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ブラックジョーク

 もう「ブラックジョーク」という言葉すら死語になっている気がするし、ブラックジョークを守ろうとする姿勢すら時代に合っていないのだろうことを踏まえつつ、誰にどう思われてもいい、という覚悟でこのエッセイを綴りたいものだが、「ブラックジョークの具体例」を綴ると本当に取り返しのつかない炎上が起きるのかもしれないので、あくまでブラックジョークとは何かを知っている人向けとしてしか、このエッセイは機能し得ないということになった。

 ブラックジョークには悪意と皮肉が込められている。これは間違いない。
 しかしその悪意と皮肉は発言者がもし「政治的に正しいブラックジョーカー」なら、薄っぺらい善性にしがみつく自分も含めて満遍なく人間をコケにするために必要なもので、ブラックジョークとは笑わせつつも深い(浅いものもあるが、いずれにせよナンセンスなものよりは意味深い)考察をもたらすきっかけにもなる。
 これ即ち、政治的に正しいブラックジョーカーは基本的に善意の側に立っているといえる。
 マイノリティ、戦争、国民性、性の指向についてなど、人間が不寛容で利己主義で完全に愚かであるが故に普遍的な問題としてずっと存在しているトピックがブラックジョークのネタになりがちで、笑ったあとに「しかし、これは平和を求めているはずの我々が抱える矛盾だ」と問題意識を強めるためにブラックジョークはある。
 尤も、政治的に正しくないブラックジョーカーと単純にユーモアセンスのないブラックジョーカーは色々と踏み外すため、ただの差別発言を大声で叫んでいるだけになる。これはいくら弾劾してもいい。
 とはいえ、ここでその差別主義者とユーモアセンスゼロ人間に触れるつもりはない。話がまったく違う。

 もう分かっている。ここまで読んだ人の中にはすでに「なんで社会問題の類を過激な笑いにする必要があるの? 誰も傷付かないように静かに論じるだけでいいじゃない」と思っている者もいるだろう。
 まったくその通り。
 それが一番良い。
 もし、すべての人間が静かな議論に耳を傾けてくれるならば。

 〈最近の若者は〉という話ではなく、いつの時代も誰一人静かな議論になんか耳を貸さない。自分と関係がないことに興味を持たない。いや、関係があることですら、どうせ自分ひとりの力でその関係性を壊すことができないのだから、と思考停止している。
 ブラックジョークはこの無関心と思考停止に石つぶてを投げる。
 確かに静かな議論の場に人は集まらない。
 しかし、ユーモアのある場には多くの人が集まるのである。
 突如場を切り裂く良質なブラックジョークは「今笑ったお前の社会的無力さを思い知れ」と言わんばかりに問題を突きつける。
 これがブラックジョークの価値だ。
 私はまだまだ未熟な思考しか持っていないが、それでもこれまでの人生で味わったブラックジョークが社会問題に対する意識を持つきっかけになっていたことは間違いない。
 誰のギャグが、何々の作品の影響を受けて、と固有名詞を出すと誰かが重箱の角を突くように非難するだろうから、名は出さない。「良質なブラックジョーカー」という言葉からあなたが想像する誰かで名は埋まる。

 だが、今。
 良質なブラックジョーカーすらも誰かを傷付けていたことがはっきりと可視化された。私は今の時代になるまで、まさかそんなことが起きていたとは知らなかった。私の感覚は相当に鈍かった。こっちこそ思考停止していた。
 S N Sを見れば、誰かが何らかのブラックジョークを発した数秒後には「傷付きました」と反応がある。
 これでは「確かにどんな意図があったにせよ当事者なら傷付くだろう」と、安全圏で笑っていた自分を恥じるしかない。
 
 と、ここで強烈なジレンマに苦しむ自分がいることに気が付く。
 
 「善意の側に立っている人が世の欺瞞を暴くきっかけになるようなジョークを言っている」という構造が分かっていても、やっぱりダメなの!?
 絶対に言っちゃダメ!?
 笑わせて、なおも考えさせられるって機能的じゃない!?
 
 そりゃ当事者じゃない側が他人の苦しみや歴史の哀しさなどを笑い物にしちゃダメだろ。
 どんな大義名分があっても、人を傷付けたらダメなんだ。
 これは当たり前だ。

 この答えがまったく分からない。
 TPOに合わせて……なんて意見もありそうだが、ネットの切り取りブームになっている中、もうTPOという考え方も機能していないような気がする。
 そもそも、「良質なブラックジョーカーの価値」なんてそもそもなくて、自分は単に過去の思い出を汚したくない一心で、必死で擁護しているだけなのでは? とすら思えてくる。
 ええ。俺、バカみたいじゃない? 
 こわっ。

 そして答えが分からないなりに自分がどうかというと、やはりブラックジョークを生かしたいという立場にいる。
 ここまで読んだ人に「うわあ。こいつ」と思われる結論だ。
 
 だとしても、これははっきり言いたい。
 ブラックジョークの価値はバカには分からない。
 私は賢いから分かる。(一同爆笑)

 皆が私を悪と見做すなら、もう悪で良い。
 自分を変えられない。
 その時代には、私は合わせられない。
 そこまで柔軟になれるほど良質な脳機能を、最早保持できていない。
 私はこれからもたくさんの人を傷付けていくのだろう。
 
 諦念と共に、ヴィランとして生きる。
 皆さん、私が死ぬまでの我慢です。

皆様からのサポートで私は「ああ、好きなことしてお金がもらえて楽しいな」と思えます。