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まさか自分が花だとは

事故直後、
親兄弟に連絡が入るのは不思議じゃないが、
友人にまで連絡が届くというのは、
なかなか聞かない。

事故者の親類なら判る。
親兄弟なら、そりゃ連絡するだろう。
血が繋がってるし、
一親等とか二親等とか、
なんだか難しい言葉も学校で習ったし。
習ったんだけど、でもよく考えたらなんで、
事故った時って親類に連絡するんだろう。

なんて事を言ったら誰かに馬鹿にされそうで、
事実色々馬鹿にされてきて、
僕は僕の人生を生きてきた中で悟ったんだ、
僕の頭は良い方ではないと。
親に、先生に、友人達に、
さんざんそう言われてきた。

でも頭が悪くせに、
どうでもいいい事は変に考えこむタチで。
一人で生きる分には退屈しないけど、
社会で生きていく分には、さぁ、どうだろう。
人様の役に立つとなると、さぁ、どうだろう。

そんな僕にある日事故の連絡があった。
浦木のおばちゃんからだった。
入社四年目の勤務中、
たまたまトイレに立った午後三時。
何の気なしに見た画面に表示されていたのは、
『浦木のおばちゃん』という登録名。

浦木ってのは僕の小学校からの友人で、
大人になった今でも交友がある希少な奴だ。

長い年月保たれた友人関係はその周囲にも派生し、
浦木のオバちゃんとも連絡先を交換したのはかなり前の事。
友達の親とも連絡先交換してるのってレアでしょ。
実際僕も知ってるのは浦木のおばちゃんだけだから。

そのおばちゃんが意外な時間にかけてくるから、
こっちも思わず電話を取った。
そしたらオバちゃんが開口一番、

「どうしよう、ユウトが救急車で運ばれちゃった」

と自分の息子の緊急事態を僕に知らせた。

血も何も繋がって無いが、
長年交友のある人間の、のっぴきならない事態に、
こっちも久しぶりに頭が真っ白になった。
辛うじて口に出来た言葉と言えば、

「浦木はまだ生きてるんですか」

と、

「おじちゃんには連絡しましたか」

の二言だけ。
聞かされた事実としては浦木は生きていて、
おばちゃんは既におじちゃんに連絡済みだった。
でも、おじちゃんだけでは足らなくて、
他の誰かにも連絡したくて僕まで電話したらしい。

僕は知っている。
人生、そういう気持ちになる事もあると。
人間の感情というものは時に本人の手に負えなくなる。
馬鹿なりに、そういう事は一応知ってるんだ。

ところで、
浦木本人は何故救急車のお世話になったのかという話だが。

浦木は僕と違って大学院に通っている。
理系大学院で、たしか『生物物理化学』とか言う、
字面だけならずいぶん浮気性の分野を学んでるらしい。
生物なのか物理なのか化学なのか、
取り敢えず僕は、全部きらい。
もう学生時代はこりごりだ。

事故の当日、判っている限りは以下の通り。

他の学生が階段の下で横たわっている浦木を発見。
浦木は気を失っていて呼びかけても応じない。
辺りに散らかったペンやノートが事件性を主張して、
息はあるから取りあえず救急車を呼んだ、
という事らしかった。

大事には至らず浦木はその日の夕方には意識が回復し、
夜には僕に連絡をくれた。
しかし、浦木の様子が少々おかしい。
電話口でこんな事を言うんだ。

「お前杉谷だよな、杉谷だよな、間違いないよな」

僕の名字は杉谷だし、生まれてこのかた杉谷だ。
お前が気を失っている間に婿養子にはなってないし、
両親も離婚はしてないよ。
電話口に笑いながらそう言ってやると浦木も、

「そうだよな」

の言葉のあとに、一息つくのが聞こえた。

名前の確認をしてきたのも変だったが、
らしくなく浦木はしきりに病院にきてくれと言う。

様態を見る為に数日は入院するという事だったので、
暇ならお勧めのマンガを持って行こうかと言ったが、
浦木はとにかく来てくれとオウムの如く連呼する。
彼女が出来た事もない僕なので、
そんなに情熱的に逢瀬を請われたのは初めてだった。
会いに来て、いいからとにかく会いに来て、だって。
ごめん浦木、僕、お前の彼氏じゃないんだけど。
そんなに言われても嬉しくないよ。
でも次の日が土曜だから、まあ良いよ。

