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2022年、第64回グラミー賞のクラシック音楽部門を解説し、歴史的な視点で解きほぐしてみる。

この投稿は、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演した際の補足資料です。お時間がある方は、「radikoのタイムフリー(※5月17日まで&放送エリア外は、有料のエリアフリーに契約が必要)」もしくは「ポッドキャスト(著作権の都合で、放送中に流れていた音楽は聴けません)」と合わせてお読みください。


【導入】グラミー賞、受賞回数ランキング(2022年時点)

第1位:31回……ゲオルグ・ショルティ(1912〜97)
第2位:28回……クインシー・ジョーンズ(1933〜 )
         ビヨンセ(1981〜 )
第4位:27回……チック・コリア(1941〜2021)
         アリソン・クラウス(1971〜 )
第6位:26回……ピエール・ブーレーズ(1925〜2016)
第7位:25回……ヴラディーミル・ホロヴィッツ(1903〜89)
         ジョン・ウィリアムズ(1932〜 )
         スティーヴィー・ワンダー(1950〜 )
第10位:24回……ジェイ・Z(1969〜 )
         カニエ・ウェスト(1977〜 )

 このうち、ゲオルグ・ショルティ(1912〜97)、ピエール・ブーレーズ(1925〜2016)、ヴラディーミル・ホロヴィッツ(1903〜89)の3人がクラシック音楽のミュージシャンである。なお、チック・コリア(1941〜2021)とジョン・ウィリアムズ(1932〜 )の一部アルバムは、クラシック音楽の部門にもノミネートしている。

例えばショルティは、1984年の第26回グラミー賞で3枚のアルバムが4部門にノミネートし、すべて受賞。下記のマーラーは「Best Classical Album」と「Best Orchestral Recording」を獲っている。
https://www.grammy.com/artists/georg-solti/7181
♪マーラー:交響曲第9番(ショルティ指揮 シカゴ交響楽団)


【本題】2022年、第64回グラミー賞 クラシック部門の全ノミネートを解説!

77. Best Orchestral Performance(オーケストラ)
78. Best Opera Recording(オペラ)
79. Best Choral Performance(合唱)
80. Best Chamber Music/Small Ensemble Performance(室内楽)
81. Best Classical Instrumental Solo(独奏)
82. Best Classical Solo Vocal Album(独唱〔声楽〕)
83. Best Classical Compendium(コンピレーション)
84. Best Contemporary Classical Composition(作曲家)
⇒小室がオススメする作品には⭐を付けている。
(※75. Best Engineered Album, Classicalと、
  76. Producer Of The Year, Classicalは除外。)

 対象となるのは、2020年9月1日〜2021年9月30日に発表された作品なので、コロナ禍を反映した作品が数多くノミネートや受賞しているのが特徴。また、前回のグラミー賞にザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」がノミネートされなかった問題を受け、非公開・匿名で行っていたノミネート審査委員会(1989~2021)を廃止。レコーディングアカデミー投票会員の投票だけで決められるようになった(※ヒストリカル録音やライナーノーツなどを取り扱うクラフト部門だけは委員会制を維持)。
⇒実は、そもそもこの委員会はクラシック部門から始まり、次にジャズ……というように徐々に広がったもの。当時のノミネート作から推測するに、Best Contemporary Classical Compositionというクラシックと現代音楽の作曲家に対する賞が、1985年に久々に復活した時、フランク・ザッパが手掛けた現代音楽がノミネート。翌86年にはミュージカルのアンドリュー・ロイド・ウェバーのレクイエムが賞を獲り、87年にはチック・コリアの七重奏曲がノミネート……と、異なるジャンルの作曲家が勢力を広げつつあった。
⇒1989年に審査委員会を設置することで、こうした人達を排除する目的があったのでは?
⇒2014年にマリア・シュナイダーが賞を獲ってからジャズミュージシャンが再びノミネートするようになっていたが、委員会の廃止により、それまでは委員会ではじかれていたであろう作品が作曲家以外の賞でもノミネートされるように!

 また投票の質の向上が目的を目的として、グラミー全体で、1人が投票できるのは、主要賞から4部門とそれ以外の3分野以内の10部門に減らされた(それまでは4分野の15部門かつに投票できた)。
 加えて今回からクラシック音楽部門では、5部門(オーケストラ、合唱、室内楽、独奏、現代音楽作品)においてシングル曲でもノミネートが可能になった。

77. Best Orchestral Performance

指揮者とオーケストラへの賞
Award to the Conductor and to the Orchestra.
⇒名称は何度も変わっているが、1959年の第1回から続く賞で、1989年までは指揮者のみを対象とした賞だった。

