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『本日は大安なり』ー人生で最高の一日のために

辻村深月『本日は大安なり』角川文庫(2015)

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11月22日ー大安。四組の結婚式が予定される高級結婚式場ーホテル・アールマティで交叉する様々な思惑が生み出す物語。
物語は朝10時から16時に渡って展開していく。時系列が一方通行、それが面白い。主人公はホテルのウエディングプランナー山井多香子ですが、四組に関わる4人ー加賀山妃美佳鈴木陸雄白須真空加賀山鞠香の視点でも語られていくので、それぞれが主人公としても楽しむことができる。結婚式場のドタバタ劇ではなく、小指の先ほどのサスペンス要素が入っているのが良い。視点が変われば物事は違ったものに見える。

個人的には加賀山姉妹の画策に、途中までまんまとミスリードさせられていて、ぐっと引き込まれました。
だって一生に一度の結婚披露宴に、新郎を試すなんてことをやってのけるなんて!双子の異常なまでの「愛される」こと「愛する」ことへの追求。最初は少し理解できない、思った二人なのに、読んでいくうちに、そう思ってしまうことーここで賭けをしないと、この二人は一生幸せになれない、と思ってくるんだから辻村さんすごい。
そして、それを受け止める新郎、映一さんの何枚も上手感。
「結婚前に言い忘れたけど、僕のややこしさは、君たち以上だから」
って、ずっと気づいたまま何食わぬ顔で結婚披露宴に挑み、最後にさらっと言ってのける神経よ!幸せになってほしいです。

大人たちの思惑の中で、8歳の真空君の心配が、純粋で真っ直ぐなのが際立つ。心の底からりえちゃんの幸せを願い、心配し、周りの大人たちの言葉を受け止めて戸惑いながらも頑張っている姿に、抱きしめてあげたくなる。「頑張ったね、偉かったね」って。その小さな身体に大きな心。きっと君は素敵な大人になる。
でも、結婚って大変ですよね。当人二人の意思とは別に、周りからの目や批判もひっくるめて家族にならなきゃいけない。子供心に心配の空気は敏感に伝わるものだ。

個人的に好きなシーンは、11時20分。美容師オーナー和木と山井が会話するシーンだ。業界で生きてきた二人のプライドが見えるやりとりにニヤっとする。格好いい。
「楽しいよね。トラブル起きると。大変だけど、私、アドレナリン全開になる瞬間がわかって興奮する。非常事態だ、さあやるぞって思うわ」
うーん、この感覚。わかるわー!嫌いじゃない。
「鬘、かぶったことある?ーあれ、重たすぎると、顎がぐっと前に出ちゃうのよ。頭が後ろに引っぱられて、正面が向けなくなる。花嫁がそれは、絶対ダメ。気に食わない相手でも、合わない鬘をかぶって白無垢を着る姿は勘弁して欲しいわね。ましてそれが私の仕事だと思われるなんて屈辱だわ」
最高です。それに対して「私の仕事もそれと似ているかもしれないです」と答える山井。自分の婚約者を奪った相手の幸せを願うプランニングをやってのけた彼女は間違いなくプロフェッショナルだ。

結婚式は一生に一度。お金のかかる大イベント。
だから、時間をかけて計画して、幸せいっぱいの一日にするために、準備するのだ。
結婚披露宴については、縮小化、格安化が進み、ブライダル業界はなかなか厳しいと聞く。それでも、私は無駄なことではないと思う。その後長く続く結婚生活という道に、一緒に振り返れる日があるというのは素敵なことなんじゃないだろうか。

私はこれでやっていけるし、歩いていけるー
山井の心の枷が外れた瞬間が心地いい。

蛇足1
結婚式には参列する回数以上に、結婚式場のアルバイトで現場を見ている。
なのでよりいっそう、その空気感が伝わって、肌で感じられて、つまりはすごくリアルで面白かったです。
挙式、披露宴前の空気、式中の雰囲気ーああ、あるあるって現場に入ったことがある人ならきっとなる。

最後まで読んでくださってありがとうございます。