お勧めの漫画は持って行かなかった。
林檎も梨も、鉢植えの一つも持っていかない。
世の中の友人達のお見舞いがどうかは知らないが、
少なくとも僕と浦木はそんなもの。
今も昔も、適度にあっさり。

見舞いの当日、土曜日、乗り継ぎなしで電車に揺られ、
身軽な手ぶらで病院へと赴いたのはご要望の通り。

飲み屋で待ってた友人に声をかける調子で、

「よう」

と病室へと入っていくと、
浦木が返事も無しにベッドの上から僕の顔をじっと見た。

「病院の匂いって慣れないな」

そう言いながら僕がベッド横の椅子に腰かけるも、
浦木は僕の顔をじっと見つめたまま何も言わない。
よせ、そんなに見つめてくれるなよ。
男に見つめられて照れる趣味は生憎ないんだ。

「おい、事故の衝撃で僕の事を好きになったのか?」
「ああ、そんな下らない事を言うのは本当に杉谷だな」

瞬き二つ、ため息を吐いて、
憎まれ口とセットなのは、いつもの浦木じゃん。

「階段の下で見つかったって、踏み外したのか」
「いや。突き飛ばされた」
「階段の上から?」
「下で突き飛ばしても意味ねぇだろ」
「相手は誰だった、顔は見えなかったのか」

そう聞くと浦木が少し顔を傾けて、

「誰にも言うなよ、見た」

と声を静かに言う。
おい、だとしたら事件じゃないか。
その言葉が喉から出かかったが、

「面白いから言ってない。
 お前も誰にも言うなよ。
 誰が突き飛ばしたかは見えなかった、
 そういう事にしてんだから。」

と浦木が言うので流石に呆れた。

「誰だったんだ」
「同じ研究室の先輩。ドクターの」
「突き飛ばされた理由は?」
「知らねぇよ、でも俺が気にくわないんだろうな」

それを聞いて僕も「だろうな」と思った。

長年友人をやっている僕が言うのもなんだが、
浦木は嫌な奴だ。本当に嫌な奴だ。

浦木は人の嫌がる事をズケズケと言い、
悪い意味で遠慮を知らない。

小学校時代から多くの女の子を泣かし、
多くの男の子も平等に泣かしてきた。
女の子の場合はその後女子集団から嫌がらせを受け、
男の子の場合は怒りに任せて殴られたりしていた。
それは中学校になっても高校になっても変わらず、
浦木の前歯が差し歯なのは高校の時に殴られたからだ。

そんな人間だから浦木には誰も近寄らず、
ろくに友達は居なかった。僕以外は。
だから僕とも友達になろうって奴はいなかった。
浦木以外は。

そんな浦木だが感心する部分が二つある。
一つは相手を選ばない事だ。

誰かの悪い話を仕入れると、
それが上級生だろうが先生だろうが浦木は言いまくった。
気弱そうな奴とかを選んでやってるんじゃない、
まるで仕入れたネタは鮮度が命とでも言いたげに、
仕入れた次の瞬間には当人の所にからかいに飛んで行く。
一緒に居た僕が一人取り残されるのなんて毎度の事で、
追いかけてみると女の子が泣いてるか、
怒った男の子が浦木を殴ってるか、
大体そのどっちかだった。

もう一つ感心するのは、
『人間のどうにもならない部分』に関して、
浦木は一度も悪く言った事が無いのだった。

デブ、ハゲ、ブス、ブサイク。
そういう言葉で浦木が人を罵った事はない。

デブは体質的な要因もある。
ハゲは毛根が死んでいるから仕方ない。
ブサイクやブスなんて、
生まれ持った顔にケチをつけられない。

当人でもどうにも変えようのない事は絶対悪く言わない。
もっぱら怠惰が引き起こす失敗や、
欲をかいた悪さが浦木の好物だった。

そう聞くと、案外良い奴だと思うかも知れない。
けれど浦木は本当に人の突かれて嫌な事ばかり言う。
だから『とにかく嫌』という印象しかほぼ持たれず、
ろくに友人が得られない人生だった。
そう、廊下から突き落とされる位には。

その浦木が、さっきからじっと僕を見ている。
なんか今日は最初からずっと浦木の様子がおかしい。
男の顔なんかまじまじと見る様な趣味じゃないはずだ、
こいつもそこそこ女好きの筈なのに。
それとも、ここ最近で急に僕が男前になったのかな。