受賞
⭐ Price: Symphonies Nos. 1 & 3
Yannick Nézet-Séguin, conductor (Philadelphia Orchestra)
 フローレンス・プライス(1888〜1953)は、アフリカ系アメリカ人女性として初めて、メジャーなオーケストラで作品が演奏された作曲家(ただし、支援者がオケ側に金銭を提供している)。その時に取り上げられた交響曲第1番(1931〜32)は、夫(アフリカ系で、弁護士)からの虐待に耐えかねて離婚し、2人の娘を育てるシングルマザーになり、無声映画をオルガンで伴奏する仕事をし始めた年から作曲が開始されている。ドヴォルザークがアメリカ滞在中に予言したような、新世界交響曲の延長線上に位置する作品で、第3楽章にはアフリカ系アメリカ人のジューバ・ダンスを取り入れている(これは第3番も同様)。第3番(1938〜40)は、ワーグナーやワーグナーに影響を受けた作曲家のサウンドを取り入れているのが興味深い。
 ヤニック・ネゼ=セガンはカナダ出身の指揮者で、フィラデルフィア管弦楽団とメトロポリタン歌劇場の音楽監督。私生活ではゲイであることをカミングアウトし、パートナー(メトロポリタン歌劇場のヴィオラ奏者)も公表している。今回のグラミー賞でネゼ=セガンは本盤を含めて3つノミネートしており、これがグラミー初受賞。フィラデルフィア管は、1940年にディズニー映画『ファンタジア』に出演したことでも有名。

ノミネート
• Beethoven: Symphony No. 9
Manfred Honeck, conductor (Mendelssohn Choir Of Pittsburgh & Pittsburgh Symphony Orchestra)
 本盤は、ピッツバーグ交響楽団の創立125年を祝してリリースされたライヴ録音。アメリカのオケらしい機能性の高さを生かして、軽くて透明感がありながらも力強いサウンドをもった快速テンポのベートーヴェンの『第九』に仕上がっている。多層的な楽器間のダイアローグと、金管楽器などをリズミックに聴かせているのが印象的な演奏。
 元ウィーンフィルのヴィオラ奏者(弟はウィーンフィルのコンマス)で、指揮者のマンフレート・ホーネックは、2008年からピッツバーグ交響楽団の音楽監督を務めている。グラミーはこれを含めて過去に6回ノミネート、1回受賞。

• Strauss: Also Sprach Zarathustra; Scriabin: The Poem Of Ecstasy
Thomas Dausgaard, conductor (Seattle Symphony Orchestra)
 トーマス・ダウスゴーは北欧や英国のオーケストラで首席指揮者などを歴任してきたデンマークの指揮者。2022年10月には東京都交響楽団への客演も予定されている。日本のチェロ奏者宮田大と共演した録音が、ドイツの音楽賞で高く評価されたことも記憶に新しい。
 収録されているのはR.シュトラウスの《ツァラトゥストラはかく語りき》とスクリャービンの《法悦の詩》。どちらも後期ロマン派的な楽曲として暑苦しい、圧の強い演奏が多い作品に対し、充足感は担保しつつもクールなテイストでまとめあげている。これまで前述の作品が苦手だった方にオススメしたい演奏である。
 シアトル交響楽団においてダウスゴーは2014年から首席指揮者、2019年からは音楽監督を務めており、この録音は音楽監督に就任した年のライヴ録音である。ただし、2020年にコロナ禍となると渡米できなくなり、その間にオーケストラのマネジャーと関係が悪化。2022年1月7日に電子メールで突然の辞任に至っている(この録音からダウスゴーとの音楽的な相性は抜群であったことがうかがえるシアトル響が、黄金期を迎える可能性があっただけに残念である)。

• Adams: My Father Knew Charles Ives; Harmonielehre
Giancarlo Guerrero, conductor (Nashville Symphony Orchestra)
 ジョン・アダムズ(1947〜 )はアメリカを代表する大御所作曲家で、世界的な認知度と人気も高いポスト・ミニマルの代表的存在として知られる。コスタリカ人指揮者のジャンカルロ・ゲレロと、彼が音楽監督を務めるナッシュビル交響楽団は、2011〜20年にかけて6回のグラミー賞を獲っている。本盤ではジョン・アダムズの旧作を、2020年代に相応しい現代的な感覚で演奏し直している。

⭐ Muhly: Throughline
Nico Muhly, conductor (San Francisco Symphony)
 ニコ・ミューリー(1981〜 )はビョークなどとのコラボレーションでも知られる、アメリカの現代音楽の作曲家としては若手〜中堅の筆頭格。2021年8月に配信リリースされた《Throughline(直通線)》(2020)は、19分ほどの6人の独奏者とオーケストラのための作品。
 コロナ禍となり、飛沫対策をしながらソーシャルディスタンスをとらなくてはならなくなったオーケストラが、それでも演奏できるように個別に録音した演奏を組み合わせたり、独奏者とオケの団員が室内楽のように少人数で絡み合ったりする。13の短いセクションが続けて演奏される構成となっており、第7楽章の一部にはAIが作曲した要素を取り入れたり、第8楽章では独奏者としてエスペランサ・スポルディングが登場して即興演奏とミューリーによるスコアが重なり合う。
https://www.wisemusicclassical.com/work/62281/THROUGHLINE--Nico-Muhly/


78. Best Opera Recording

指揮者とアルバムプロデューサーと主要な独唱者への賞
Award to the Conductor, Album Producer(s) and Principal Soloists.
⇒第1〜2回はオペラと合唱を対象する賞はひとつにまとめられていたが、第3回から分かれて現在に至る。

