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あなたと私とテレパシー【ショートショート】

テレパシーを最初から自由自在に操れる人間はそうそういない。
誰しも最初は補助付から始まる。
自転車に乗る事と同じだ。

学校では子供たちに物体を介したアグレパシーから教え始める。

例えば紐。
二人の子供に紐の両端をそれぞれ握らせテレパシーを行う。
この物を介したテレパシーの事をアグレパシーという。

「せんせー」
「どうしたのかなヨシオ君」
「このヒモ、アグレパシーできないー」
「えー本当?かしてみてー」

幼少期の心というのは柔軟な反面とてもデリケート。
ひとたび、

「このヒモ気に食わない」

などと思い込むとその紐でのアグレパシーは困難になる。
片方の子供が使っている紐に文句が無くても、
もう一方がそれを気に食わないと意思疎通は出来ない。
二人が『この紐を使おう』と気持ちを同意させる(agree)事が大切なのだ。

「じゃあこの赤色のヒモ使う?ヨシオ君」
「うん赤がいいー」
「ミキちゃんも赤でいい?」
「うんいいよー」
「はいじゃーやってみてー」
「うん」
「あ、ヨシオ君スパゲッティーの事考えてる」
「昨日ミートソースだったんだー」
「へーおいしそー」

テレパシーは結局アグレパシーの一種だ。
その証拠に真空を挟めばテレパシーが出来ない事が証明されている。
一般に言われるテレパシーとは大気を介して意思疎通を行っているのだ。

キーンコーンカーンコー

「あっじゃあ今日の授業はここまで。
 みんなー!せーの!」

せんせーさよーならー

「はーいまた明日ねー寄り道するんじゃないわよー」

同じ物を握った状態でのアグレパシーはその後、
分断した二つの物をそれぞれ所持する事によるセパ・アグレパシーに進化。
学校の授業では大抵自分で絵を描いた紙を二等分して使う事が多い。
そして一度対象に触れて大気媒介するタッチ・テレパシーに発展し、
最終的には相手の位置情報のみで交信する『ザ・テレパシー』に昇華する。

しかし現代社会でザ・テレパシーを使える人間はそういない。
相手の位置情報のみで交信を行うのは超高等技術なのだ。
多くの人間はセパ・アグレパシーやタッチ・テレパシーを用いている。

詰まる所、テレパシーとは交信というよりも、
『同じ事に意識を集中する』事である。
これを幼少の頃に教え込むのとそうでないとでは、
将来のテレパシー技術に大きく差が出る。
ゆえに最近では小学校でテレパシー授業が義務化、
早いところでは幼稚園から教えている所もある。

「あー終わった終わったー」
「あ、佐藤先生、お疲れ様です」
「うわ森先生」
「最後の授業、テレパシーだったんですか?」
「あれ、伝わっちゃいました?」
「いえ、箱から紐が飛び出てるんで」
「おっとと」

森先生は教員の中で頭一つ飛び抜けて美形である。
しかも腕の筋肉もなかなか、胸板も厚く、
その上料理まで出来るときた。
一回家に遊びに行ったという村木先生(男)の情報である。
だがなんと、彼女なし。当然未婚。
かぁー、どうにかしてやりてぇー。

「えーとそれでは来週の全体遠足ですがー…」

という放課後職員室での教頭の話なんて上の空。
前の方に座っている森先生の横顔をしっかりと後ろからガン見。
三十を少し超えたくらいの脂の乗りかた。
かぁー、なんで森先生アンタ結婚してないんだよ、目の毒だよ。

ああーもう周りが次々と結婚していくこの27才コーナーリング、
教師なんて授業やってるだけじゃないんだよ、
明日の授業の準備もしなきゃいけないし、
なんか厄介な親が居たらその苦情の対応もしなきゃいけないし、
たまには服も買いに行かなきゃじゃない?
どうやって新しい出会いを掴み取れって言うのよ。

ああーもう森先生いいなー。
ああ出来れば森先生、今度一緒に

『『お酒でも飲みに行きたいなー』』

「 えっ…!」
「どうされました佐藤先生」
「え ああいやすいません、何でもないです…」

教頭のジロッとした視線が痛い。
が、今確かに聞こえた。
私以外の声で「お酒でも飲みに行きたいなー」って。
しかも女の声だった。

え、なにこれ、テレパシー?

と視線をキョロキョロさせてみると、
私の向かいぐらいに座っている町屋先生と目が合った。
町屋先生と目が合うと相手は「あっ」とリアクションをした。
思わずこちらも軽く頭を会釈させたが、ここで理解が追いついた。

『森先生』を媒介にアグレパシーが起こったんだ。
二人とも森先生に注目してて、
同時に同じ事を思ったからシンクロしたんだな。

え、て事は町屋先生も森先生狙いってこと?
これはまずいぞー、職場内で角は立てたくない。
町屋先生、私よりもちょい年上だけど結構仲がいいし、
この前の季節外れ餅つき大会でも私が杵で町屋先生が餅回してくれたし、
いやーでも女の友情と男の愛情どちらをとるって話だと、
いやーやっぱり男でしょ、男とるでしょ。
だって友情じゃ映画が夫婦割りにならないし、
なんか税金も安くならないじゃん!よく知らないけど!

「はーいじゃあ今日も皆さんお疲れ様でしたー。」
「はっ」

長い教頭の話も思考の忙しさに綺麗に流されてしまっていた。
それどころではないのだ。
森先生を巡って、あたしは町屋先生と激戦を

あれ?立ち上がって、森先生もう帰るの?

「おや、森先生もう上がりですか?」
「いや、ちょっと用事がありまして…」
「お?彼女でもできた?」
「はは、いや実は先週ちょっと、ええ、まぁ」
「おっ、まじでー?ははは行っといで行っといで、
 仕事は金くれるけど奥さんはくれないからなー。」
「はは、すんません、お先に失礼しまーす。」

「……。」
「……。」

職員室のドアから出ていく森先生を口を開けて見送る女性が二人。
それが私と、町屋先生。

私はカバンの中にゆっくりと荷物を片付け、
トコトコと歩いた。町屋先生の机に向かって歩いた。

「町屋先生…。」
「…佐藤先生」
「今日は、飲みませんか。
 町屋先生と飲みたい気分なんですよ。」
「……そうね、今日は私も佐藤先生と飲みたい気分だわ。」
「じゃあいきましょうか、良い店知ってますよ……。」

現代社会でザ・テレパシーを使える人間はそういない。
相手の位置情報のみで交信を行うのは超高等技術だ。

しかしそれは自由自在に使いこなす、という場合の話であって、
時折偶発的なザ・テレパシーが起こったりもする。
テレビの同じ番組を近距離で見ていたり、
同じライブ会場で一つのステージを見ていたり。

「(いや~、森先生彼女出来たんですね…)」
「(しょうがない、しょうがないよ、いい男だもん。)」
「(ショックで酒場のカウンターでアグリパシーしちゃいますよね…)」
「(いや~しょうがない、しょうがないよ。)」
「はい、生ふたつ~おまち~」
「あハイハイ」
「ど~も~、よし、今日は飲もう!」
「金曜だし飲みましょう!ええそりゃあもう!」

女二人の夜が更けていく。


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