「お前ちょっとじっとしてろ。」

ははぁ、「出し抜けに」って、
きっとこういう事を言うんだ。
浦木はこっちの都合なんて知らぬ存ぜぬで、
ノートとシャーペンを取るといきなり何かを書き始めた。

ああ変だ
今日の浦木は
なんか変

浦木は何かをずっと書くばかりで、
かまってくれない暇な僕はついそんな川柳を詠んでしまう。
部屋の隅に埃が溜まってるのをじーっと見てると、
どれくらい経ったのか、時間は知らないけど、
今度は急に浦木が肩を叩いてきた。
先程まで書いていたノートを広げながら。

なにかと思って見てみると、体は人間っぽいが、
首から上がなんか変な形の人物の絵が描かれてある。
首から上の形は、よく見れば花だろうか。
それにしても不気味な形の花だ、
ラフレシアだってここまで不気味じゃないぞ。
なんだ浦木、美術の採点ごっこでもしたいのか。
よしよし先生が花丸をつけてあげるからね、
じゃあそのシャーペンを貸して、と腕を伸ばすと、

「これ、お前」

と浦木。

「は?」
「今の俺から見える杉谷の顔は、これ」
「僕、これでも一応哺乳類なんですけど。
 オシベとメシベで受粉できないんですが」

僕の哺乳類としての弁明が病室に寂しく響くなか、
浦木は漫画みたいに指をパチンとならして僕を指さした。

「お前は、哺乳類。」
「そうだね、僕は哺乳類」
「変わったのは俺」
「はぁ?」
「頭を強く打ったせいなんだろな、
 人間の顔が全部こんな花みたいに見えるんだ。」
「……それやばいんじゃないの?
 脳みそのどこかが出血でもしてるんじゃ」
「それはない。医者も脳はどこにも異常が無いって言った」
「でも……え、全員こんな不思議な花に見えるの?」
「そう」

面白いだろ。
と浦木は言うが、
何が面白いのか全然わからない。
僕ならとても気持ち悪くて医者にもっと検査してと言う。

「僕ならとても気持ち悪くて医者にもっと検査してって言うよ」

おっと、気持ちが強すぎて思わず声に出ちゃった。
しかし本当の事なので声に出てもいいか。
だって絶対もっと検査した方が良いから。
浦木、お前、イヤな奴だけど、
それでも僕の友達なんだよ。

「んだよ折角こんな面白い事になってんのに。
 俺知ってるんだよこういうの。
 手塚治虫のマンガでさ、事故に遭った患者が、
 目の前の人間全員、無機質の塊に見えるのがあるんだ、
 逆にロボットが人間みたいに見えだすんだよ。」
「へー」
「中学の図書室に置いてあっただろ漫画が」
「図書室なんてあまり行かなかったから」
「お前はほんと、いや別にどうでもいい。
 でも折角マンガみたいな世界を見れるんだぜ、
 元に戻るんなら見れる間は楽しまなきゃ損だろ、なぁ?」

その会話で僕は判った。
浦木の性格は悪化してる。
ガキの頃は他人の悪い噂で面白がって、
いつも我慢できずにからかいに行ってたのが、
今は自分に起こる異常事態も面白がって処置しない。
面白ければ何でもいいと思ってる今の浦木は正直怖いけど、
でも浦木が良いなら、良いんじゃない。
だって昔から僕達、こういう関係だったもんね。

それから浦木は無事退院し、
小まめに僕に連絡を寄越すようになった。
連絡といっても遊びや飲みのお誘いではなく、
浦木の書いた他人の似顔絵を次から次へと送ってくる。
しかも、絵だけではなかった。
題名も、一緒に。

『なまけもの 中谷』

『弱い者いじめ 郷田』

『学生と不倫の准教授 生瀬』

『ヤリマン 鶴田』

絵の次にはこんな感じで名前と肩書が送られてくる。
名前の部分は誰かの名字なんだとは思うけど、
その肩書の部分は浦木の個人的な評価だろうか。

ある日、浦木に直接飲みに誘われて店に行くと、
最初のコーラと生ビールが置かれたテーブルの上に、
あの日のノートを浦木が広げた。

「いやぁだいぶ書いたぜ、面白いんだよこれ、判るか?」

浦木のせっかちな性格だけは昔から変わらない。
なにが?といつも後手に尋ねるのが僕の役目なんだ。

「これとこれと、…これよ」

浦木がぺら、ぺら、ぺらりとページをめくる。
ヤリマン、鶴田。
学生と不倫の准教授、生瀬。
十代にしか興味ないヤリチン、徳本。
見せられたページにはどれも下品な紹介文が並んでいたので、
僕も思わず、