受賞
⭐ Glass: Akhnaten
Karen Kamensek, conductor; J’Nai Bridges, Anthony Roth Costanzo, Zachary James & Dísella Lárusdóttir; David Frost, producer (The Metropolitan Opera Orchestra; The Metropolitan Opera Chorus)
 ミニマル・ミュージックの代表的作曲家フィリップ・グラス(1937〜 )による3作目のオペラ《アクナーテン》(1983/世界初演1984)は、古代エジプト第18王朝のファラオであったアクナーテン(妻はネフェルティティ/娘婿はツタンカーメン)を主人公とする物語。アクナーテンは歴史上初めて一神教を初めた人物として知られる。エジプト語、アルカディア語、ヘブライ語、英語(ここだけは翻訳可)といった様々な言語が歌われる。
 本盤は2019年11月に行われたアメリカの歌劇場の頂点に位置するMET(メトロポリタン歌劇場)での《アクナーテン》初演をライヴ録音したもの。作曲者のご指名で、女性指揮者カレン・カメンセックのMETデビューとなった。過去にライブビューイングで映画館上映もされており、WOWOWライブで2022年6月24日(金)午前9:30から放送も予定されている。

ノミネート
• Bartók: Bluebeard's Castle
Susanna Mälkki, conductor; Mika Kares & Szilvia Vörös; Robert Suff, producer (Helsinki Philharmonic Orchestra)
• Janáček: Cunning Little Vixen
Simon Rattle, conductor; Sophia Burgos, Lucy Crowe, Gerald Finley, Peter Hoare, Anna Lapkovskaja, Paulina Malefane, Jan Martinik & Hanno Müller-Brachmann; Andrew Cornall, producer (London Symphony Orchestra; London Symphony Chorus & LSO Discovery Voices)
• Poulenc: Dialogues Des Carmélites
Yannick Nézet-Séguin, conductor; Karen Cargill, Isabel Leonard, Karita Mattila, Erin Morley & Adrianne Pieczonka; David Frost, producer (The Metropolitan Opera Orchestra; The Metropolitan Opera Chorus)
 2010年以来久々に、受賞作含めたノミネート5作すべてが20世紀以降に書かれたオペラなのが興味深い(バルトークは1911年、ヤナーチェクは1922〜23年、プーランクは1953〜56年、グラスは1983年、下記のリトルは2006年作曲&2011年改訂)。バルトークは近現代音楽を得意とする女性指揮者スザンナ・マルッキ、ヤナーチェクはベルリンフィルを退任後の巨匠ラトル、プーランクは前述のネゼ=セガンが指揮をしている。

• Little: Soldier Songs
Corrado Rovaris, conductor; Johnathan McCullough; James Darrah, David T. Little, Lewis Pesacov & John Toia, producers (The Opera Philadelphia Orchestra)
 デイビッド・T・リトル(1978〜 )は、ドラマーとしての顔も持つ作曲家。ロックのサウンドを取り入れた作品で知られ、2012年に初演されたオペラ《ドッグ・デイズ》は近年書かれたアメリカのオペラのなかでも優れた作品として評価されている。
 今回ノミネートされた《兵士の歌 Soldier Songs》は、2006年に作曲された小規模なオペラ(歌手はバリトン1名、楽器は7名で、そこに事前収録された音響が加わる)。作曲者の祖先は、みな従軍してきたが1978年世代の彼はほぼ1世紀ぶりにその経験がなかった。だが友人のなかにはイラクで従軍するものたちも……。そのことに思いを馳せて、退役軍人をテーマにした兵士たちの苦しみを描いた作品。
 Opera Philadelphiaがこの作品を映像化し、CDやDVD(Blu-ray)ではなく、WEBサイトでの有料配信したものがノミネートされた(⭐ ストリーミングサービスで配信されている音源は、過去の異なる録音)。


79. Best Choral Performance

指揮者と合唱指揮者(および該当する場合は合唱指導者)と合唱団/声楽アンサンブルへの賞
Award to the Conductor, and to the Choral Director and/or Chorus Master where applicable and to the Choral Organization/Ensemble.
⇒第1〜2回はオペラと合唱を対象する賞はひとつにまとめられていたが、第3回から分かれて現在に至る。

受賞
⭐ Mahler: Symphony No. 8, 'Symphony Of A Thousand'
Gustavo Dudamel, conductor; Grant Gershon, Robert Istad, Fernando Malvar-Ruiz & Luke McEndarfer, chorus masters (Leah Crocetto, Mihoko Fujimura, Ryan McKinny, Erin Morley, Tamara Mumford, Simon O'Neill, Morris Robinson & Tamara Wilson; Los Angeles Philharmonic; Los Angeles Children's Chorus, Los Angeles Master Chorale, National Children’s Chorus & Pacific Chorale)
 マーラー(1860〜1911)は没後、彼と交流のあった指揮者たちによって一部の作品だけが演奏されていたが、生誕100周年を迎えた頃からレナード・バーンスタインを中心にルネッサンスの機運が高まり、20世紀末には世界中のオーケストラにとって欠かせないレパートリーとなったことで知られる。交響曲第8番は1030名ほどで初演されたため《千人の交響曲》と呼ばれるのだが、現在では300〜400名程度で演奏されるのが一般的(この録音では346名で演奏している)。サブカル文脈としては、第1楽章の半ばがアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の「涼宮ハルヒの憂鬱 VI」で使われたことが有名
 指揮を務めるのは、2006年にメジャーレーベルでデビューしてからというもの、世界中で天才として注目されたベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル(1981〜 )。スピルバーグが監督した『ウエスト・サイド・ストーリー』で指揮を務めたことでも話題になった人物だが、これまでグラミー賞は4ノミネートして、その全てを受賞している。7人の独唱者のなかには日本を代表するオペラ歌手の藤村実穂子が第1アルト(&サマリアの女)を務めているのだが、トラック16の後半(0:51〜)とトラック24で藤村さんのソロの歌声を聴くことが出来る。

