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おいらは、ドーナツ。

おいらは、ドーナツ。
名前?
そんなものは、ないよ。イチゴチョコの服を着せてもらった、ドーナツさ。
なかなかいいだろ、この服。
おいしく食べてもらうために、ただそのために生まれたのさ。

お店で生まれて、夕方ほかの仲間と並んでお迎えを待っていたらさ、普段は決まって塩キャラメルしか買わない人がさ、おいらを覗き込んでしばらく考えてから、塩キャラメルと一緒にその人の家に迎えてくれたんだ。

次の日の朝、その人は「笑ってくれるといいな」って呪文みたいに唱えながら、おいらを白い皿にのせたんだ。

笑うってなんだ?それ、おいしいのか?

おいら、「笑う」ってよくわからないけど、準備万端だぜ!任せておけ!
って思ってた。

だけど、おいらをおいしく食べる予定の、この家の子ども「ちーちゃん」は、おいらのことまるで見えてないみたいにうつむいたままだ。
あれ、なんだか目から水が出てるじゃないか。大丈夫か?

結局、おいらは白い皿にのったまま、ちーちゃんはどこかにいってしまった。おいら、テーブルの上でぽつんと一人ぼっちになった。
一緒に家に来た塩キャラメルのやつは、もうとっくにちーちゃんが
「おかー」って呼ぶ人の胃袋に行っちまったのに。

おいら、悲しいな。

それから少しして、「イチゴチョコの洋服が溶けちゃ台無しになっちゃう」って、おかーに冷蔵庫に入れられちまった。
こんな冷たいところじゃ、おいらカチンコチンで美味しくなくっちゃうじゃないか!

どれくらい入ってたかな。
もう、おいしく食べてもらえずにここにずっといるのかって思ってた。そしたら、外からなにやら「カッコーカッコー」ってのが12回聞こえて、おかーが、「ちーちゃん、お昼ご飯の後に食べなよー」って叫んでるのが聞こえたと思ったら、冷蔵庫が開けられた。
ちーちゃんだ!
おいらを外に連れ出してくれた。ちーちゃんの目にはさっきみたいな水は、もうないみたいだ。

ふぅ、やっと出られたぜ。
さぁ、ちーちゃん、おいらを食べたら、ちと冷たいけど
きっと、おいしいぜ!

さぁ、召し上がれ!


え?そこからいく?ま、いっか!

どうだ?おいら、おいしいだろ?イチゴチョコの服が自慢さ!
お、ちーちゃん、いい顔してるじゃんか!
それが笑うってやつか!
え?おいらの顔がおもしろいから?
そうか、おいら、おいしいだけじゃなくて、おもしろいのか!

さぁ、どんどん、食べておくれよ!
おいらはおいしく食べてもらうために、生まれたんだから。


お、お、い、ら、はんぶんになった

お、い、ら、だいぶ、ち、い、さ、く、なっちまったな。

もうすぐ、お、わ、か、れ、だ、な。ちーちゃん。
おいらをおもしろいって言ってくれて、「笑う」をしてくれて、
ありがとう。

おかーって人、願いがかなってよかったな!

おいら、ドーナツに生まれてよかったよ。

人は、おいしいって言う時、いい顔するんだな。
笑うって、いいな。すてきだな。

じゃあな。
おいらは、ドーナツ。
おいらの顔を、味を覚えていてくれたら、うれしいな。


おいらは、ドーナツ。またいつか、な!




地元のドーナツ屋さんに行ったら、目があったこの子。
なんてキュートなんだろうか!と一目ぼれした。
いつもいたか思い出せないほど、普段ならお決まりの「塩キャラメル」しか買わない。
だけどこの日は、思春期ちーちゃんの笑顔の種になるものを探していたので、運命的な出会いをして、お迎えしたのだ。

ドーナツ君、ありがとう。

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