「浦木の学校にはマシなヤツいないの?」

と悪態をついてしまった。
そんな僕に浦木は、

「ばか、見て判んないのかよ。」

とか言うんだ、
コイツはせっかちな性格を本当にどうにかした方が良い。

「なにがだよ」
「ほら!これと、これと、これ!」
「……んー?」
「似てんだろ!」
「……形の事か?」
「そう!」

ヤリマン、学生と不倫、ヤリチン。
とても下世話な題名がつけられてしまっている三人の『花』は、
確かに見比べると割と似ている形で書かれている。

「俺、わかったんだよ」

ビールが着実に泡を減らす横で浦木が憎らしい程の得意顔。
やだなぁ、浦木が「わかった」なんて言う時、
いっつもろくな事じゃないんだよ。
もういい加減僕も知ってるんだその事を。
今度はなんだい、と呆れながら僕も尋ねた。

「花の形の規則性が判れば、
 誰がどんなひねくれた性格か判るんだよ、
 どんな後ろ暗い事隠してんのかって判るんだよ!」
「はぁ……」
「いや、これすげーぜ!
 顔見ただけで性欲強いとか、ギャンブル狂とか、
 メンヘラ、人間不信、なまけ癖!ぜーんぶ判るんだ!」
「会社の面接官なら怠け癖の人間落とせるね」
「そんな面倒臭い事するかよ、
 顔見るだけで簡単に誰がどんなクソだか見当つくんだ、
 こーんなに面白い事はなかなかねぇよ!
 ははは、階段から突き落とされてよかったー!」

いや浦木お前そんな、
普通の人間は階段から突き落とされて喜ばないよ。

「ちなみに僕の花はどんな種類なの?」
「んー……お前かぁ……馬鹿かな?」
「えーひどいよぉ」
「たまに見るんだよな学校内でもこういう奴。
 なんかぽけーっと何も考えてないような顔してんだ、
 お前とそっくり。」
「そういうお前はどうなんだよ、
 鏡で見る自分の花はどんな花なのさぁ」
「いやそれがさぁ、自分の顔は花に見えないんだよな。
 他は花に見えるのに俺だけはいつもの顔なんだよ。
 いやー俺も見てみたいよ自分の花。
 どれだけ綺麗なんだろーなぁ。」

つくづく僕の友達は変わり者です。
良かったな浦木、自分の顔が花に見えなくて。
お前の花はきっと凄い形してるよ、
今までずっと友達やってきた僕が保証する。

それからというもの、
定期的に浦木は僕を飲みに誘い、
注文した酒に口をろくにつけもしないでノートを開き、
解明した花の種類の説明をずっと僕にするようになった。

ところがある日、
また連絡があった。浦木のおばちゃんからだ。
また浦木が病院に運ばれたと電話口に言われ、
二回目だからか、僕は呆れてまたか、と思った。
聞く話によると今度は誰かに酷く殴られたらしい。
そのはずみで壁にもぶつかり、気を失ったとかどうとか。

もうどうしようもない、
正直性格をなおさないといつか誰かに殺されるぞ浦木は。
またお見舞いに行きたかったのだけど丁度仕事が忙しくて、
また後日でも良いかと深刻に気にかけなかった。

その後日だ。
浦木が自殺したと聞いたのは。

もう浦木のおばちゃんから連絡を貰うのもなれっこで、
電話がかかって来た時は呑気に、

「今度は鈍器で叩かれでもしたか」

と思っていたら、おばちゃんが、

「あのね、杉谷君落ち着いて聞いて。
 ユウト、死んじゃったの。自殺。」

とペラペラの声で、
どうにか声だけ押し出したって感じで、僕に教えてくれた。

「え、誰が、誰がですか?」

その時は良く判らなかった。
ユウトが、要するに浦木が死んだって聞こえた筈なのに、
誰がと聞き返してしまったのは、自分でも判らなかった。

「ユウト、ユウトがね、大学の建物、7階から落ちて」

7階の高さは想像できたが、
そこから浦木が落ちて行く様はどうにも想像出来なくて。

僕が知る浦木は人の嫌がる事をとことん楽しむ。
自分以外の人間は何かの悪癖を隠してて、
それを暴いてつついて泣かせるのが大好き、って、
どう考えても人生絶望するような人間じゃないのに。

浦木、

まさか、

殺されたのか?

