『プロジェクト・ヘイル・メアリー』への愛を1時間しゃべる回#83を見て思ったこと(よもやま)

 まず初めに。
 自分はごく薄いSFファンもどきです。子供の頃からSFを読んできてはいますが、「SFファン」を名乗るにも至らない半端者にすぎません。それでもSFは好きだし、大きな影響を与えられてきたな、と思います。

 というわけで、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」をようやく読み終えました。(SFファンもどきと自称しつつ、今さらですが)
 で、この作品を知るきっかけになった「ゆる言語学ラジオ」(正確には、その姉妹チャンネルの「ゆるコンピュータ科学ラジオ」)の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」特集回をようやく見ることことができました。(https://www.youtube.com/watch?v=DKgli57DR84)
 ネタバレ前提の回でしたので、作品を読み終えるまで視聴できなかったのです。
 で、そこで感じたことを書き連ねて行こうと思います。あ。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」および、文章中に言及するSF作品のネタバレがあるかもしれません。(申し訳ないですが、ネット上のネタバレは、読んだ方が悪い、というのが自分の考えです)

「ゆる言語学ラジオ」についての詳しい説明は省きますが、興味深い蘊蓄ばなしを気軽に聴けて、タイトルになっている言語学だけでなく、幅広いジャンルの知見を楽しく得られるお薦めのチャンネルです。https://www.youtube.com/@yurugengo
※科学系など、他のジャンルのサブチャンネルもあります。

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「ゆる言語学ラジオ」のパーソナリティである堀元氏が「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の感想を熱く語った際に、「これは友情の物語である!」と断言していたのでびっくりした。堀元氏はかなり濃いめのSFファンだという認識であったので……。
 SF読みの視点からすれば、まず最初に来るのは「これはファーストコンタクトの物語だ!」だろうと思っていたからだ。

「ファーストコンタクト」とはSF界では「人類が異星人と初めて接触すること」を意味する。H・G・ウェルズが1898年に発表した「宇宙戦争」もファーストコンタクトものだ。ただ、これは不幸にして火星人からの一方的な襲撃の形を取ってしまったが……。近代SFのファーストコンタクトテーマではJ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」シリーズが有名だ。そして現代のSFにおいて世界的大ヒットとなった「三体」シリーズも、異星人とのファーストコンタクトが物語の主題になっている。
 いずれにせよ、SFという小説ジャンルにおいて「ファーストコンタクト」は連綿として書き継がれてきた王道のテーマだと言える。ミステリで言えば「密室もの」にあたるかもしれない。「謎とその解明」がテーマのミステリで「密室内での殺人」という不可能犯罪が最も象徴的であるのと同様に、「センス・オブ・ワンダー」を主眼とするSFでは「未知との遭遇」――図らずもスティーブン・スピルバーグ監督のファーストコンタクトテーマの作品と同じ言葉となったが――それこそが象徴たりうるのであろう。
 と、いうわけで、SF者であれば、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を読み解く際に「ファーストコンタクトものであること」を意識しないではいられないはずなのだ。

 自分の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」についての感想は「よくできたハリウッド映画の原作本」だ。これは「素晴らしい」という意味で言っている。邦訳の出来の良さもあいまって、驚くほど読みやすく、おもしろい。主人公の語り口が親しみやすく、それでいてその頭の出来の良さを巧みに表現している(と、同時にインチ・フィート法に関するアメリカ人のこだわりを引きずっても見せている)。そういえば、冒頭の展開から自分が感じたもうひとつの感想は『よくできた「なろう小説」』でもあった。これももちろん褒め言葉だ。たいていの「なろう小説」では、主人公の有能さを表現しようとして失敗している。周囲を幼稚な存在にすることでしか主人公を有能に描けないのだ。よくできた「なろう小説」では、もちろんこの問題をクリアしている(はずだ)。
 素晴らしい、褒めている、と言いつつ、この奥歯に物のはさまったような物言いで察することができるかもしれないが、自分からすれば「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、SFの王道「ファーストコンタクトテーマ作品」としてはあまり「凄い」とは感じられなかった。
 理由は幾つかある。

