消えない微熱、覚めない余熱
君は僕と、ありふれた奇跡を作った。
君が見ている空は、僕の見ている空と同じらしい。
僕たちは、意外とすぐに手を繋ぐことが出来る。
僕が泣いて笑った分だけ、君にも泣いて笑って欲しい。
だから今年も、お星さまに祈ってみようと思った。
窓の外から日が差す体育館で、僕達は出会った。
とても気の弱そうな少年だ。背は100cmも無い僕より低く、四角い眼鏡をかけ、汚れの無い履物とは少しアンバランスな服を着ている。追いかけっこをしている無邪気な集団には入ろうとせず、ただ羨ましそうに入り口の横で黙って立っていた。
放課後、特に用もなく1人でここに寄ってみた僕は、同じく1人でいる気の弱そうな君を見つけ、勇気を出して話しかけてみた。
最初こそびっくりされたが、君と雰囲気が似ていたからか、一瞬で打ち解けることが出来た。
僕達は他のものより一回り小さな白いボールを手に取り、日差しの強いバスケットボールのゴールへと向かった。
ぎこちない動き。リングに入らない。それでも僕達は“遊んでいる”という今がとても楽しかった。君が何か話している時、周りの声は魔法のように気にならなくなる。君は魔法使いだと、僕は伝えた。
僕は友達が少なかった。同じクラスの中でも特別仲のいい人は居ない。学校で楽しいのは給食と放課後だけ。
そういえば、いつものように何気なく給食で出た麻婆豆腐の話を君にしてみたら、君は給食では無くお弁当を食べていると言ってきた。理由を問うが、君もよく分からないらしい。
僕もお母さんに聞いてみたけど、怖かったあの頃の話が何故か始まってしまった。お母さんの言っていることは分かるようで本当によく分からなかった。だけど君は正しいと思う。
体育館が空いている火曜日と金曜日に僕達は言葉を交わさずとも必ず集まり、いつもの場所でいつものボールを投げた。僕も君も少しづつリングに入り始め、いつしか僕達は体育館が閉まる終わり際に10球勝負をするようになった。
勝負は君より多少運動神経が良い僕がよく僅差で勝っていたと思う。得意げな僕を見る君は、いつも笑っていた。
ある日、僕はクラス内で新たな友達が出来た。その友達は僕と同じアニメが好きで、休み時間に自由帳で一緒に絵を描くことが増えた。僕はその友達と意気投合して、互いの家で遊ぶことが増えた。
そして、徐々に僕は気づいた。僕は元々インドアであり、こっちの友達と遊んでいる方が楽しいということに。
気づけば僕は体育館に行かなくなっていた。勿論君がどうしているか、気になってはいたが、元々放課後以外で話すことが無かったために声もかけられず、別の友達と遊ぶ機会ばかり増えていった。
しかしモヤモヤはずっと止まらない。やはり一人だと寂しいだろうか。君は他に仲の良い友達がいるのだろうか。
半年ほど過ぎた後、僕は勇気をだして放課後の体育館に行ってみた。あの場所に目線をずらしてみれば、白いボールを投げている君を見つけた。
安心した。凄く安心した。声を掛けたら、今までになく笑顔の君がいた。授業でいつも来ている場所なのに、この日はとても懐かしい香りを感じた。
10球勝負をしよう。君は勿論頷いた。
久々の勝負に僕はとてもワクワクしながら白いボールを手に持つ。
…おかしい。いつもみたいに投げられない。ゴールに、入らない。
そんな中、かわりばんこで投げる君は全てのシュートがリングに吸い込まれていく。前と大違いじゃないか。焦りが増していく。
入らない僕。入る君。思うように行かない僕。勝っていた僕。勝てない僕。
気づいたら怒りと悔しさの気持ちで溢れていた。
7球目に差し掛かるタイミングで、僕は無言でボールを置き、早歩きで体育館から出た。後ろから君の声が聞こえる。ごめんって、言っていたような気がする。
感情に逆らえない。身体が言うことを聞かない。背中を向けたまま僕は帰った。そのあと君がどうしたのか、僕には分からない。
僕はまた体育館に行かなくなった。君と話さないのも通常運転だった。しかし、幸運と言うべきか、或いは不運と言うべきか、僕には別に友達が出来ていた。その子と遊んでいれば僕は楽しかった。
時間経過であの頃の出来事も気にならなくなってきた。こころのどこかにあった気持ちが、小さく小さくなっているような気がした。
そして学年が変わる直前。2月のこと。
何気なく廊下を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。叩いていたのは、君だった。何か話したそうな、真剣な顔をしている。
驚いた。体育館以外では話したことがなかったから。かなり気まずい。
すると君ははっきりと言った。
転校をする、と。
全ての音が止まった。
僕は、嘘だと思った。そんな訳ないと。君は真剣な顔をしているけど。廊下で話しかけるなんて今まで無かったけど。絶対に、嘘だ。
僕は君に背中を向けた。そんなの嘘に決まってる、と言いながら君から遠ざかった。何かに似ていると思う気持ちを消しながら。
嘘じゃない
君は何度も言っていた。僕はそれを無視した。声は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
4月。君はいなかった。
大阪に引っ越した、という。
僕は、全てに蓋をした。
僕は君と、ありふれた奇跡を作った。
僕が見ている空は、君の見ている空と同じらしい。
僕たちは、意外とすぐに手を繋ぐことが出来る。
君が泣いて笑った分だけ、僕も泣いて笑いたいのかもしれない。
だから今年も、お星さまに祈ってみようと思った。
僕のことを、忘れていますように、と。
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