映画「夢と狂気の王国」感想

 最近は思うところあって、ジブリに関するドキュメンタリーをいろいろと見返している。もののけ姫の大ヒット以降、スタジオへ頻繁にカメラが入るようになった結果、Qアンノがカズ・シマモトを評して言うところの「つくる作品よりも本人のほうが面白いのが問題」という問題、つまりジブリ映画そのものよりも「白髭のおんじ」の言動のほうが、ずっと魅力的で興味深く感じるという呪いを、私たちはかけられてしまっているのかもしれないーーそんな感慨にふけりつつ、買ったままずっと積んであった夢と狂気の王国のディスクを再生したのだった。全体的に、ジブリが大好きな若い女性ファンがトシオあたりにだまくらかされて、おずおずとカメラを回している腰の引けた感じが伝わってきて、この人物でなければ撮れなかった場面や引きだせなかった台詞というのは、いっさいありませんでした。本来まとうべき批評性は皆無であり、全身小説家あたりを教材にドキュメンタリーのなんたるかを勉強しなおすべきでしょう。元々がジャケット買い、タイトル買いだったことを思い出しましたが、パッケージのコラージュ写真は若い女性ファンではなくハヤオの手によるもので、タイトルにしても「風立ちぬ制作秘話」ぐらいが適切な内容なので、バイヤーに錯誤を起こさせるための誇大広告として、たぶんトシオあたりがあの手書き文字でネーミングしたのにちがいありません。

 なんとなれば、このタイトルで多くの視聴者が期待する、イサオとハヤオの濃厚なカラミやトサカの突きあわせがいっさい収められていないどころか、イサオがカメラの前へ姿を現すのは全体でほんの3分ほど、話すシーンはそれこそ1分もありません。イサオの冷徹にビビッてしまった若い女性ファンがハヤオ側のスタジオに引きこもって、カメラを向けるだけで勝手にしゃべりだすサービス精神旺盛な2人の老人を撮り続けているだけの中身になってしまっているのです。言語と演技の過剰なハヤオとトシオが作り出すスタジオジブリの虚飾部分を、スタッフや関係者からの証言で浮き彫りにするのがドキュメンタリー作品の本来というものでしょう。この点において若い女性ファンに協力してくれたのは、「人生は顔に出る」という言葉を想起させる、泣き顔がデフォルトの表情になってしまった作画スタッフのお姉さんだけでした。2人の狂人男性に翻弄され、画面の外から質問未満のかぼそい発語を繰り返すばかりの若い女性ファンを見るにみかねて、声をかけてくれたのかもしれません。彼女が泣き笑いでハヤオについて語るその内容だけが、本作の中で唯一ドキュメンタリーな瞬間として立ちあがっていました。この類の証言を求めて、イサオを含めた強面の男性スタッフへ図々しく切り込んでいかなければ、すでに無数の映像ドキュメントが存在するジブリを題材として、あらためて取りあげる意味はありません。

 もっとも老獪なトシオのことですから、「腰が引けて切り込めない」ことまでも見越して、この若い女性ファンに白羽の矢を立てた可能性は充分にあります。2人の巨匠の長編が同時進行する裏側に、たとえば原一男みたいなホンモノを放りこんで真の混沌を引き起こす勇気は、さすがになかったのでしょう。全体的に「『もののけ姫』はこうして生まれた。」や国営放送の過去の密着取材を見ていれば、わざわざ手にとる必要のない中身ーーニ十年以上にわたって変わらぬハヤオの日々には、揶揄ではなく、心からの敬意を表します。まさに「延々たる冴えない日常を送るのが労働」を実践しているのですーーですが、印象に残った場面をいくつかあげておきましょう。ハヤオはなんだかんだ言いながら、人間としてのヒデアキを心の底から無条件で愛していて、エヴァが壊れる遠因となったことは差し引いても、その関係性をうらやむ気持ちにはなりました。一方で、息子のゴローは本当に他罰的でどうしようもない恫喝型のパーソナリティであり、親の威光によって映画を撮らせてもらったことに対する今さらの恨み節を聞かされて、「おまえ、ル・グウィンの遺族を前にしても同じこと言えんの?」と思わず大きな声を出してしまいました。そして、トシオが後継者と目していたノブオがゴローの不機嫌に気おされ、甲高い声で早口になってキョドる様子を見て、「ああ、こらハヤオも最新作で塔を崩壊させるわ」と妙に得心する気分になりました。

 個人的なことを言えば、「何の才能も持たないハヤオやトシオ」みたいな人物たちーーいずれも定年をむかえるか、すでに現世から退場するかしたーーと仕事をする時期を経てきましたので、あの類の全共闘くずれなレフティたちが職場でかもしだす雰囲気というのをひさしぶりに思いだして、どこかなつかしい気持ちになったのは自分でも驚きでした。あと、ちょっと気づいちゃったんですけど、最近トシオとタイ人女性との適切とは言いにくい関係が週刊誌にスッパぬかれたことがあったじゃないですか。この若い女性ファンを監督として抜擢するときも、あの件と同じ心の動きーー老いて現世の権威となった自分から、若い女性へ何か無形の遺産を残したい気分ーーがトシオの中に生じていたと考えたら、失敗したドキュメンタリー作品である以上の意味あいをもって、本作を視聴できるような気がしてきました。それにしても、「年齢を重ねて気難しくなった老人には、若い女性をあてがうとうまくいく」という処方箋は、いつでもどこでも身もフタもなく有効すぎて、笑ってしまいますね。

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