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具体的に求めず「思いがけない」に出会いたい

「思いがけない」にいろいろ出会いたい気分なので、
この先の具体的展望などを思い描くのは、
抑えめでしばらくいこうかな、と最近思っている。

具体的にあれこれ求めずにいるほうが、
きっと「思いがけない」はやってきやすいのではないだろうか。
「具体的に」というある種の「制限」をかけてしまうと、
たぶん、ものごとがやってくる出入口は、狭くせざるを得ないと思う。
具体的なそのイメージの色を濃くし過ぎると、
そのものドンピシャが来た時に見逃すことが少ない代わりに、
「イメージ外のもの」にことごとく目を向けなくなるから、
やはり「思いがけない」は遠ざかってしまう気がするのである。

心の中の出入口は、「何でもいらっしゃい」で広く取りたい、
今はそんな気分なのだ。

ま、どっちがいい、どっちであるべき、ということではなく、
人生のその時どきの気分でいい、という話である。

今の自分は、ふわーっと、
「思いがけない」によりたくさん出会いたい気分、ということだ。

例えば。
綺麗な秋の景色でも。
最高の絶景と世間で評される紅葉の名所を目指して
自ら期待満々で出掛けていく感じではなく、
「紅葉とはズバリこういうものだ!」とかイメージを縛ることもまたせず、
「漠然と」「意味なく」「自覚もなく」、
でも「不意に視線を移したら」「思いもかけなかった」「その時の自分だけの心象風景と重なるような」そんな景色に、
出会えたら、そっちのときめきのほうが今の自分の気分としては吉――と、
言うなればそんな感じ、である。

具体的に何かを求めだすと、何だか「執着」もしてしまいそうで、
そういう「凝り固まった」感覚からは遠ざかりたい気分でもあるので、
その分、「思いがけない」を、
楽しみにし……たりも特にしないでおこうと思う。(笑)