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ドラマ版「ファーゴ」シーズン5の素晴らしさ

コーエン兄弟の不朽の傑作映画「ファーゴ」の世界観から着想を得て作られたドラマシリーズ「ファーゴ」の最新となる、シーズン5がとにかく最高でした。ランダムにネタバレありで感想を書きたいので、以下は読みたい人だけ読んでください。ちなみに、ドラマ版ファーゴはシーズン間のストーリーにつながりがない(厳密はごく稀にあるけど、気にせずにいい)作りになっているので、シーズン5だけ観てもイケます。

【荒めのあらすじ】
一見して平凡、よりもやや挙動不審な主婦ドロシー・ライオンは夫、娘と共に、超金持ち姑の冷たい嫁イビリにも負けず平和に暮らしていた。そんなある日、家にドロシー誘拐を企む暴漢が侵入。だが、ドロシーが超強かったので、なんやかんやで暴漢から逃走成功! なんでドロシーが超強いのかの謎が今、解き明かされる……。「レッドネックDV男の恐怖!」「不思議! 500年も生きるおじさん!」「ヒモのゴルファーのダメっぷり!」など、見所しかない展開の先に待つものは……。

全シーズンを通してドラマ版のクリエイターを務めているのはノア・ホーリー。主なエピソードの監督と全体の脚本、共同脚本もノアが担当しており、そこには映画「ファーゴ」に留まらないコーエン兄弟ワールドの空気がこれでもかと詰まっている。コーエン印お得意の「風が吹けば桶屋が儲かる、あるいは最悪のピタゴラスイッチ」的な展開がスピーディに進み、そこにギャグともシリアスとも取れない演出がどんどん絡まっていく。劇中、人違いで捕らえられた病院の入院患者は「俺は癌で腸を180センチ切り取る予定だ!」と騒ぐし、銃を持ったレッドネック軍団が大集合する緊迫場面ではヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A」がBGMに流れるしと、緊張と緩和に気が狂いそうになることうけあいだ。

ドラマ版はシーズン1の時点から「ノー・カントリー」以降のコーエンワールドを想起させるキャラ設定で、激烈狂人が出てきがちとなっているから助かる。また、「ノー・カントリー」の映画本編、原作を踏襲するようにそれぞれのキャラはいつも何かのカリカチュアとして機能しており、人々はときに「善」「悪」そのものであり、ときに「国家」そのものあり、「思想」そのものとして動き、喋る。たまに「近所にいるちょっと変な人」レベルの役割を担っているキャラもいるから頬が緩む。

ものすごくシンプルに表現すると、ドラマ版は通して「アメリカ史の擬人化」がベースにある。迫害、暴力、権力の歴史と、翻弄される善意。そこに全てをなぎ倒しかねない絶対悪としての狂気をまぶした作品こそがドラマ版ファーゴ、とでも表現したらしっくりくる。映画よりも何倍も長尺(かつもの凄く予算が潤沢)ゆえ、その辺りの構造ははっきりと見て取れる。
アメリカを描いているとはいえ、多分に欧米化が進んだ日本も派手な事件やスキャンダルの一つ一つが、かなりファーゴ的になってきているので、遠い国の話とは思えないテーマともいえる。

シーズン5では大きく「ミソジニー」を取り上げている。
相当にわかりやすく女性嫌悪する悪が描かれ、相当にわかりやすくその悪は懲らしめられる。そして「なるほどこれはミソジニストへの抵抗の物語なのだな」と思わせておいて(いや、そうなんだけど)、最終着地はもっと先にあることに驚かされた。ここは物語の大筋に関わるものと、別の行動理念で動く「ムンク」という男が肝。刮目せよ、とはシーズン5のラストのためにある。鳥肌が止まりませんでした。

一応は現実に足が付いているはずの物語に、突如として神秘体験が訪れる自由さに痺れる。他のシーズンでも急にUFOが出てきた。もうなんでもあり。なんでもありだからこそ、先が読めない。ふざけているようで、ふざけていない。ふざけていないようで、ふざけている。この加減が絶妙。

コーエン兄弟の作品がなぜこうも愛されているのかというと、常に「人を助けること」の正しさを描いているからだと思う。ときにその思いが最悪を招く場合もあるが、それでも「人助け」は尊厳あるものとして劇中で扱われている。いくら混線した物語展開であっても、常に「聡明であれ、他人を思いやれ、たとえ悪が立ちはだかっても」というシンプルなメッセージを受け取ることができるのが、コーエン兄弟の脚本の魅力であろう。たとえ報われなくとも、我々は心の美しさを捨てないで生きるべきなのだ。

正直、ドラマ版をクリエイトしたノア・ホーリーはもうすっかり本歌取りしたのでは? と思えるとこまで来ている。見終わってから、「まさか、そこまでもフォローするとは……」と本当に驚き、わたし自身の世界観も揺らがされてしまった。

ドラマ版「ファーゴ」未見の人はぜひ、観てほしい。
世界を良くするドラマだと太鼓判を押したい。


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