特にこれといった含蓄もない一般人が送る特に得られるものもない感想(※ネタバレ注意)

主人公の心情に思わず共感してしまうような映画だった。
母親を空襲で亡くし、父親はそのあとすぐに再婚、しかも相手は母親に瓜二つの妹。正直、はたから見ていても少し気持ち悪く感じてしまう状況だからこそ、まひとの心情は私たちの比ではないくらい荒れただろう。

疎開先として連れていかれたお屋敷は全体的に薄暗い印象で、そこに住む小間使いのおばあさん、おじいさんも心なしか卑しい雰囲気で描かれていると感じた。
そこまで詳細な部分を覚えているわけではないから、勘違いかもしれないけれど、もしかしたらお屋敷の描写自体、意識して暗めに描かれていたのかもしれない。

まひとは自分を取り巻く環境に対して反発的で、環境を変えるために、たくさんの抵抗をしていた。義母とは必要最低限の会話しかせず、自分の頭を石で殴って学校に登校しない理由を作り、まとわりついてくるうっとうしいアオサギを殺そうとしていた。

そんなまひとの心情が変わったのは、母親からまひとに残された一冊の本「君たちはどう生きるか」を読んだ時からではないかと思う。

その後すぐ義母が行方知れずになるが、これに対してまひとは積極的に協力している。心なしか小間使いのおばあさんたちに対する態度も軟化していたように感じたし、おばあさんたちの印象も最初とは少し違って描かれていたように思う。

その後、義母を追って、大叔父の作った「理想の世界」を冒険することになるまひとが、その歪さを目のあたりにしていく。
飛び方を忘れていくペリカン。(もののけ姫のイノシシたちのオマージュ?)
膨大な数に増え、他の種族を食い尽くすインコ。
なんでインコがあんなに残虐な種族として描かれているはわからないが、繁栄しすぎた種族が他の種族を脅かすのはどんな世界であっても同じなのかもしれない。ずる賢さもまるで人間を見ているかのようだった。

最終的に若き日の母親とともに、大叔父のところへたどり着いたまひとは、この世界の一日が今にも崩れてしまいそうな積み木の上に成り立っていることを知る。積み木は、理想を積み重ねて、バランスをなくしてしまった歪な世界の象徴のようだった。

大叔父にこの世界の続きを託されるまひとだが、自身のこれまでのウソを告白し、これから自分がどう生きていくのかを宣言して、その役割を断る。
これはまひとが、世界を自分の都合の良いように変えるではなく、自分が変わろうとする決意の表れだと思った。

その後、焦ったインコの王子によって、大叔父の世界は崩壊してしまうわけだが、無事もとの世界に戻ったまひとと義母を探しに来た人たちは皆、優しい人たちのように映った。これはまひとが周囲の人の気遣いを優しさとして許容できるようになったからだと思う。

また、産屋で義母のことをお母さんと呼んだまひと、まひとのことを嫌いだといった義母の関係は、成長と本音の吐露を経て、以前よりも暖かいものになったように見えた。
最後のシーン、東京に戻る時のまひとたちはちゃんと家族だった。

この映画が最終的に何を伝えたいのか、受け取り方は人によって違っても良いと思う。
私は、自分に都合の悪い環境を変えるよりも自分を変える努力をした方が結果的には幸せになれるというメッセージを受け取った。
刺さる人には刺さるであろう、とても良い映画だったと思う。

それはそれとして、父親が工場長(しかも戦争でぼろもうけ)、母親の実家が地主?とかいうウルトラハイパーラッキーな家に生まれていなければ、戦火の中、ひと夏の冒険なんてできなかっただろうし、東京に残らざるを負えなかった人、疎開先で貧困生活を強いられた人(火垂るの墓の兄妹みたいな)は環境に押しつぶされるしかなかっただろう。
自分を変える努力が許されるのは、その余裕がある環境に生きている人間だけなのだというのも皮肉だなと思った。

とにかく、わけがわからない不気味な導入から、暖かい人間ドラマ、主人公の成長、これまでのジブリ作品のオマージュなど、久々にジブリをおなか一杯食べることができた今作は本当に面白い作品だったように思う。

わらわらって結局何だったのだろうとか、母親のシーンは火の鳥のオマージュか何かなのかとか、絶対に触るなと言われていた人形に触ったまひとにも、さわられた人形のおばあさんにも特に異常が現れなかったのはなんで、とか、わからないところは確かにいろいろあったけど、見て損はない作品だと思うので、まだ見ていない人にはぜひ見てほしい。

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