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人間藝術

連続ドラマを見ていると
次回予告が12月になってきましたね。
2021年が終わる予感を、
そんなところで初めて感じました。

そこかよ!なんて思ってしまいますが…
今年も終わるということで、
少し早めに振り返っとこうかな、という。
駄文になると思いますが、
どうかお付き合いください。

1年間という期間を、
こんなにもあっという間に感じたことは
ありませんでした。

人間というものは、
「前に進む時期」
「立ち止まる時期」
そして、「逆戻りする時期」
全てがあり得ることだと思います。

私の2021年は
この3点全てが詰め込まれていました。
逆戻りして、立ち止まって、前に進む。
そんな一年を送ったなと。

音楽的にも、人間的にも
芸術とはなにか。
という課題と向き合うことになりました。
そして今年が半年を過ぎたところで
【人間藝術】という言葉を
突きつけられたのです。

その当時はずっと立ち止まったままでした。
音楽をやめたい。今の環境から逃げ出したいと
本気で思っていました。
逆戻りするよりも立ち止まる方が
よほど辛かった。

でも、とある巨匠の演奏を聴いて、
実力もおぼつかない、まだまだな私が
偉大な芸術文化を前に何ができるのか。
ある意味愕然とし、闘志に燃えました。

巨匠は素晴らしいけど、
そんな演奏は今の私にできるわけがない。
だから諦めるのは、筋が違う。どう違うか。

それの一つの答えが最近見えた気がします。
私の中のクリエイティブなもの、
それが私の中で損なわれていた。昔より。

演奏家の個性には、何かしらの根拠がある。
根拠があるから信じた音を出せる。
ただ、
クリエイティブという湧き上がる衝動は、
根拠なんてものを吹き飛ばしてしまうほど
封じ込めることのできない欲求です。

いつか私が歳を重ねた時に
今考えている人間藝術という言葉が
その時の考えに基づいて
体現できるような芸術家になりたい。

そうなるには、今最大限
湧き上がる私の中のクリエイティブな欲求を
一つ残らず掬い上げて、
一度発信するべきだと。

保身に走る自分も嫌いじゃない。
でも必死に攻めて足掻く自分だって好き。
矛盾しててもいいから、
私という人間でいたい。

最初にあげた3点
それを繰り返して、
私という人間藝術が確立され、
そうしたらいつの日か、
誰かに共感してもらえるかもしれない。

私はそんな日を目指して
今、やるべきことと必死で向き合う。

私にとって、かけがえのない
どの年にも変えられない
大切な一年でした。

こんな日記みたいな記事を読んでくれて
ありがとうございます。

悩みながら生きられるという幸せを、
噛み締めながら歩んで止まって、後ろを向いて。
そんな人生を謳歌したいと。

そんな思いの私でした。 
師走です。頑張りましょう。


詩葉

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