「ファーストコンタクト」で遭遇する「異星人」とはどういうものか――これは想像を絶していればいるほど良い。その小説を読まなければ想像することもなかったであろう「知性」や「生態」「存在起源」に触れることこそが「ファーストコンタクトもの」の醍醐味だからだ。
 エリディアンにはその驚きがない。言語もほぼ一瞬で翻訳された。これは同じようなシステムで思考しているということだ。メンタリティも人類とほぼ変わりがない。「僕たちはいいひと」とロッキーは言うが、その基準こそ、生命体としてのカルチャーが共通しているということだからだ。
 確かに生存環境は違う。かたや数百度、数十気圧のアンモニアの大気の中で進化してきた異星人だ。地球人類とは同じ環境に存在することができない。(作中では、お互いの環境を封鎖し隔離することにより、共同作業を可能にしていた)
 なぜ、十数光年離れた星系でそれぞれ生まれた知性体が、「ほぼ同じ知性」「ほぼ同じサイズ」「ほぼ同じ技術」を同時期に獲得できたのか? 一応、作中で説明は試みられてはいる。アストロファージがそれぞれの星系の生命の起源になったから、とか、重力だったり行動にともない発生する音の周波数帯だったりに大差が無いから、など――だが、そういった共通性があったとしても数十億年かけて進化した結果、もっとかけ離れた存在になっている方が自然なのではないか? その方が「初めて遭遇するエイリアン」としてはおもしろかったのではないか? 「こんなエイリアン、想像したこともなかった」という驚きがほしかった――というのがSF読みとしてまず思ってしまうことではないだろうか。
 大昔のSFであれば、知性あるエイリアンは人間型であるのが普通だった。「レンズマン」や「スターウォーズ」を例に引くまでもなく、奇怪な姿であっても知性のあるエイリアンはほぼ例外なく人間に近い形をしている。地球人類とコミュニケートできるのは、知性があり人間に近い形態のエイリアンだった。(そこにはキリスト教思想があると思っているが、ここではそれに言及しない)
 エリディアンは確かにカニのような形態であったり、食事・排泄について人類にとってやや「苦手」な習性を付与されている。だが、人類とコミュニケートできるという点で、大昔から存在するステレオタイプのエイリアンたちと本質的には変わらない。
 エリディアンの形態は、「異星知性体のSF的な解釈」でも「センス・オブ・ワンダーのあらわれ」でもなく、ハリウッド的なポリコレへの配慮のように思える。つまり、エリディアンは白人にとっての黒人や黄色人種のアナロジーに過ぎないように感じるのだ。ハリウッド映画によくある「バディもの」を成立させるための道具立て過ぎないように自分には読めてしまった。

 異星の知性体と人類とは基本的に解りあえないはずだ。同じ地球で進化した生き物同士とさえ人類は意志疎通ができていない。犬や猫やその他の愛玩動物、イルカやクジラなどと人間は意志疎通できているつもりになっているが、実際はそうではない。人間が自分の感情を投射しているだけだ。というか、その大半の生き物を、必要であれば人類は食っている。人類は他の生き物を愛することができるかもしれないが、より端的に言えば支配しているのだ。それなのに、異星の知性とはゼロ秒で友人になれてしまうものだろうか? その存在を自分と対等のものとして認識できるものだろうか?
 同等の知性を持っている相手であれば意志疎通ができて、友情も生まれるのか――それはひとつの思考実験たりえるが、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」ではそれをテーマをしているとも思えない。主人公とロッキーは一瞬で友人になってしまっているからだ。そうであることを決定づけられているかのように。
 やはり、これは「バディもの」を成立させるための「お約束」に過ぎず、ロッキーは従来のハリウッド映画に必ず登場する、気のいい黒人の相棒のバリエーションでしかない。
 つまり、この時点で、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は「ファーストコンタクトもの」としてはまったく「よくできていない」。

 たとえば。
 主人公は、エリディアンに対して、地球の位置や科学技術について、何の抵抗もなく公開している。人類の構造や生活サイクル、文化や歴史についても情報を与えている。かたやエリディアン側も同様に公開しているように見える。
 これがもうありえない。
「ボイジャーのゴールデンレコード」を思い出す。これは、当時は異星人へのメッセージとしてロマンあふれる美談だったかもしれないが、異星人とコンタクトする可能性が実際にある場合、人類を滅亡に導く可能性のある悪手の中の悪手だ。今で言えば、ネット上に自分の個人情報をばらまくようなもので、もしも宇宙がエイリアンで満ち満ちていたとすれれば、宇宙規模のオレオレ詐欺を呼び込みかねない。
 ――というか、それをやって異星人の侵略を呼び込むのが「三体」だったりするが……(呼吸するようにネタバレしてしまった……ごめんなさい)
 ロッキーがいいやつだったから。エリディアンにとって地球が生存に向かない環境だったから。スリーワールド同様、太陽系も危機に瀕しているから。おそらく兵器類は地球のほうが進歩していて戦争しても勝てそうにないから。
 こういった理由を考えるとエリディアンから攻め込まれる可能性は低そうだが、それらは全部作中での設定にすぎない。異星人とのファーストコンタクトでは、こういった情報は絶対に出すべきではない。それについての葛藤ゼロの部分で、やはりこの作品は「ファーストコンタクトもの」ではないし、多分、作者も「ファーストコンタクトもの」を書こうとしていない。
 ここまで考えた時に、冒頭の違和感への答えが明解になった。堀元氏が指摘したようにこれは「友情の物語」なのだった。ハリウッド的な、バディストーリーであり、手に汗握る、知的で熱い物語なのだ。映画化されてもきっと傑作になるだろう。つまり自分が感じた「優れたハリウッド映画の原作」という感想も、間違ってはいなかったことになる。(のかも?)
 なんだ。びっくりすることなんかなかったんじゃないか。よかったよかった。

