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「『怪と鬱』」日記 2021年4月6日(火) あるファンからのメール──愚狂人レポート(9)

SNSでA子の投稿に返信したアカウント一人一人の投稿を、ためすすがめつチェックすることにしました。

そういった熱烈なファンらのアカウントの共通項は、その全てがフォロー数、フォロワー数がさほど多くないということでした。彼らがフォローしているアカウントは特に音楽関係に特化しているわけでもなく、有名芸能人、グラビアアイドルなどが目立っていました。フォロワーに特筆するようなプロフィールを持つ人物も見当たらず、フォローバックすることで広告的なメリットがありそうな商業性のあるアカウントだけが彼らをフォローバックしているという感じでした。
何かのマニアでもない人たちがごく普通にSNSを利用している、という印象です。

A子のアカウントは流石、曲がりなりにも表舞台に立っているからか、彼らの数倍はフォロワー数がありました。決して物凄く多いわけではありませんが、それでも、あのA子にしては多いと素直に思いました。こういった結果も、彼女の増長を促しているのかもしれません。

A子ファンに年齢を公表しているアカウントが見つからなかったのですが、投稿内容からは三十歳より上が多いようで、もしかしたら六十歳に近いかも、というアカウントもありました。
また、A子ファンはいつも何かに怒っているか、いつも何かに感謝しているという共通項もありました。政治や時流など一個人ではどうしようもないようなことに怒りのコメントをして、その後に飯、アニメ、空模様などに感謝をする。それの繰り返しなのです。
こういった傾向は、どこか彼らの心の隙間を感じさせました。
もしかしたらこの心の隙間にA子が刺さるのかもしれないと考えてみましたが、この考えはまだまだ浅い気がして、どうにもしっくりきません。
A子関連に関して恣意的な切り取り方をしてしまうと、結局は痛い目にあうことを私は知っています。

彼らがあの日の「オメガ」でのイベントに来場していた痕跡が見つからず、不思議に思いました。
さほど多くない来場者のほとんどにしっかりと目当てのバンドあり、私の知人も多かったため、もし見かけない人がいたらさぞかし目立ったと思います。そもそも、チケットを一枚も売らずにA子は店長から怒られていたのです。
即ち、この人たちは誰も来ていなかったと見て間違いはなさそうでした。
ならば「ファン」という表現は適切ではない。
ファンじゃないなら、彼らは一体なんなのでしょう。
これほどまでにネット社会に対して考え事をしたことがなかったせいか、私はここに至って頭がぼんやりとしてきてしまいました。

リビングでは夫が海外ドラマを見ていました。
「お疲れ。体調どう?」
その質問から、最近夫と顔を合わせて会話をしていなかったことを思い出しました。
「うーん。だるいかな。でも、大丈夫」
「そう」
夫は動画を停止し、私の顔を見てただ微笑みました。
私にとって、この距離感はとても心地のいいものでした。
「あのさ、私の音楽の知り合いでSNSになんか投稿すると返信がくるんだけど、その人らが全然ライブに来てないんだよね。こういうのってどう思う?」
私はふと今自分が抱えている疑問を夫にぶつけてみました。
夫から気が利いた回答がなくとも、パンパンに膨らんだ私の頭からいくから吐き出したいと思ってのことした。
「がっつき?」
「え? がっつき?」
「うん。そういうの『がっつき』って言うんだよ。ただ目当ての人と繋がりたくて返信してるの。寂しいんだろね。SNSだと反応くれる人もいるし、もし反応がなくても、見てもらえたってだけでどこか繋がってる感じするんじゃないかな」
「がっつき……なるほど」
「芸能人とかめっちゃがっつかれてるじゃん。ああいうのだよ。なんかがっついてる方って痛い人が多い気がするけど、その辺は他人の自由だからね。別に俺に影響ないし」
芸能人という言葉がでたせいか、また少し焦点がズレた気がしました。
私はA子の情報をあくまで下品な悪口として響かないよう、オブラートに包んで話し聞かせ、夫にさらなる意見を求めました。
「それは……うーん。その人のこと知らないから勝手なこと言えないけど、多分その人自身ががっつかれたいんじゃない?」
「どういうこと?」
「何かしたら報告、寂しくなったら報告。反応があったら、やったー、私を見ている人がいるーって喜んで。それだけのことだと思うけど」
夫の見方は、核心を突いているように思いました。
「で、それにまんまとがっつく人がいる。どうせ独身で彼女もいないおじさんでしょ? 全然有名じゃないけど何かしてる人って、応援っていう体裁で近寄れるから具合良いんだと思う。応援してやってるっていう意識でマウント取りやすいだろうし。がっつきたい人とがっつかれたい人でバランスよくやってるんだね」
「それって、寂しい発信者と寂しい返信者の集いってこと?」
「うん。詩的に言うとそういうことかな。いいんじゃない? 誰に迷惑をかけるわけでもないし」

自室に戻って、「がっつき」という概念を持って改めてそれぞれのアカウントを確認しました。
A子は時々、がっついてきた者たちに対して「そうね」「分かるー」などの返信をしていました。これには寂しい人たちの喜ぶ顔が浮かびます。
きっとA子もたとえ数名にでも注目されているならば、十分に満足でしょう。
結局このコミュニティはSNSを正しく使っているという結論が導かれそうに思えました。
他人からどう見られても、本人たちは本望なのです。
外野の私が入り込む隙もなければ、同調のきっかけもそこにはありません。
A子界隈との断絶を感じつつ、まだなお私には引っ掛かりがありました。
その引っ掛かりはアカウント同士がSNS上で送れるダイレクトメッセージ(DM)に関するものでした。
A子はかつて、「童貞を奪ってあげる」というDMをお気に入りのアーティストに送り付け、界隈を震え上がらせた実績があります。
この一件でA子は「気持ち悪いおばさん」としてバンドマンから一目置かれる存在になったわけですが、こういうSNSの使用方法を知っているA子を上っ面だけで判断するのは危険に感じます。
私と夫から見えるSNSの在り方は、あくまで表面上のものでしかありません。
さらにことA子に関しては、常に闇を意識するべきなのです。
きっと裏側がある。
真のA子の世界は裏側にある。
A子とまた会わなければ。
そう決意して、デスクトップの電源を落としました。

洗顔をして寝る準備をしようと、浴室に向かいました。
鏡に映った私の顔は随分とむくんでいて、鼻の周りとおでこに幾つかの吹き出物がありましたが、不思議と気になりませんでした。

(つづく)

(9)エンディングテーマ YELLOW MAGIC ORCHESTRA”BEHIND THE MASK”


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