• It's A Long Way
Matthew Guard, conductor (Jonas Budris, Carrie Cheron, Fiona Gillespie, Nathan Hodgson, Helen Karloski, Enrico Lagasca, Megan Roth, Alissa Ruth Suver & Dana Whiteside; Skylark Vocal Ensemble)
 2011年結成の声楽アンサンブル。コロナ禍のため、ひとりひとり分かれてレコーディングが行われたアルバム。⇒詳細

• Rising w/The Crossing
Donald Nally, conductor (International Contemporary Ensemble & Quicksilver; The Crossing)
 2005年結成の室内合唱団。コロナ禍で合唱が出来なくなったため、初めて過去のライヴレコーディングからリリース。新作委嘱と初演に力を注ぐ団体らしく、デイヴィッド・ラングやテッド・ハーンなどの作品が並ぶ。⇒詳細

• Schnittke: Choir Concerto; Three Sacred Hymns; Pärt: Seven Magnificat-Antiphons
Kaspars Putniņš, conductor; Heli Jürgenson, chorus master (Estonian Philharmonic Chamber Choir)
 「歌う革命」で知られるエストニアを代表する室内合唱団。旧ソ連(ただしドイツ系ユダヤ人とヴォルガ・ドイツ人のハーフ)でペレストロイカ後に世界的に注目されたシュニトケの合唱協奏曲(1984–85)などと、エストニアを代表する大御所アルヴォ・ペルトによる宗教音楽を組み合わせたアルバム。

• Sheehan: Liturgy Of Saint John Chrysostom
Benedict Sheehan, conductor (Michael Hawes, Timothy Parsons & Jason Thoms; The Saint Tikhon Choir)
 アメリカ正教会に属する合唱指揮者・作曲家のベネディクト・シーハンによる宗教音楽で、彼自身が指揮をしている。敢えて古いスタイルで書かれた合唱曲。⇒詳細

• The Singing Guitar
Craig Hella Johnson, conductor (Estelí Gomez; Austin Guitar Quartet, Douglas Harvey, Los Angeles Guitar Quartet & Texas Guitar Quartet; Conspirare)
 ギターアンサンブルと合唱を組み合わせた新しい作品を集めた作品集。リーナ・エスマーイール(インド系アメリカ人女性)、ニコ・ミューリー、クレイグ・ヘラ・ジョンソン(同性パートナーがいることをカミングアウト)らが作曲している。⇒詳細


80. Best Chamber Music/Small Ensemble Performance

室内楽または小編成(指揮者を含まない24人以下の演奏者)作品の新しいレコーディング向け。指揮者がいる場合は、指揮者にひとつ、アンサンブルにもうひとつ賞が与えられる〔訳注:過去に存在していた部門を統合した結果、ややこしい規定になっている〕。
For new recordings of works with chamber or small ensemble (twenty-four or fewer members, not including the conductor). One Award to the ensemble and one Award to the conductor, if applicable.
⇒室内楽の賞は第1回からあったが、1997年から小編成への賞ができ、2013年に統合された。

• Beethoven: Cello Sonatas - Hope Amid Tears
Yo-Yo Ma & Emanuel Ax
 グラミー常連の大御所演奏家2人による正統派のアルバム(ヨーヨー・マはこれまでにノミネート29回、受賞19回で、エマニュエル・アックスはノミネート19回、受賞8回)。ベートーヴェンの「チェロとピアノのためのソナタ全集(+3つの変奏曲)」なのだが、「Hope Amid Tears 涙のなかの希望」という詩的な副題が付けられているのが今っぽい。この副題は、チェロ・ソナタ第3番(1807〜08)が書かれた頃、ナポレオン戦争によってベートーヴェンの支援者たちがウィーンを離れてしまい、友人たちと会えなくなってしまった孤独な心境と、おそらくコロナ禍が重ね合わされている。

⭐ Adams, John Luther: Lines Made By Walking
JACK Quartet
 ポストミニマルのジョン・アダムズではなく、こちらはジョン・ルーサー・アダムズ(1953〜 )による2019年(「LinesMadebyWalking」)と2016年(「untouched」)の弦楽四重奏曲。どちらもアラスカの山々とツンドラをゆったりと散歩した経験を音楽化したアンビエント的な音楽で、開放弦を中心とした「untouched」の方はよりアンビエント性が強い。⇒詳細

⭐ Akiho: Seven Pillars
Sandbox Percussion
 アンディー・アキホ(1979〜 )は、スティールパン奏者で作曲家。日系2世のアメリカ人である(母の再婚により育ての父が別にいるためか、公式のプロフィールで日系であることは触れられていないが、若い頃には寿司職人をやっていた時期もあるとか……)。日本では吹奏楽作品が有名なスティーヴン・マッキーらに作曲を師事。本作が初のグラミー賞ノミネートで、後述するようにBest Contemporary Classical Compositionでもノミネートしている。
 本盤は打楽器四重奏のサンドボックス・パーカッションのために書き下ろした11曲、演奏時間にして80分近い大作だ(それぞれに映像も作られている)。アルバムタイトルにもなっている《セヴン・ピラーズ(7つの柱)》は全7曲で構成されており、その間に(全体がシンメトリーになるように)4人のメンバーのソロ曲が挟み込まれている。⇒詳細

