さくっと小噺「bit」

作:月詠 黎

「おねぇ!"がらけー"って知ってる?」
 妹から唐突に投げかけられた質問は、私が丁度視力の合わない眼鏡でWordファイルとにらめっこをしていた時だった。
「ガラパゴス携帯のことでしょ。」
「ガラパゴス?んーよくわかんないけど、どんなやつなの?」
「おねぇが電話する時に使ってるやつだよ。ほらっ。」
 彼女と視線を合わせずにバッグをたぐり寄せて黒の所々かけたガラケーを渡した。
 妹とは10程歳が離れている。つまり彼女らの世代は生まれながらにスマホがあったのだ。私たちのノートパソコンのように。
「このパカパカするやつかー。」
 さすがはスマホ世代。開くと、説明もなく各種機能を弄り出す。操作音は切っているが、堅めのボタンがカチリカチリとぎこちなく音がする。操作に支障はなくとも、普段フリックに慣れているためか、戸惑いがある音だ。
「送れた!」
 妹のやけに楽しそうな声がして、やっと彼女を見ると企んだ様な笑顔を向けてきた。
「ねぇねぇ、そこのわたしのスマホとって。」
 仕方ないなと、手に取って画面を割らないためにやっと彼女の方へ向く。
「メール見てよ。」
 いくら妹のだからといってロック番号までは知らないと言うと、少し口を尖らせて解除をしてくれた。
 手紙のアイコンをタップすると、殆ど空の受信ボックスに新着のメールが一通太文字になっていた。そのいやに目立つ一通を開く。そして思わず妹の顔を見た。
「びっくりした?」
 にまにまと笑みを浮かべる妹が少し憎らしく、それでも可愛らしく見えた。そのまま互いの機器を交換して、それぞれ受信ボックスと送信ボックスを見ていた。
「これって、消えていっちゃうのかな?やだな……」
 妹の言葉に即されて自分のガラケーの受信ボックスを確認する。毎日定時に送られる広告メールのせいで、いつの間にか生徒時代までのメールが消えていた。見えずらい視界がさらに霞んでくるようであった。
「保護、かけておこうか。なくならないために。」
 そうだね。と頷いた妹は、きっと先程の受信メールに鍵マークをつけたに違いない。私はこのガラケー自体に鍵をつけたくてたまらなかった。

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