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悔しさとその昇華の仕方について

なにか優れたものを見た時、心から楽しんだり凄いなと思ったりすることが出来ずに、「悔しさ」を抱いてしまうことがある。するとたちまち、それを見たり聞いたりするのが苦しくなってしまう。

私は、自分がやっていることを自分より上手くやってのける人に対して、強い悔しさを覚える。私は大学時代、アカペラサークルに所属していたのだが、私より歌が上手くて楽しそうにやっている人を見ると、真っ黒な感情がむくむくと湧き上がって来るのを感じた。置いてきぼりにされているような、仲間外れにされているような、そんな感覚だった。上手いグループの演奏を聞いても、心から楽しめなくて苦しかったこともある。

時が過ぎ今、対象は変わり今度は後輩に対してそんな感情を抱くようになった。私の直属の後輩は、私と似たようなことに取り組んでいるものの、成果を出すスピードが圧倒的に早い。だから、妬ましい。素直にすごいと思えない。

そんな自分の心の狭さにもちろん気づいていて、嫌気もさしているので、なおのこと苦しいのである。この苦しさをどうにかしたくて、自分なりに整理したのでここに記す。

まず、嫉妬心自体は悪くないということ。それを抱いてしまうのは仕方ないし、もしかしたら、それが自分を変える燃料になりうる。
しかし私の場合、いけないのは嫉妬してる時、相手のことばかり気にしてしまうということだ。相手が妬ましい、その感情に支配されるばかりで、自分を変えようとしないところがよくないと思う。どうしたら自分もそうなれるか、本当に嫉妬心を消したいたいのなら、意識すべきは相手ではなく自分なのだと思う。

相手に対しては、どす黒い感情を抱くのではなく、その人を冷静に観察する。そして何が優れているのか、なにかその人から学べること、盗めるものはないか見る。意識すべきは自分自身で、それを自分に落とし込み、どうしたらそうなれるか考えるのが健全だと思う。嫉妬から根本的に抜け出すには、自分のスキルをあげるしかない。

嫉妬心を感じたら、それは自分が成長できる可能性を感じたのだということ。その感情をエネルギーに変えて、相手から学び自分に落としていくしかない。そうして自分を変えられたのなら、きっともっと楽しくなる。

まずは自分も変われるのだとそう自覚すること。やれば何かはきっと変わるから。少なくともやらなければ1ミリも変われない。

それでもその相手に勝てないとわかった時は、きっと手放しで相手を賞賛できると思う。

苦しがっているばかりで何も行動しないのは、酷くかっこ悪いと思う。


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