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「無傷化」
(今回の話が理想論なのは重々承知の上で書いております。
しかし、それでも、
「こういうふうに持っていけたらいいな」の
「個人的な」理想論を、今回は書きたかったのです。)
(肉体的に殴られた場合にはできないけど、)
「精神的に」殴られた場合なら、
時間差でそれを「かわす」みたいなの、
やろうと思えばできることも、場合によってはあるかもしれんな、と。
あとから「無傷」(またはそれに近い状態)にしちゃうみたいなの。
肉体的暴力を受けたら、とにかく警察をよぶ。
(そりゃそうだ。そうするべきだ。)
で、精神的暴力の場合は、後からでもなんとか
「かわして」「無傷化」する。
(あるいはそれに近づける。)
精神は肉体と違って、実体の「かたち」をもたないから、
いくらでも「変形」できるはず、その強みをいかせるはず
――と、まずは思ってみるのだ。
そうすれば、時間すら巻き戻して、
相手の攻撃を「無効化」できることもきっとある気がする。
それが時間差の「防御」にもなりそうではないか。
だいたい「精神的暴力」って、無意識なものも含めれば、
「相手がダメージを受けますように」と(どこかで)向こうから意図され投げられてくるものが発端だったりすることも多いと思うので。
それを後からでも
「ノーダメージ」(か、それに近い状態)にもっていければ、
それこそが鮮やかな「反撃」にもなる気がするのである。
つまりは。
いつまでも、精神的にまでも引き摺ってしまったら、
相手の思うつぼではありませんか。
「日にち薬」を――「気持ちを元に戻してくれる時の流れの力」を、
多少は借りるのだとしても。
つまり、時間がかかっても。
――もし仮に、不本意ながらそれに、
たとえ何年かの歳月が掛かってしまったとしても。
「お生憎さま!結果的にはこっちは痛くも痒くもありませんでした!!」
って「最終的に」笑えれば、
むしろこっちのものだ、という感じである。
「売られたケンカ」なんて、買わなくていいのである。
それは「買う」のではなく、「勝てばいい」のである。
時間をかけてでも、「最終的に」勝ちにいこう。
(以上、「個人的理想論」でした!!)