⭐ Archetypes
Sérgio Assad, Clarice Assad & Third Coast Percussion
 ブラジル出身のギターデュオ、アサド兄弟として一世を風靡するした兄セルジオとその娘クラリス(作曲家で歌手でピアニスト)による大規模な組曲。ブラジル音楽全般やプログレ好きにオススメ! 後述するようにBest Contemporary Classical Compositionでもノミネートしている。
 アルバムタイトルの『アーキタイプ』は、「古代から伝わる普遍的な人間の行動様式」を意味しており、各曲には「反逆」「純真」「孤立」などといった題が付けられている。編成はギター、ピアノ、打楽器が中心。⇒詳細

• Bruits
Imani Winds
 イマニ・ウインズは、1997年に結成されたアメリカの木管五重奏団で、メンバーは多様な人種的バックグラウンドを持っている。新作委嘱に積極的なことでも知られ、特にチック・コリアやウェイン・ショーターやスティーヴ・コールマンといったジャズミュージシャンとのコラボレーションが有名だ。本盤でもヴィジェイ・アイヤーと共演している。またヴィジェイがインド系なこともあるからだろうか、カップリングにはインド系アメリカ人の女性の作曲家リーナ・エスマーイール(1983〜 )の作品も収録されている。アルバム名のBruitsは「聴診器で聴こえる異常音」のことで、アルバムジャケットには「閉塞した動脈を流れる血液のノイズは、身体が危険にさらされていることを示している」と書かれており、社会における人々の分断をテーマにしている。
 このBest Chamber Music/Small Ensemble Performanceを獲ることは出来なかったが、本盤を含む9つの録音によってプロデューサー部門(76. Producer Of The Year, Classical)にノミネートしていたJudith Shermanはグラミーを受賞している。⇒詳細


81. Best Classical Instrumental Solo

器楽の独奏者(と該当する場合は指揮者)への賞
Award to the Instrumental Soloist(s) and to the Conductor when applicable.
⇒1959年(第1回)から2011年までは、without orchestraとwithout orchestraの2つの賞に分かれていたが、2012年から統合。

受賞
• Alone Together
Jennifer Koh
 ジェニファー・コーは、無伴奏作品を追求してきた韓国系ヴァイオリニスト。コロナ禍でそれまでの試みを更に一歩進め、コロナ禍でも収入に困っていない作曲家からは作品を寄贈、若手作曲家にはお金を払って新作を依頼することで、様々な世代の作曲家39名による小品を集めたアルバムが生まれた。寄贈した作曲家のなかには現代ジャズの著名ピアニストであるヴィジェイ・アイヤーも(彼はインド系で、もともとヴァイオリンを学んでいた)。

ノミネート
• Beethoven & Brahms: Violin Concertos
Gil Shaham; Eric Jacobsen, conductor (The Knights)
 アメリカを代表する巨匠ヴァイオリニスト、ギル・シャハムの独奏。共演しているザ・ナイツは2007年に法人化されたばかりの新しい(室内)オーケストラ。現在、正式な団員は40名ほど。指揮をするエリック・ヤコブセンは楽団のチェロ奏者でもある。

• Bach: Sonatas & Partitas
Augustin Hadelich
 1984年生まれのオーガスティン・ハーデリッヒは1999年に全身の60%を大やけどしてしまうが20回の手術により、奇跡的に回復。2006年には難関コンクールで優勝する等、頭角を現した。2016年にもグラミー賞を受賞している。2020年3月からコロナ禍で時間が出来たことからバッハの無伴奏作品を掘り下げはじめ、同年6〜8月の3回に分けてレコーディングしたのが本盤である。⇒詳細(日本語)

• Mak Bach
Mak Grgić
 マク・グルギッチは1987年、スロベニア生まれのギター奏者。本盤は、平均律ではない純正律で弾けるようにフレットを調整したクラシックギターによるバッハ作品集。宗教音楽と器楽曲を交互に取り上げ、後者はフルート、ヴァイオリン、チェロの作品を編曲している。⇒詳細

• An American Mosaic
Simone Dinnerstein
 作曲家リチャード・ダニエルプールによるピアノ小品集(+バッハの編曲)。ダニエルプールは喘息持ちで、医師からは新型コロナに感染した場合、生存確率は30%と宣告された2020年4月に不眠症になってしまう。眠れるほどリラックスさせてくれたのがシモーネ・ディナースタインの演奏するバッハだった。そこでシモーネの演奏を前提として、コロナ禍の慰めとなるようなピアノ曲を作曲し、ライブストリーミングしようと考えた。その結果生まれたのが、この「アメリカのモザイク画 An American Mosaic」である。⇒詳細

• Of Power
Curtis Stewart
 ヴァイオリニストのカーティス・スチュアートは、アフリカ系アメリカ人のジャズチューバ奏者を父に、ギリシャ系のジャズヴァイオリニストを母に持つ。これまでもPCから出力されるトラックに合わせて演奏したり、無伴奏でクラシック作品をもとに即興したりしてきた。
 本盤は、ヴァイオリン、詩、電子音響(エレクトロニクス)を組み合わせて(本当はヴィデオも使用されているようだ)、ブラック・ライヴズ・マターを強く意識した内容を表現している。下記の動画は、グラミー賞の授賞式でスティーヴィー・ワンダーの「可愛いアイシャ Isn't She Lovely?」を演奏したもの。⇒詳細


