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「『怪と鬱』日記」 2021年4月23日(金) あるファンからのメール──愚狂人レポート(18)

ボンベさんからのメッセージは「ちはるさん、お疲れ様です。また機会があれば、いつでもお店に寄ってください。冷やかし大歓迎です。さきほど玲香ちゃんから色々と聞きました。お会いできるのを楽しみにしております。」と、あくまで挨拶程度のものでした。
もちろん、私としては今すぐボンベさんと話をしたいところです。
私はすぐさま「今、通話できますか?」と返信し、その五秒後にボンベさんからの着信音が鳴りました。

『いやあ、すみませんね。こんな時間にLINEしちゃって。ちはるさん、寝てました?』
『いえ、起きていました。玲香から……聞きました?』
『うはははは。聞きましたよぉ。ほんと、ねえ? びっくりしちゃいますよねえ? そのタクマくんっていう男の子、めちゃくちゃ面白いじゃないですか』
早速ボンベさんの「面白い」が飛び出し少しだけ安心しましたが、私自身は今、到底面白いと思える精神状態ではありません。私は自分の迷いをボンベさんに伝え、「どう思います?」と真っ直ぐにアドバイスを乞いました。

『あああ。これはちはるさん、違いますよ。結論から言うと、まったく悩むようなことじゃない。まあ、ちはるさんは性格良過ぎて一気にいろんなこと考えちゃってるみたいだから、順番に悩まなくていい理由を話しますね』

『今回の悩むきっかけはタクマくんの「障害者」発言だったと思うんですが、まずタクマくんの印象がそうだった、という話でしかないですよね。確かにA子の顔つきとか体型にはどこか感ずるものありますけど、印象だけで決めてかかるべきことでもないですよね。それなのに。そんな浅はかな言葉だったのに、ちはるさんは随分動揺している、というわけです。なぜなら、ちはるさん自身、A子との付き合いの中で、そうやって言われてみるとそうかな? と思える点が多くあったからだと思うんですよ』

『私もA子と飯なんか食ってますと、ほんとこいつはバカだな、脳みそどうなってのかな、と思うことはよくあるんで気持ちはわかりますよ。でも、バカにもいろいろあって、バカだけど気立てはいい、バカだけど優しい、バカなりに他人のことを考えている、っていう人もいるわけじゃないですか。俺なんかはバカだけどエロい、なんつって終わっちゃいますがね』

『あいつの面白いところは、バカで底意地が悪いんですよ。ほんとに性根が腐ってる。あんな性格悪いやつはいないっすね。ぶっちゃけて言うと、A子がもし医者にかかったら、すぐに人格障害を指摘されるでしょう。けど、これに関しては俺ももしかしたら同じ診断されるかもしれない。玲香ちゃんも器用にやってるけど、まあ何か言われるでしょうね。医者が性格に名称を与えて、性格だったはずのものが障害に変わる場合もあるっていう。さっき、ちはるさんも同じようなこと言ってましたもんね。今度みんなで一緒に行って診てもらいましょうかね? なんちゃって。これは冗談だけど』

『でね、こっからがポイントなんですけど、A子は現時点でなんとか障害、なんとか症候群って名前を医者から与えられているか、ってところなんですね。別にそんなのは今あいつにはないんですよ。というか、障害どころか、あいつはあのバカと利己主義を生かして、かなり得してるんですよ。ファンのおじさんに飯おごってもらって、ヤらせて、金もらって。ちはるさんと玲香ちゃんも俺も、なんか面白いからついつい飯とか酒奢っちゃうし。あの暴露動画配信なんて、完全にあいつの勝ちでしょ。あいつ、基本的に悠々と生きてるんだから。あいつ、ああ見えて取り巻き何人かいるのよ。取り巻きもみんなちょっとおかしいんだけど』

『もちろん、あいつはああいうところで損してる部分も大量にある。あの調子だと、行く末はどんなっちゃうんでしょうかね。ホームレスになるのもあり得るかな。まあ、それはあいつの人生だから別にいいとして、今の段階ではあいつに何ら診断は下されてないってところに話を戻しましょう。だとして。だとして、ですよ。うちらにとって、A子は単純に面白いコンテンツでしかないんですね。コンテンツ。友達じゃあない。知人って言葉を使ってもいいけど、知人の距離感よりはもう少し寄っている。なんなら、相当に夢中になっている。夢中にさせてくれるコンテンツなんですよ』

『ちはるさんは、俺がこう話しても、人間関係の種別に「コンテンツ」というものが果たしてあるのか? って疑問に思うと思います。でも、あるんです。少なくとも俺と玲香ちゃんには。さっきのちはるさんの悩みに立ち返ると、障害があるかもしれない人を捕まえてコンテンツ呼ばわりすることが道徳的にどうかって部分があると思うんですけど、間違いない、これは一般的な道徳の概念に照らし合わせたらはアウトなんですよ。でも、ここからです。ここからが大事なことなんです』

『そもそも道徳って何でしょう、という部分です。いや、俺らにとっての道徳って何なんでしょう、ってことですかね。さっき俺は「一般的な道徳」って言葉を使いましたが、まあその「一般」からあいつらは鬼畜だって思われるかもしれない。でも実際のところ、俺らにどんな思いがあろうと、やってることはA子と遊んでるだけですよ。楽しく遊んでる。ああ、面白いなあと思いながら人と交流をしている。別にイジメてなんかない。何考えてるかはわからないけど、あいつだって俺らと一緒にいることで、とりあえず人と良い塩梅で交流する時間を手に入れてる。もし彼女をイジメているものがあるとしたら、こいつヤバいなって無視している人たちでしょう。なんですかね、さらに付け加えるなら「障害があるから無視しておこう」っていうイジメになるんですかね。あくまで「一般の道徳」を振りかざしたらね。俺は、そんなのどうでも良いんですけど。なんかこの話、前にもしたかな……まあいいや、聞いてください』

『こんなことを言うと、俺らはまるで障害者と交流して楽しい時間を与える慈善団体だって主張しているみたいですけど、全くそんなことはなくて。俺らはね。単純にオモシロ中毒なんですよ。一般的な道徳観よりも、オモシロを上段に置いている。そしてそれはそれとして、俺たちなりの道徳観を持って生きている。このライフスタイルを選択して、覚悟を持って人生を楽しもうとしている。玲香ちゃんなんて、話を聞くと相当ヤバい橋を渡ってますからね。その方が面白いからってだけで。玲香ちゃん、普通にしてたら波風なく生きれるはずなのに、無闇に面白い方、面白い方へ流れて行こうとしますから。あれは大物ですよ。俺なんかも……まあ、その話はおいおいでいいでしょう。まあ、その。ごちゃごちゃ言いましたが、一番伝えたいところはここなんですよ。いいですか、誤解しないで聞いてくださいね。これは、別に良い意味でも悪い意味でもないですから。つまりは──』

ボンベさんは淀みなく話し聞かせ、いとも簡単にその結論を言いました。

『──俺らも、普通じゃないんですよ』

(つづく)

(18)エンディングテーマ 米米クラブ”ミッドナイト・レジスタンス”




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