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腹に5つの傷を持つ男

「おなか見てみろ。へそが5つあるだろ」
背中を流していると、その人は得意げに話しかけてきた。

入浴介助の時は利用者さんとの距離がグッと縮まる。裸の付き合いになるともう隠すことはないのだ。
確かに僕は濡れてもいい格好の服をきているわけで裸ではない。しかし、その人のオケツや股間を洗う大役を担う。心の距離を置いて接してしまえば、大事なところは洗えないのだ。これは介助者としての嗜みだ。

遠慮なく、その人のおなかを見せてもらった。理科の実験でもしているのか、ジロジロみる。確かに「ケンシロウ」を彷彿とさせる5つの穴がある。すぐに研究材料として何処かの大学に報告しようか。いや、どこのなに大学よ。どういう体なんだ。わからない。

「ガンでよ、穴開けて吸い出した後よ」
「まだ体にガンあってよ、でも体力的に手術できないからもう治せないんだわ」
「22キロ体重落ちてよ、食っても太らねーのよ。ガンが全部栄養もってくもんでよ」

矢継ぎ早に「腹の穴」の種明かしが始まった。歴戦の跡が刻まれているわけだ。

しかしその人は明るい。死の怖さを感じさせない。鏡越しから表情をのぞいてみた。笑顔だった。

背中を少し強めに擦って洗った。
「もう少しやさしく洗えバカヤロー!」とお叱りを受けた。


介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。