お互いのちんちんに毛も生えない頃からの友達、浦木。
浦木がどんな人生を送って来たか思い返すと、
殺されたかも知れないと思ってしまうんだ、
だって僕は浦木の友達だから。
友達だから、アイツがどれだけ嫌な奴かも、
判ってるんだ。よく判ってるんだ。

まだ、色んな検証は済んでないらしい。
でも身体だけはどうにか親御さんの所に戻り、
お通夜とお葬式をやる日に、僕も行く事にした。

お通夜に来てみると、
棺桶の中の浦木が今まで見た事ない顔をしている。
こんなに静かな浦木を見るのは初めてだ。
いつも誰かの悪口を言って、
いつもケタケタ笑ってて、
いつも仕返しをされて小悪魔みたいな顔をしてた。

そっかぁ浦木、お前こうやって静かにしてたら、
けっこう可愛い顔してたんだな。
いつもこんなだったら僕とお前と、他にも友達、いたかもな。

おじちゃんとおばちゃんにも挨拶をすると、
おばちゃんが何かこそこそと、
僕を手招きして別の場所へと連れて行く。
手にした黒色のバッグから何を取り出すのかと思ったら、
一冊の見覚えのあるノートが出てきた。

「杉谷君、しってる?これ……」
「知ってます」

浦木が何人もの花と、その『題名』を書き続けたノートだ。

「あの子割と絵がうまかったのね、ちょっとエグみが強いけど。
 アタシ、知らなかったのこんな事やってるって。
 もしかしたらゲームでも作りたかったのかしら?
 杉谷君、なにかユウトから聞いてた?」

首から上が花の人間。
それが何ページにも渡り、何十人も描かれ、
その下には奇妙な題名と人物名。
何も知らない人間が見ればそう見えるかも知れない、
何かのゲームの設定メモにも見えるかも知れない。

みんな聞いて、僕はきっと頭が悪いのだけど、
こういう時くらいは判ってるんだ。
余計な事は言わない方が良い、
なんでもかんでも言えば良いってもんじゃない。

「詳しくは聞かなかったんですけど、
 でも何度も僕に見せてくれましたよ。」
「あーそーだったの…知らなかったわ。」
「見せて貰っても」
「ええ、どうぞ」

ノートは浦木が飛び降りた窓の傍に落ちていたらしい。
なんで、わざわざ自殺するタイミングまで持ち歩いてた、
まさか本当に、誰かに殺されたのか。

ノートの一枚目には相変わらず僕の『花』があった。
改めてよく見ると、間抜けな、ポカンとした花だ。
頭の悪い僕らしい。

風を切る紙が音を立てて幾つもの醜い花を見せてくる。
紙は何も喋らないけど、記憶が全てを教えてくれる。
どれもこれも浦木が悪そうな顔をして解説した『人』だ。
どれもこれも他人には見せたくない『本性』が、
ノートのそこかしこに咲いている。

親指ではじく紙が真っ白になったので、
最後はどんな花を書いたのだろうと、
気になってページを指で戻す。

最後のページを訪ねると、
そこに描かれた絵はまだ描きかけだった。
だが描きかけでも解る程に不気味な、
未完成でも伝わってくる程醜悪な形の花だった。

だが題名に、

『浦木優人』

と、

書かれている。

僕は馬鹿なりにこんな事を思った。
浦木の奴、頭を強く殴られた拍子に、
自分の顔まで『花』として見えるようになったのか?

大学時代の心理学の授業でこんな言葉を聞いた事がある。

「人間は本当の自分を理解していない。
 自分が妄想した幻の人間を自分だと思い込んでいる。
 故に本当の自分を突き付けられた時、
 その相違に耐え切れず、目を背けがちである」

もし、目を背けられない場合、
例えば、鏡を覗き込む度に見せつけられ、
受け入れようと無理やり自分を観察したら。

その『自分』が、
幻の自分から余りにもかけ離れていたら、
人は生き続けられるのだろうか。

浦木、僕は君がどんな『花』でも良かったのに。
僕らはお互いに友達と思ってたんじゃなかったの。

浦木、君は僕だけを花だと思ってこれまで一緒に居たんだね。
まさか自分も花だとは思ってなかったの。

君は僕の友達だけど、
僕は君の友達じゃなかったか。

僕は君が死んで悲しいよ浦木。
だって僕は今でも君が友達だと思っているから。

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。