サッカーは冬の季語である J1リーグの「走力」を考える
今回はサッカーにおける「走力」の問題について語りたいと思います。
かつて「走るサッカー」なんてことが言われていましたが今はどうなってるんだろうという考察です。
昨今賑わっている「秋春制」議論に関する自分の考えにも触れるつもりですが、タイトルでちょっとネタバレしてますね。
「走力」の指標選び
まずは「走力」を分析するための指標の話から、
このnoteでお世話になっているFootballLABさんには各試合ごとの移動距離やスプリント数が載っていて、各チームがどれだけ動いたか(移動距離)あるいは走ったか(スプリント数)を確認することができます。
(以下、この記事では移動距離を「動く」、スプリント数を「走る」として走力を分けて表現していきます)
この2項目についてチームごとにまとめてみました。
とりあえず「サガン鳥栖はよく動いてアビスパ福岡はあんまり動かない。名古屋グランパスはよく走るなあ」くらいの認識を持っていただければと思います。
「走っているのか、走らされているのか」
ただし注意が必要なのは、この数字だけではチームが「走っているのか、走らされているのか(あるいは動いているのか、動かされているのか)」がわからないということです。
自分たちから走るシチュエーションを考えてみると、まず思い浮かぶのが「FWによるDFラインの裏抜け」です。
ただこれはチーム全体ではなく局所的な話でもあり相手DFも同じ量を走らされることにもなるので、全体のスプリント数の差で見るとあまり数字に表れません。
移動距離の方はどうでしょうか。
サッカーで絶えず動いているシチュエーションで思いつくのが「プレス守備」です。
味方のプレスに対して相手はボールを動かしてプレスを回避するので移動距離の差も生まれそうです。
つまりハイプレスをするチームほど相手よりも多く動いているということになります。
今回はハイプレスをするチームがより走力を必要とするチームとして話を進めていくことにします。
ハイプレス指数
J1リーグでハイプレスを志向するチームはどこでしょうか。
これもFootballLABさんが「ハイプレス指数」という指標を出してくれているので参考にしてみましょう。
2022年と2023年の2年分を表にしてみました。
もし「ハイプレス」の定義について気になった方はFootballLABさんの方を確認していただければと思います。
今回の記事では「上にあるチームの方がよく動くんだな」というくらいの認識で大丈夫です。
……でもついでなので、ここで少しだけ横道に逸れて、
2023年のJ1リーグのハイプレス事情についても触れておきます。
ハイプレスは諸刃の剣
先程の表の色付きのチームに注目してみてください。
水色の5チームは2年連続でリーグ平均以上の数値を出しているハイプレスを戦術とするチームです。
それから
今年からハイプレスを大幅に増やした京都サンガとヴィッセル神戸、
逆に
今年からハイプレスを大幅に減らしたサンフレッチェ広島とセレッソ大阪、
以上の9チームについて、得失点にどのような影響があったのか。
その推移がこちらです。
まず下の4チームを見てみましょう。
今年ハイプレスをはじめた京都は得点数も失点数も増えています。
逆にハイプレスを控えた広島とC大阪は得点数も失点数も減っています。
ここからわかるのは、ハイプレスとは「やるべきかやらざるべきか」のゼロイチで議論するものではなく、あくまでバランスを見て適度に取り入れるべきだということです。
もちろんチーム全体でその意識を共有するのは簡単なことではありません。
一昨年はプレスをしてこなかった神戸は、やりすぎない程度にハイプレスを取り入れることで得点と失点の両方の数値を向上させました。
ところで2023年はハイプレスの技術がリーグ全体で上がった年のようです。
これは相手のシュートやゴールに直接繋がるような味方のミスの数を集計したものです。
(たとえば「ビルドアップの時に横パスが引っ掛かってキーパーと一対一」のような例の頭を抱えてしまうシーンです)
リーグ全体でハイプレスの技術が向上した結果、それに脅かされるDF陣のミスの数が増えていることがわかります。
それではやっぱりハイプレスをした方が良いのかというとそうとはならないのがサッカーの面白さです。
昨年のJ1リーグはハイプレス回避のためのロングボール戦術が増えていくことになります。(もちろん愚直にビルドアップの精度を上げて回避したチームもいます)
ハイプレスは元々ハイリスクハイリターンな戦術です。プレスを回避されれば途端に守備は薄くなります。
先ほどの水色の5チームすべてのの失点数が増えたのもプレス回避戦術が浸透したことが原因です。その点でいうとハイプレスはリスクの方が強くなっているのかもしれません。
横道がかなり長くなってしまいました。
「走力」の話に戻りたいと思います。
日本で走り続けることの困難
「夏の王者」は福岡
ハイプレスを志向するチーム、つまり動き続けなければならないチームにとって最大の敵とはなんでしょうか?