82. Best Classical Solo Vocal Album

ヴォーカリスト、コラボレーティヴ・アーティスト(例:ピアニスト、指揮者、室内楽団)、プロデューサー、レコーディング・エンジニア/ミキサー(プロデューサーやレコーディングのエンジニアとミキサーが対象となるのはアルバムに含まれる新録音のうち、51%以上を手掛けている場合)
Award to: Vocalist(s), Collaborative Artist(s) (Ex: pianists, conductors, chamber groups), Producer(s), Recording Engineers/Mixers with 51% or more playing time of new material.
⇒第1回から存在する部門だが、歌い手以外の共演者とスタッフが受賞対象になったのは2016年から。作曲家を対象とした賞ではないのが重要なポイント。

受賞
• Mythologies
Sangeeta Kaur & Hila Plitmann; Danaë Xanthe Vlasse, pianist (Virginie D'Avezac De Castera, Lili Haydn, Wouter Kellerman, Nadeem Majdalany, Eru Matsumoto & Emilio D. Miler)
 ダナエ・ザンテ・ヴラッセはフランス出身でアメリカ在住のピアニスト、作曲家。幼い頃から作曲をしていたというが、大学ではピアノを専攻。主にピアノを教える音楽教師を続けながら、独自に作曲を続けた。2009年に(ボブ・ディランの詩に、ジョン・コリリアーノが新しく曲を付けた歌曲集で)グラミーを受賞したヒラ・プリットマンと仲良くなり、彼女に作品が演奏されるようになったことでキャリアを切り開いた。本盤ではプリットマンを中心に豪華演奏者(日本人チェリストの松本エル、ベトナム系アメリカ人歌手のサンゲータ・コーアを含む)を集め、ピアノは作曲者自身が演奏している。⇒詳細

ノミネート
• Schubert: Winterreise
Joyce DiDonato; Yannick Nézet-Séguin, pianist
 これまでグラミー賞に10度のノミネート、3度の受賞を誇る、アメリカを代表するオペラ歌手ジョイス・ディドナートによる連作歌曲集《冬の旅》。当代きってのオペラ指揮者ヤニック・ネゼ=セガンのピアノと共に、シューベルト晩年の深遠な世界をたどってゆく。通常、男性目線だとされるヴィルヘルム・ミュラーの詩を女性の視点に読み替えて表現していることが評価されているようです。

⭐ Confessions
Laura Strickling; Joy Schreier, pianist
 シカゴ出身でカリブ海のヴァージン諸島在住のソプラノ歌手ローラ・ストリックリングは、新作歌曲の委嘱と初演に力を入れている。
 彼女のソロデビューCDとなる本盤は、存命中のアメリカの作曲家による6つの歌曲集を新録しているが6作品中4名が女性の作曲家である(クラリス・アサド含む)。⇒詳細(日本語)

⭐ Dreams Of A New Day - Songs By Black Composers
Will Liverman; Paul Sánchez, pianist
 メトロポリタン歌劇場で初めて上演されたアフリカ系アメリカ人作曲家によるオペラである『Fire Shut Up in My Bones』(作曲:テレンス・ブランチャード)。この時に主演を務めたウィル・リバーマンが、アフリカ系アメリカ人による歌曲を歌たアルバム。ドヴォルザークに黒人霊歌を教えたハリー・バーリー(1866〜1949)から1981年生まれのショーン・E・オクペブホロまで、幅広い世代の歌曲を集めている。⇒詳細

• Unexpected Shadows
Jamie Barton; Jake Heggie, pianist (Matt Haimovitz)
 ピアノを弾いているジェイク・ヘギーが作曲した6つの作品(歌曲集、オペラアリアなど)を、アメリカだけでなくヨーロッパの歌劇場でも活躍するメゾソプラノのジェイミー・バートンが歌っている。⇒詳細


83. Best Classical Compendium

アーティスト〔訳注:絞っていないのがポイント〕と、(アーティスト以外の場合は)51%以上の演奏時間に携わったアルバムのプロデューサーやエンジニアへの賞
Award to the Artist(s) and to the Album Producer(s) and Engineer(s) of over 51% playing time of the album, if other than the artist.
⇒Compendiumは「レターセット」や「色んな物の詰め合わせ」という意味なので、主にコンピレーションアルバムを対象とする賞。ただし、クラシカル・クロスオーバーの賞(1999〜2011)が廃止になり、新しく2013年からこの賞が設立されたため、クロスオーバー系のノミネートも多い。

受賞
• Women Warriors - The Voices Of Change
Amy Andersson, conductor; Amy Andersson, Mark Mattson & Lolita Ritmanis, producers
 「社会正義、人権、公民権、LGBTQの権利、環境保護、マイノリティーの権利、男女平等、すべての少女が教育を受ける権利のために戦う世界的活動家の強さとヒロイズムに敬意を表した」19曲からなる組曲。70分ほどのドキュメンタリーに付随する形で、コンサート初演では演奏された。
 企画を立ち上げたのは指揮者のエイミー・アンダーソンで、彼女と作曲家のロリータ・リトマニスと男性レコーディング・エンジニアのマーク・マットソンが共同でプロデューサーを務めた。作曲家はリトマニスを含め、8名の女性が参加しているのだが、彼女たちは映画やドラマなどの作曲家で、ハリウッド大作のようなものではなく、テレビや配信ドラマ、アニメやゲームなどの音楽を手掛けている。
⇒映画音楽の作曲家のなかで、最もクラシック音楽的な作曲をしているジョン・ウィリアムズさえ、作品がクラシック部門でノミネートされたことがないので、こうした映像のための音楽が受賞したことは異例(もしくは新しい傾向)といえる。

