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濁る? 濁らない? ふりがなの話

校閲の仕事に就いて2年ほどたったころ、左目の視力が悪くなりました。
どうも近眼になったようで、手元の文字は裸眼でくっきり見えるのですが、遠くを見ると景色がぼやけています。
さもありなん、という要素のひとつ、ふりがな(ルビ)のお話をします。


「中日こどもウイークリー」の総ルビルール

中日新聞社が発行する新聞には「中日新聞」(本紙)のほかに、「中日こどもウイークリー」(ウイークリー)という小中学生向けの週刊新聞があります。
『記者ハンドブック』に従っているか、誤解なく伝わるかなど、校閲するにあたっての基本的な姿勢は本紙と同じです。
とはいえ、小中学生向けという点から
▽「米国、英国」などとせず「アメリカ、イギリス」などと書く
▽地名の都道府県名は基本的に省かない
-といった独自ルールもあり、そこは意識して見る必要があります。

中でも特徴的なのが、総ルビというルール。

漢字表記の基準自体はウイークリーも本紙と同じく記者ハンドブックに沿うので、小中学生では学年によっては習っていない漢字が紙面に出てくることになります。
そこでウイークリーでは、すべての漢字(とアルファベット)にルビを付けることになっています。


印象に残っている「ドキッ」

抗生物質《こうせいぶしつ》

校閲記者2年目のころ、ウイークリーの校閲用紙面で出合ったルビです。

正しくは《こうせいぶしつ》だよな…?

本を読んでいるとルビの促音そくおん〝っ〟、拗音ようおん〝ゃ、ゅ、ょ〟が大書きになっているレーベルがありますが、ウイークリーのルビは促音も拗音も小書きです。
紙面から離れて記事のデータを確認してみると、「抗+生物せいぶつ+質」という区切りでルビが設定されていました。

せ、生物!

どうしてそんな区切り方になってしまっていたのかは分かりません。
想定外の区切り方に驚きつつ、指摘して「抗生こうせい物質ぶっしつ」としてもらいました。


濁るべきか濁らざるべきか、それが問題だ

ただでさえ小さなルビの中の、さらに小さな要素に振り回されてしまうのは、促音や拗音だけの話ではありません。
多いのは、仮名の右上にあるあの小さな濁点・半濁点です。


■ 助数詞

いわゆる、ものの数え方のことです。
数える対象によってさまざまに使い分けるだけでも複雑ですよね。

ハ行で始まる助数詞は、前の数字によって濁音・半濁音になることがあります。

お茶なら
 〇杯 いっい、にはい、さんい、よんはい…
時間なら
 〇分 いっん、にふん、さんん、よんん…
ペンなら
 〇本 いっん、にほん、さんん、よんほん…

『ことばのハンドブック 第2版』(NHK出版)

「〇階」は3のときだけ唐突に濁るそうです。
今調べていてハッとしました。

階層なら
 〇階 いっかい、にかい、さんい、よんかい…
※参考:回数なら
 〇回 いっかい、にかい、さんかい、よんかい…

『ことばのハンドブック 第2版』(NHK出版)

ひっかけ問題じみている…!

こういった助数詞の読みで悩んだとき、わたしは『ことばのハンドブック 第2版』(2005年、NHK出版)の後半にずらりと例示されている表にお世話になっています。


■ 連濁

言葉と言葉がくっつくとき、後ろの言葉の最初が濁る(=連濁する)ことがあります。

株式《かぶしき》+会社《かいしゃ》
 →株式会社《かぶしきいしゃ》

株式会社は濁るべきか濁らざるべきか…と悩んでも、辞書を見れば答えが分かります。
困ってしまうのは「研究所《けんきゅうょ、けんきゅうょ》」のような、濁ることも濁らないこともある言葉。

名古屋大宇宙地球環境研究所…けんきゅう
理科学研究所…けんきゅう

人のお名前にも、「高田さん《たか、たか》」「中島さん《なかま、なかま》」のような例がありますね。
また、地名でも「濁るべきか濁らざるべきか」の問題は生じます。

愛知県東部を流れる一級河川、豊川…とよ
豊川流域の愛知県豊川市…とよ

名古屋市にある道、東山通…ひがしやまおり
名古屋市千種区東山通1丁目…ひがしやまおり

ややこしい。
しかし、人名、施設名、団体名、地名…といった固有名詞で読みを間違えてしまうのは当事者の方々に対して失礼ですから、しっかり調べます。

「濁るべきか濁らざるべきか」問題は正解を覚えていられればいいのでしょうが、残念ながらわたしの記憶力では叶いません。
その代わりに都度確認するように心がけることで、思い込みによるミスを防げているといいなと思います。


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「見づらいけど…『ぷ』には見えない…見づらいけど…」とうなりつつ出した指摘。直りました


小さいけれど見逃せない

今回この記事を書くにあたって、改めて紙面や原稿でルビの大きさを測ってみたら、1文字が1.5ミリ前後といったところでした。

本文の横に添えられた小さな小さな文字。
その中のさらに小さな要素にも、校閲記者は目を凝らしているのです。


この記事を書いたのは
小川 千穂
2016年入社、名古屋本社編集局校閲部。10月の健康診断で左目の視力は0.3でしたが、なぜか右目はいまだ1.0以上を保っています。