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枕もとに『犬神家の一族』

いつか時がきたら、眠りについたまま旅立つのが夢なので、枕元に置く本にはなにげに注意している。

朝になって発見されたときに、枕元に置いてあった本が「ちょっとこれは…」という本だったら、本好きとしてはすこし哀しい。

だからといって、『失われた時を求めて』とか『方丈記』とかを侍らしておくほど虚栄をはりたいわけでもない(もちろん読んだこともない)のだけれど、まだ未読の、そしてちょっとよさげな文学作品を、海外・日本各二冊ずつぐらい、いつもベッドサイドテーブルに常備している。
完全な格好つけである。

でも、ある人物が、死ぬ直前まで読んでいた作品というのは、どこかメッセージ性を感じさせないだろうか。

ところが最近、このメッセージ性をめぐって、ちょっと困ったことになっている。
先の日本帰国の折に、ひょんなことから横溝正史の『犬神家の一族』を手に入れてしまった。最初のページを開いたのが間違い。
やめられない。

恥ずかしいことに今の私は、気力体力を使い果たした就寝前の読書なんて、しょせん自分自身に対しての形式であり、つっぱっているだけなので、10行も読めば睡魔に襲われ、気づけばこんなおどろおどろしい本を顔の上に伏せて、寝落ちしている。

そのまま私が死んだら、犬神家の祟りと思われるに違いない。

ただ、悔しいことにこの話には続きがあって。

ふだん、我が家はこどもたちを学校に送り出した後、朝食の席でよく本にまつわる話をするのだが、たいていはうわの空の夫と違い、私はときどき、自分がいま考えている物語の筋などを、さも読んだことのある本のあらすじかののように話したりすることがある。
でもまあ十中八九の確率で、夫のうわの空度がますだけである。

ただ先日、冗談半分に『犬神家の一族』のあらすじ ー

とある財閥の創始者がいてね、とほうもない額の遺産と一通の遺言状を残して死んだんだけど、その遺書の中身が、まるで彼自身がそう望んだかのように、残された家族の間の憎しみをあおりたてるもので…。因縁に満ちたこの家族は、その後、果てない殺しあいの連鎖に引きずり込まれていくの。
そこにひとりの探偵が呼ばれて…

と私の創作かのように話し出すと、とたんに夫が目を輝かせて、
「それ、すごくおもしろいよ! 今すぐに書きはじめたらいい!」
という。
こんちくしょー!
あらすじだけで外国人をも虜に。
恐るべし、横溝正史。

肝心の本のほうはまだ半分ほどしか読めていなくて、誰が犯人なのか予想もつかないのだが(私は推理小説にとことん疎い)、まず題名からしてパワーワード。

これが『川上家の一族』とかだったら、なんだか顔立ちの淡い、優し気な人々が和やかに食卓を囲んでいるような、平和な日常風景しか浮かんでこない。
かといって『猫神家の一族』とか『狐神家の一族』だったら奇を衒いすぎて、逆に興がさめる。
『犬神家』というのが、なんともいい具合に怖い。
物語がすすんだ今でも、犬なんて一匹も出てこないのだけれど。

あとすごいのは、ほぼ各章でひとり死ぬこと。
最近では、夫は毎朝「今日は誰?」と待ち構えている。
主人公がマドレーヌの香りから過去へと記憶をさまよわせて数百ページがすぎる世界最高峰の名作とはかなり違う。

しかも一番の驚きだったのが、かの、日本国民なら知らない人はいない(さすがに古いかな…)探偵・金田一耕助が、物語の半分以上が過ぎた今でも、まったくもって役に立っていないこと。
といいつつ私は、この作品が初めての金田一シリーズなのだが、いつもこんな感じなのだろうか。これは確かシリーズの5作目だが、じゃあなぜ彼はそんなに有名になった?

だって、名探偵として呼ばれておきながら、事件が始まる前にすでに重要参考人をおめおめと殺されてしまうし、その後、一族の中から一人、二人と犠牲が出ても、もじゃもじゃの頭をぐるぐると搔きちらすだけで(この記述があまりにも頻出するので、再読してその部分に赤線を引いて数えてみたいくらい)、予期される殺人をまったく阻止できていない(今のところ)。
なんとなく風格はあるけど、同じくあまり役に立っていない古館弁護士と一緒に、その都度、事件のおどろおどろしさに恐れおののいたり、恐怖に凍りついたりしている。でもふたりとも、愛嬌はある。

そんな感じなのにとつぜん、「ある刑事が…」と名もない刑事が登場し、証拠品を提示して、恐れおののく金田一に彼の解釈をすらすらと述べ、また事実その通りであったりして、むしろこっちのほうが名探偵では? と思わせておいて、「ある刑事」のまま話は進み、金田一に「西本くん」とか「川田くん」とか呼びかけられるのだけれど、結局、彼が西本君なのか川田君なのかわからない。

こんな感じである。

というわけで、今日も、『犬神家の一族』を読みながら、床に就くだろう。これを読み終えるまでは、いろんな意味で、ぜったいに死ねない。
さあ、犯人はだれだ?
こういう時に、推理に疎いというのは、楽しみが増していいものである。
ちなみに私は、たいてい、いったん読んだ本でも犯人を忘れるので、二回、三回と楽しめる。

みなさんが、人生の最後に枕元に置いておきたい本は、なんですか。

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