ノミネート
• Berg: Violin Concerto; Seven Early Songs & Three Pieces For Orchestra
Michael Tilson Thomas, conductor; Jack Vad, producer
 指揮者・作曲家のマイケル・ティルソン・トーマス(MTT)が、桂冠音楽監督を務めるサンフランシスコ交響楽団を指揮したアルバン・ベルク作品集。ヴァイオリン協奏曲ではギル・シャハムが独奏を、歌曲集はスザンナ・フィリップスが独唱を務めている。ベルクの複雑なスコアを明晰かつ透明感を持たせつつも、複雑な印象を前面に出すことなく非常にロマンティックで美しい音楽として聴かせることに成功している。

• American Originals - A New World, A New Canon
AGAVE & Reginald L. Mobley; Geoffrey Silver, producer
 アフリカ系アメリカ人のカウンターテナー歌手レジナルド・L・モブレーとAGVEという室内アンサンブルによる、フローレンス・プライスを中心した歌曲集や室内楽曲を収録。⇒詳細

• Cerrone: The Arching Path
Timo Andres & Ian Rosenbaum; Mike Tierney, producer
 ニューヨーク生まれのクリストファー・セローネ(1984〜 )はイェール大学でデイヴィッド・ラングらに師事した作曲家。オペラからエレクトロニクスまで幅広く作曲している(サンドボックス・パーカッションや、ジェニファー・コーのための協奏曲も手掛けている)。本盤は、ピアノを主体とした作品集で、ピアノ・ソロやそこに電子音響やソプラノやクラリネットが加わっている。⇒詳細

• Plays
Chick Corea; Chick Corea & Bernie Kirsh, producers
 チック・コリア(1941〜2021)が世界各地で行ってきたピアノ・ソロのライヴからの名演奏を集めたアルバム(2曲だけ、ピアノデュオで演奏している)。演目としてモーツァルト、スカルラッティ、ショパン、スクリャービンといったクラシック音楽から、ガーシュウィンやビル・エヴァンスやモンクによるスタンダード、そして自作が取り上げられている。


84. Best Contemporary Classical Composition

作曲家への賞。(ここ25年以内に作曲されたコンテンポラリーなクラシック音楽の作品で、この該当期間に初めてリリースされたものであること。)該当する場合は、台本作家にも賞が与えられる。
A Composer's Award. (For a contemporary classical composition composed within the last 25 years, and released for the first time during the Eligibility Year.) Award to the librettist, if applicable.
⇒第3回(1961年)から存在する賞だが、1967〜84年にかけては賞がなくなり、1985年に復活。

受賞
• Shaw: Narrow Sea
Caroline Shaw, composer (Dawn Upshaw, Gilbert Kalish & Sō Percussion)
 キャロライン・ショウ(1982〜 )は今年40歳となる、やっと中堅世代になる女性の作曲家だが、既にグラミー賞では5ノミネート、3受賞しているし、2013年にはピューリッツァー賞の音楽部門を最年少で受賞している。
 本盤(30分弱のEP)は、ソプラノのドーン・アップショウ(5回グラミー賞受賞)、そして彼女が信頼を寄せるピアニストのギルバート・カリッシュ、打楽器四重奏のソー・パーカッションという前例がほとんどないと思われる編成のために作曲された、20分ほどの《Narrow Sea》がメインとなっている(レーベルのYouTubeアカウントで公開されている演奏風景の動画を観た方が面白さが伝わりやすいのでオススメ)。歌われる歌詞に古い賛美歌や民謡を使っているのが重要な作品。⇒詳細(日本語)

ノミネート
⭐ Akiho: Seven Pillars
Andy Akiho, composer (Sandbox Percussion)
 ※Best Chamber Music/Small Ensemble Performanceを参照

⭐ Assad, Clarice & Sérgio, Connors, Dillon, Martin & Skidmore: Archetypes
Clarice Assad, Sérgio Assad, Sean Connors, Robert Dillon, Peter Martin & David Skidmore, composers (Sérgio Assad, Clarice Assad & Third Coast Percussion)
 ※Best Chamber Music/Small Ensemble Performanceを参照

• Andriessen: The Only One
Louis Andriessen, composer (Esa-Pekka Salonen, Nora Fischer & Los Angeles Philharmonic)
 アメリカで生まれたミニマル・ミュージックに影響を受けた、オランダの作曲家ルイ・アンドリーセン(1939〜2021)が作曲した晩年の作品を、世界初演した際のライヴ録音。ベルギーの女性の詩人デルフィーヌ・レコンテ(1978〜 )の詩と、アメリカの歌手ノーラ・フィッシャー(1987〜 /父は指揮者のイヴァン・フィッシャーで、エレキギターの伴奏でルネサンスやバロックの歌曲を歌ったアルバム等で知られる)に刺激を受けて、様々なジャンルの音楽を融合した作品を生み出した。⇒詳細