 べつに自分は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」がおもしろくないとも思っていないし、けなしたかったわけでもない。
 堀元氏の「これは友情の物語だ!」という意見に対して、「え? ファーストコンタクトものとして語らないの?」と思っただけなのだ。
 そしてその理由にはここまで述べてきたことによって自分としては腑に落ちた。

 ここからは蛇足。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」に関しての妄想について書こうと思う。

 どういう展開だったら「ファーストコンタクトもの」としてより興味深くなっただろうか?
 ファーストコンタクトする異星の知性体をもっとユニークにすることだろう。
 最初、読みながら「ああ、これはファーストコンタクトものだ」を思った時に、最初にイメージしたのは「アストロファージが知性体で、それとなんとかコミュニケーションするのかな?」というもので、これはおそらくSF好きの読者なら誰もが考えたことではないかと思う。アメーバ型の異星人とのコンタクトについてはハル・クレメントの「20億の針」がとっくのとうにあるし。(そういえば、目に入れる「コンタクト」を表示デバイスにするスマートコンタクトが研究されているが、この原理は「20億の針」で主人公のバディになるアメーバ型異星人が使っていたのと同じだ。おもしろい偶然だ。「コンタクト」だけに)
 だが……アストロファージが宇宙における疫病という「装置」であることが明確になると、その期待は萎んでしまった……
 このあたりはやはり新型コロナのパンデミックが影響しているのかな……? コロナ禍は世界中のさまざまな創作に影響を与えたんだろうな……と思ったりもした。

「アストロファージ」というアイディアは素晴らしい。これを元に、この作者は新たな宇宙世紀を描くことができる。ガンダム宇宙におけるミノフスキー粒子というアイディアに匹敵する。ファンタジーであれば、魔法というテクノロジーを導入したのと同等だ。
「アストロファージ」の量産技術を持ち、かつ、その数量をコントロールできる「タウメーバ」を入手した人類は、いわば無尽蔵のエネルギー源・燃料を入手したことになる。
 おそらくここから人類は宇宙開発を加速させる。エネルギー問題が恒久的に解決した以上、各国間でいがみ合う必要もなくなっているだろうし。
 物語における最大の「脅威」が人類の未来を開く「原動力」になっていく――実に美しい。
 このお話から数十年後には人類は、太陽系の開発を進めながら、恒星間の交易にも進出しているだろう。すでにエリディアンという交易先も存在しているし、アストロファージの伝播の流れを調べていけば、新たな知性体との邂逅も難しくはないはずだ。アストロファージのコントロール方法は非常に強い商材にもなるだろうし……
 問題は人類の寿命だが、これも数百年くらいの時間でクリア可能だ。ヒントは「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の中に用意されている。コールドスリープの耐性遺伝子、そしてタウメーバの窒素耐性獲得。つまり、コールドスリープに耐性を持つ人類を増やしていくことは可能で、おそらくはそういった「宇宙種族」に人類は進化していくはずだ。また、シンプルに長命化の研究も進むだろう。今でさえ「人生100年」と言われ始めている。コールドスリープと併用すれば、100~200年の活動時間を得ることことができるはずだ。スリーワールドと行き来を20数年でできたとしたら、人生において4回以上往復できることになり、おそらくは莫大な富を手に入れられる。
 そうやって進化した人類は――ちょっとアーヴっぽい種族になるかもしれない。

「アストロファージ獲得以前」と「以降」で人類の歴史は大きく変わるはずだ。紀元前(BC)と紀元後(AD)のように、アストロファージ紀元後(AA?)のような時代が刻まれるかもしれない。
 そういう作品をアンディー・ウィアーが書いてくれれば良し。書かなければ、誰かが書けばヨシ!

 以上、終了!

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