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「『怪と鬱』日記」 2021年4月29日(木) あるファンからのメール──愚狂人レポート(20)

ボンベさんとの通話を終えた私は、気持ちの昂りを抑えられずネットサーフィンをして過ごしました。
SNSを覗いてみたところ、それまでは何となく受け入れていたさまざまな人の投稿が妙に煩わしく感じてしまい、私はフォローしていたアカウントの半分をミュートすることにしました。
SNSではまったく知らない人、どれだけその人のセンスや賢明さに価値があるのかもわからない人たちが「あのアニメ、映画、小説、ドラマは面白い」と投稿しています。
しかもそういった時にあがってくるタイトルは、ほとんどが「あなたにオススメされるまでもないですよ」と言いたくなるような流行りのものばかりで、恐ろしく浅い感想か、その分野に大した知識もないくせに「考察する自分」に酔いたくて書かれたものがほとんどの、私にとって何の利益にならないものばかりです。
音楽ファンは、そのミュージシャンと交流を持ったことがないはずなのに「◯◯さんの誠実な人柄が伝わる」「歌詞を読んで共感した」など、楽屋で有名なヤリチンやDV男、何かというと暴力沙汰を起こすヤク中のミュージシャンを的外れに賛美。何の実績もないはずなのに自分のことを面白いと信じて疑わないアカウントは「(笑)」「w」と書きながら全然面白くない投稿を繰り返し、中には加工を加えてもなおとんでもないことになっている顔面を自信たっぷりにさらしながら「誰かかまって」と投稿する者もいます。憂国する人たちに誤字脱字、文法の誤用が多いのはなぜなのでしょう。
思えば、恐らく私のファンなのだろうと漫然とフォローバックをした末に構成されたタイムラインです。半分以上のアカウントが面白いか面白くないかわからない見ず知らずの人で、これまで何の気もなしに無視し、ぼんやりと眺めていた投稿ばかりなのです。

そして、ビールを飲みながら心の中で「ある、なし」と呟き、一つ一つミュートをしていくこと五時間で理想的なタイムラインが出来上がりました。
タイムライン上には仲の良い知り合いとセンスが合いそうな未知の人、プロのライターや作家の投稿がずらりと並び、まるで一冊の雑誌を編集したかのような達成感を得ることができました。
A子の投稿も見たくないときに見ると気が滅入るで、ミュート対象としました。

正直、宣伝とファンサービスばかりで小綺麗にまとめた自分の投稿も決して面白いものではなく、うんざりしてSNS自体を止めようかとも思いましたが、これはこれで誰かがミュートするなりリムーブするなりしてくれたらいいはずだ、と思い止めました。
誰もが好きにすればいいのです。
自分がそれを有益だと思うなら好きにやり、他人から「あり、なし」とジャッジされればいいのです。
「あり」
ひとたび他者の目についたなら、私たちはジャッジされてしまうことを諦めるよりほかないのです。
「なし」
そうして私たちは、リムーブとミュートをされ合いながら自分の世界を作っているのです。
「なし」
「あり」

正午に近づいた頃にやっと眠気が訪れ、私は床に就きました。

ほどなく私は小さな女の子に変わり、沢山の宝石に囲まれながら床に座っていました。
宝石は私の誇り。
私が自分の力で手に入れた大事な宝物。
宝石の輝きは私の笑顔を照らしてくれています。
ふと振り返ると、大人のシルエットが宝石の光の届かない暗がりに見えました。
私はその大人には幾ばくかの親しみを感じましたが、親しみ以上に不必要さを覚え、無視することにしました。
私は自分で冒険をして、これだけの宝石を集めた。
もう大人の力を借りる必要はない。
何よりこの大人は面白くない。
だから、もういらない。
面白くないものは、いらない。
なし。

夕方、いつになくすっきりと目覚めた私がリビングへ行くと、夫が「お。なんか良いことあった?」と声をかけてきました。
「いや、別に」
「そうなの? なんか、にこにこしてるからさ」
「そう?」
私はそんな会話をしながら夫の顔をまじまじと見て、「あり」と判断しました。
会話が弾まなそうな気配を感じた夫は、海外ドラマが映っているテレビに視線を戻し、缶ビールに口をつけました。
こんなに楽な人は「あり」。
夫から見て私は今、どちらでしょう。

私は冷蔵庫にあったハムを何枚か食べ、ビールを二本持ってまた自室に戻りました。スタンドに立つアコースティックギターがふと目に入り、ここ何ヶ月か曲を作っていないことに思い至りました。連日の酒浸りと不規則な生活で、きっと喉の調子もきっと良くない。でも、今は好きなようにしたい。
自堕落とはこういうものか。
私は自嘲気味になりながら、ベッドに横になりスマホを手に取りました。

「A子ご乱心! ちはるさんに盗作されたって騒いでるらしいっすww」

ロック画面には玲香からのそんなメッセージが貼りついていて、私は「よしっ」と独りごちながら、指紋認証でロックを解除しました。

(つづく)

(20)エンディングテーマ Bo Diddley"I've Had It Hard"




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