見出し画像

怪談とビジネス──作家/語り/配信


わたしが実話怪談作家商業デビューをしてから、16年が経ちました。
16年前、すでに「出版不況」を耳にしていたのですが、初めて原稿料をもらったときの実感は「兼業でこれだけの額を貰えるなら、悪くないかな」という程度のもので、それほど不況を感じなかったことを覚えています。

同業者の話を聞いても「実話怪談」というジャンルもので一財を築けるイメージを誰も抱いていないことは明確で、そもそも作家という職業は兼業でやるもの、という共通認識が現在でもごくごく普通にあります。デビュー当時は自ら企画を持ち込む術も知らず、本業をやりながらたまに来る依頼を淡々とこなせば、ページ数に比例した額面でちょいちょい金が入る。ただそれだけがわたしの「怪談」業でした。

時は流れて、現在。
止まらない出版不況により、わたしの原稿料はまったく同じ分量の文章を書いても当時の約半分となってしまったものの、そことは無関係にコロナ禍以降の「怪談」ビジネスは、飛躍的な伸びを見せています。

本稿ではズバリ「怪談とビジネス」をテーマに、一度現在の怪談市場のあり方を整理し、怪談ビジネスを行うさまざまな人々の形態を整理してみようという試みです。
本来は作家や怪談師の個人名を出して書くと楽なのですが、望まぬ揉め事に発展するのを避けるため、問題になりそうな名前は挙げませんのでご了承ください。

1 コロナ前後の怪談ビジネス


2020年から本格的なコロナ禍が始まり、国をあげてのステイホーム推奨がなされたことが、現在もまだ続く「怪談ブーム」の幕開けとなりました。

語っている内容さえ分かれば楽しめ、語りの上手下手、語り手の有名無名よりも「聞いたことがない話を聞ければそれで良い」という価値基準がうっすらと共有されていた「怪談」は、音楽や演劇の配信よりも音質、画質をユーザーから求められず、ネットでの生配信、収録配信との親和性が高いことがステイホームの中で証明されたのです。(※現在は画質、音質ともに配信チケットの価格相応に求められいます)

当時、無観客で開かれた怪談イベントのチケットは「ムラはあれど売り上げが良かった」とは関係者から聞いたことがあり、YouTubeでもビュー数増加を見込んだ「怪談/オカルト」をテーマにした動画が、自然発生的に次々と公開されていきました。
コロナ以降に本格始動したアカウント同士の気軽なトーク配信に特化したSNSアプリ「clubhouse」上では夜な夜な誰かが怪談語りを披露し、そこで生まれた人間模様はそのままTwitterでも可視化。各キャラの交流によるSNS上の舞台裏も人々の注目を集めます。

ここから先は

8,145字

普通プラン

¥500 / 月
初月無料
このメンバーシップの詳細

皆様からのサポートで私は「ああ、好きなことしてお金がもらえて楽しいな」と思えます。