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横浜市山手の歴史的町並み

 竹原に続いて紹介するのは、横浜市山手町の歴史的町並みです。山手の町並みは、竹原の町並みで紹介した日本の伝統的町家ではなく、洋館群の町並みです。山手町のメインストリートである山手本通りに沿って、横浜市が保存する7つの洋館を始めとし、教会や学園校舎などの西洋建築が町並みを形成しています。

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 元町・中華街駅を出発し、谷戸坂をのぼると、今回の起点となる港の見える丘公園にたどり着きます。ここから山手本通りが緩やかにカーブを繰り返しながら、イタリア山庭園まで洋館群が続きます。(もちろん、イタリア山庭園から歩くこともできます。)

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旧英国総領事邸(現横浜市イギリス館)

 旧英国総領事邸は1937(昭和12)年に現在地に建設されました。総領事邸だけあって、鉄筋コンクリートの頑丈な建築物でした。1969年に横浜市が取得しました。横浜市指定文化財。

 山手町は幕末の1867年に外国人居留地として開放され、明治初期には骨格がほぼ完成されたそうです。外国人の西洋館が立てられ、ミッションスクールと言われるキリスト教系の学校が設置されたことから、西洋風の町並みが形成されます。しかし、関東大震災により壊滅的な被害を受けたため、現存する建物は震災後のものが多いそうですが、震災後再び洋館の並ぶ町並みが再建されていきます。

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旧園田健吉邸(現山手資料館)

 旧園田健吉邸は1909年に建てられ、1977年にこの地に移築された和洋折衷建築。横浜市に現存する建物としては最古のもので、現在は山手資料館として活用されています。横浜市認定歴史的建造物。

 現在の山手は、かつての旧居留地の骨格がそのまま残っていることが特徴です。また、山手の洋館建築は明治後期から昭和初期にかけて建てられたものが現存していますが、諸事情により移築されているものが多く、旧園田健吉邸、エリスマン邸、ブラフ18番館は山手町内で移築され、旧内田定槌邸は渋谷区南平台から移築されていますが、これもまた山手の町並みの特徴といえます。

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山手234番館

 山手234番館は1927(昭和2)年に建てられた外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)で、建築当時からこの地に現存している点では貴重な建物です。二階バルコニーを支えるギリシャ建築風の柱が印象的です。元々は同じ様式の集合住宅が向かい合うように四棟建てられたそうです。

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エリスマン邸

 エリスマン邸は1926(大正15)年に生糸貿易商社シーベルヘグナー商会のフリッツ・エリスマンの邸宅として山手127番地に建てられました。マンション建設のため1982年に解体され、1990年に現在地(山手81番地)に再建されました。設計は、フランク・ロイド・ライトと共に来日したアントニン・レーモンドです。伝統的な洋風住宅の様式の中に軒の水平線を強調したモダニズム建築の要素が取り入れられており、レーモンド建築らしさを感じます。

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↑↑↑邸宅内の階段。この意匠には、師匠であるフランク・ロイド・ライトの影響を私は感じることができました。横浜市認定歴史的建造物。

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旧内田定槌邸(現外交官の家)

 現在は外交官の家と呼ばれる旧内田定槌邸は明治期に外交官を務めた内田定槌の邸宅として渋谷区南平台町に建てられました。設計は立教大学の校長も務めたジェームス・マクドナルド・ガーディナーです。1997年に横浜市に寄贈され、イタリア山庭園内に移築されました。移築された建築ではありますが、国の重要文化財に指定されています。

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旧カトリック山手教会司祭館(現ブラフ18番館)

 旧カトリック山手教会司祭館は山手町45番地にオーストラリアの貿易商バウデンの邸宅として建てられ、戦後、カトリック山手教会司祭館として1991年まで使用されました。同年、横浜市が寄贈を受け、イタリア山庭園内に移築されています。現在はブラフ18番館と呼ばれています。ブラフとは、山手地区が切り立った崖の上にあったことから、居留していた外国人がこの地を「The Blaff」と呼んで親しんでいたことに由来するのだそうです。

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 ここまでの写真を振り返ると、「町並み」というより個々の住宅建築に気持ちがフォーカスされていたと気づかされます。町並みが好きだったものの、この撮影をした日は、その感覚をあまり意識していなかったのだなと思って、ちょっと笑ってしまいました。しかも、代表的な保存建築であるベーリックホールや山手111番館、山手の町並み景観を支える底力となっている現役の教会建築や昭和戦前期の学校建築をすっかり撮り逃しています(笑)。もう一度山手を歩き、記事をリファインしたいと思います。

 山手の歴史的町並みを訪れたのは2005年なので、もう15年前になります。撮影は初めて買ったデジタルカメラ、SONYのCyber-shot DSC-F77を使っています。カメラの性能についての知識がなく、画素数だけで購入を決めたけれど、ウキウキしながら撮影したことを思い出します。このカメラ、ズームレンズではなく、37㎜相当の単焦点レンズですが、自分が動いて画角を決めるのは写真撮影のよい学習になったのかもしれない、と思います。

記事はここまで。最後までお読みくださった方、ありがとうございました。 

横浜市中区山手町(神奈川県の洋館群)

SONY DSC-F77 Distagon 2,8/7.65


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