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早番の仕事の後に、いつもと違う沿線に向かい、代々木公園駅から歩いて少しのスタジオへ。
もう大体みんな揃っていて、音を鳴らしている。
この日はスカパンクの曲を初めて合わせる日だった。

音楽イベントのボランティアスタッフ仲間が始めたバンドに、コーラスとして参加するようになってもうすぐ1年が経つ。
ギターボーカルの女の子と、ボランティアスタッフにとっての部活のコーチみたいな存在であるファシリのお兄さんが中心になって、スタジオ入りの日程を決める。そしてそれぞれの楽器を持ち寄ってセッションする。大体いつものメンバーは決まっているけど、たまに遊びに来るだけもOKなゆるい集まり。
ファシリのお兄さんはベース担当で、最年長の40代なのだが、曲が最高に盛り上がる直前に誰よりも高くジャンプする(そして着地の瞬間床が揺れる)。ドラムはとにかく元気よく叩く男の子と、たまに参加する女の子。ギターは常時3、4人いるし、サックスとトランペットのホーン隊とキーボードが更に彩りを添える。
そんな大所帯バンドである。

1年前、私も一度遊びに行ってみようかなという気持ちで、その時は渋谷にあるスタジオに行ったのが最初だった。
私は楽器ができないが、歌うことが好きだ。中学生のときは吹奏楽部でクラリネットを吹いていたけど、高校では合唱部に入った。大学から社会人になり数年までのブランクはあったものの、その後社会人の合唱サークルに参加し、細々と歌うことを続けている。
そんな訳で初めてこのバンドのセッションに参加した日、とりあえず一緒に歌ってみたのだが、最初はとても歌いづらかった。

合唱の練習では、あたり前だけどみんなで声を合わせてハーモニーを作っていくので、ピアノの伴奏や合唱ための音源に合わせて歌う。アカペラで歌うこともある。
それが、スタジオでエレキギターやベースやドラムの爆音の中で歌うのだ。曲も、慣れ親しんできたポップスやゴスペルではなく、ロック。マイクを通して歌うのも、カラオケでのそれと同じようでどこか違う。とにかく自分の声が分からなくて(マイクの音量調節がちゃんとできてなかったのもあるけど)、喉を痛めるような歌い方をしてしまった。

だけど、楽しかった。
そのイベントのボランティアは、ここ数年間の私にとってとても大切なことで、そこで出会った仲間のことを思い出すだけで楽しい気持ちになる。(ちなみにそのイベントは、ボランティアスタッフが企画から作り上げていくので、単なるお手伝いではなく自分達で作るっていう気持ちで関わっている)そんな仲間が音楽を鳴らす姿が見れて、その音の中にいられる。ボーカルの女の子が誘ってくれたこともあり、コーラスとしてその後も参加するようになった。

とあるジャズフェスに出演したり(なんと運が良くご縁に恵まれそんなことが叶ってしまった)、メンバーの一人の結婚パーティーで演奏したり、最近はオリジナルの曲作りに挑戦したメンバーもいる。少しずつレパートリーを増やし、自分達でライブイベントをやろうすぐには叶わなくとも、というのがなんとなくの目標である。

そんなまるで青春みたいなバンド活動に仕事の後に向かった日。スカパンクのその曲は、最初はどうコーラスを加えていいものか分からなくて、とりあえずシェイカーを振っていた。裏拍ってやっぱり難しいよなぁ、と思いながら。何度か合わせたり原曲を聞くうちに、だんだんにコーラスというか合いの手で歌うパートが分かってきたので、マスク越しに声を出してみた。
テンポが早く難しいとみんな言いながら、なんとか形になりそうなところまで行った。友達にトランペットを借りたから、と初参加した子も、先輩トランペッターに教わりながら一緒に吹いていた。ホーンの音が増え、華やかさが増していく。

やっぱり楽しいな。
ロックやパンクは私も好きだけど、このバンドでやるのはいつも自分が聴いたりカラオケや家で歌っている曲とは少し、いやかなり違う。はっきり言うと、私が思う「私の声が活きる曲」ではないし、バンドに私がいなくても誰も困らない。誰かが楽器を弾きながらコーラスもすれば事足りるのだ。
だけど、私はここにいて、大好きなボーカルの子の歌声に寄り添うように歌うことが好きになった。みんなと単純に音楽を味わう時間は、心にモヤモヤがあっても吹き飛ばしてくれる。
好きなことは他にもある。自分で叶えたい、形にしていきたい表現もある。だけど、音楽ってものが本当に私にとって掛け値なくただただ楽しいもので(もっと上手くなりたいなと思って練習はするけれども)、音楽の中では独りじゃないって思えるのが、なんとも不思議なしあわせなのだ。

練習の後はみんなで焼肉に行った。ファシリのお兄さんは渋谷住民でもあり、色んなお店に詳しい。代々木公園からまっすぐ歩いて、歩いて、どこまで歩くんだろうと思った頃に、見覚えのある奥渋谷の風景が見えてきた。結局、神泉駅の近くまで歩いて、喋りながらだから楽しかったけども結構歩いたね!いい感じにお腹空いたね!とみんなで笑った。街のサイズ感が身体にインストールされた気がした。

私は一人で焼肉は食べない。(どうしても食べたくなったら食べるかもしれないけど、普段自炊ではお肉をそんなには食べない)
私は一人で演奏をしない。(いつかはソロで歌ってみたい気持ちもあるけど、それにしたって誰かに伴奏してもらわなきゃだ)

ずっとこうしてみんなで一緒にいられる訳じゃないんだよね、とか思ったりもするけど、そもそも私達はもとからいつも一緒にいる訳ではない。いつもばらばらに暮らし、それぞれの仕事をしている一人一人がたまに集まっているのだ。
きっとみんな知っている。この時間があたり前ではないことを。

いつか愛しい思い出になる景色が、また一つ私の中に増えていく。
初めてのスカパンク、まっすぐ歩いた夜の道。おいしいご飯と、みんなと居たこと。


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