それは日本の夏です。
昨年の各チームの勝ち点率を「2月-6月」「7月-9月半」「9月半-12月」の3つのシーズンに分けて集計してみました。
また、今回はリーグ戦だけではなくカップ戦の結果もリーグ戦のように勝ち点に換算して結果に加えています。
(開催形式が特殊なクラブワールドカップと親善試合は除く)
これを見ればハイプレスを志向するチームのほとんどが夏の成績が悪いことがわかっていただけると思います。
湘南や京都は春よりも勝ち点を挙げていますが、これは春先の成績が悪すぎただけでリーグ全体を見れば夏も勝ち点が低いことに変わりありません。
(柏レイソルだけが例外です。要因としてはプレスのやり方や井原監督への交代による戦術変更が考えられますがここでは深掘りしません)
逆に夏の王者とも呼べるのがアビスパ福岡でした。カップ戦を含めるとこの時期は無類の強さを見せています。
前に走力表でも確認したとおり、福岡がリーグで最も動かないチームであることが関係しているのは間違いありません。
ここで念のため夏に低成績だったチームと好成績だったチームの移動距離を季節別に見てみましょう。
鳥栖や横浜FMが夏に動けなくなっているのはもちろんですが、同様に福岡と柏も動けなくなっています。
何が言いたいかというと、福岡や柏だけが夏にたくさん動けていたというわけではないことの確認です。
全てのチームが夏の暑さに走力を奪われていたなかで、それに戦術的な影響を受けないチームが相対的に勝ち点を稼いでいたということになります。
過密日程の影響
走力の敵としては「日本の夏」に加えて「過密日程」も挙げられます。
上は昨年の2月の開幕戦から12月の最終戦まで移動距離の推移をグラフにしたものです。
青い線がリーグ全体。赤い線が昨年Jクラブの中で一番試合数の多かった浦和レッズの各試合の移動距離推移を示しています。太い曲線はだいたいの平均線です。
走力は開幕戦がピークであり、その後ゆったりと下降していきます。
そして7月に入ってからさらにガクンと落ちます。開幕の時期と比べて平均で10kmほどの低下です。
10月くらいになると、昨年のリーグ戦はゆるい日程だったため走力は回復していきます。
ただし浦和の場合は終盤戦もカップ戦が入っていて、走力は落下したままシーズンを終えています。グラフを見ると3月、5月、8月に深い谷があるのが確認できますが、これはいずれも中2日の試合でした。
中3日の場合は季節にもよりますが中2日だといかなる時でも走力のパフォーマンスが落ちることが確認できます。
サッカーのクオリティと日程のバランスは永遠の課題ですが、少なくとも昨年の浦和は過酷な過密日程の被害者だったと言わざるを得ません。
昨今は日本のスポーツ界全体で夏の暑さ対策が問われるようになってきました。ここまで考察してきたとおり、夏の暑さによって損をしたか得をしたかはチームによってさまざまで一見フェアなようにもみえます。
ただ見方を変えると、走らない戦術を選択するのが自由である一方で、走る戦術が夏の暑さによって選択できないというのはフェアではないようにも思えます。
スポーツのフェアネスとしても興行としてもサッカーの質を高めていく意味で、リーグ戦に夏休みを置くことに僕は賛成です。
それが直ちに「秋春制」の賛成につながるわけではないですが、雪対策の議論と併せて夏対策の議論もクローズアップしていただければとサポーターの一人として思っています。
全てのサッカーに関わる人が納得する決着がつくことを願っています。
JSTATS REPORT
さて、今回は以上です。
次は横浜Fマリノスの分析をする予定ですが、どうしても走力にまつわる問題はリーグ全体でまとめておく必要があるためこの記事をまとめてみました。
ところで、これを書いている最中にJリーグ公式サイトから2023年度のJ STATS REPORT公開されていました。
Jリーグが公式で毎年発行しているデータ分析レポートです。
まだざっと読んだだけですが、だいたい自分が記事にしてきたことと齟齬はなかったのでホッとしています。読み応えは抜群なのでぜひ上のリンクから見てみてください。
以上です。
このnoteを応援したいと思ってくださる方はフォロー、高評価をぜひよろしくお願いします。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?