くいく事は無い。
失敗は、前を向いている証拠だとして、人の何倍もの失敗をするつもりで繰り返すととで、新しい道がきっと作られる。
失敗とは挑戦者に与えられた勲章のようなものだと私は思う。

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