⭐ Batiste: Movement 11'
Jon Batiste, composer (Jon Batiste)
 今年のグラミー賞で最多となる11つのノミネートをし、5つの賞を得たジョン・バティステだが、『We Are』の中のインストゥルメンタルトラックがこのBest Contemporary Classical Compositionにノミネートされていた。今回からシングル曲がノミネート可能になった恩恵を受けたかたちといえる。


【資料】アメリカにおけるクラシック音楽&現代音楽に対する評価の変化

例1)「ピューリッツァー賞の音楽部門」

*ハンガリー出身のジョーゼフ・ピューリツァー(1847〜1911)は、南北戦争の北軍に志望して渡米。戦争後に新聞社の記者、ミズーリ州の議員になり、新聞社の経営をするように。他社の買収を重ね、センセーショナルな報道が話題を呼び、ニューヨークで最大の部数まで伸ばした。1903年に200万ドル(現在に置き換えれば5000万ドルほど?)をコロンビア大学に寄付。1917年に、そのうち50万ドルをあてて始められたのがピューリッツァー賞。報道や文学を中心とする賞で、ジャーナリストのノーベル賞と呼ばれることも。当初はコロンビア大学の評議員会の下にピューリッツァー賞の理事会が置かれ、理事会の推薦を大学評議員会が承認するという形が取られていた。

*1943年から音楽部門が追加され、「アメリカ人によって作曲された、より大きな形式による音楽 music in its larger forms as composed by an American.」を対象とする賞と定められ、音楽部門の理事会には、白人男性による音楽学者、評論家、作曲家などが審査員として選ばれた。
⇒ちなみに1947年にアメリカ実験音楽の父チャールズ・アイヴズ(1874〜1954)が受賞したことは、その後の音楽史観にも大きな影響を与えたと思われる。

*1965年、受賞に値する作品なしとなり、その代わりにデューク・エリントンに特別賞を与える案が理事会からあがったが、大学の評議員会が拒否したとされている(エリントンのビッグバンドが、世界各地のオーケストラと共演したアルバム『The Symphonic Ellington』が1964年にリリースされたことが候補にあがった理由ではないか?)。
⇒各分野の専門家とは限らない、大学の評議員会による権限が徐々に問題視されるようになり、1975年からピューリッツァー賞の委員会だけで賞の決定を行うようになり、同じ頃から審査員が白人男性ばかりである状況を変えようという動きが出てくる。

*1976年、ラグタイムで有名なアフリカ系アメリカ人作曲家スコット・ジョプリン(1868〜1917)が「アメリカ音楽界への貢献が認められ、〔独立宣言から〕200周年の年に特別賞を授与」された。
⇒ガンサー・シュラーがオーケストレーションを施したジョプリンのオペラ《トゥリーモニシャ》の舞台蘇演に対する評価だったとされる。

*1983年に、エレン・ターフィ・ツウィリッヒ(1939〜 )が「管弦楽のための3章(交響曲第1番)」で、女性として初めて受賞。ちなみにこの年、対抗馬としてあがっていた候補作も女性の作曲家ヴィヴィアン・ファイン(1913〜2000)であった。そして1991年にもシュラミト・ラン(1949〜 )という女性の作曲家の作品が受賞し、その後はたびたび女性が受賞するように。

*1994年に、1950年代頃からジャズと現代音楽の融合、1960年代後半からジャズのアカデミック化に貢献したガンサー・シュラーの作品《Of Reminiscences and Reflections》が受賞(1988年にも候補にあがっていた)。1995年にはクラシックとポピュラーを混ぜ合わせた作風で知られるモートン・グールド(1913〜96)の作品が受賞した。そして1996年にアフリカ系アメリカ人として初めて、ジョージ・ウォーカー(1922〜2018)の管弦楽伴奏による歌曲《ライラック》が受賞(※スコット・ジョプリンは特別賞)。

*1996年からピューリッツァー賞委員会が改革を始め、それまで「アメリカ人によって作曲された、より大きな形式による音楽」(≒クラシック音楽に由来する音楽)としていた対象を、「その年にアメリカで初演もしくは録音されたアメリカ人による優れた音楽作品」へと拡大した。
⇒その結果、1997年にはジャズミュージシャンのウィントン・マルサリスが奴隷制の歴史を描いたオラトリオ《Blood on the fields》で受賞(ビッグバンドとヴォーカルという編成だが、演奏時間は2時間半ほどでオラトリオの形式をとっているので、ちょうどよい落とし所だったと想像される)。

*その後、「特別賞」が1998年にはジョージ・ガーシュウィン、1999年にデューク・エリントン、2006年にセロニアス・モンク、2007年にジョン・コルトレーン、2008年にボブ・ディラン(※存命)、2010年にハンク・ウィリアムス、2019年にアレサ・フランクリンに与えられた。

*2007年には、フリージャズの代表的ミュージシャン、オーネット・コールマンのライヴ・アルバム《Sound Grammar》が受賞。1997年のマルサリス《Blood on the fields》は即興が含まれるとはいえ再演可能な演目であるのに対し、このアルバムは即興が主体。
楽譜という形態で、作品が作り込まれている必要性がなくなった!

*こうしたバックグラウンドがあって初めて、2018年にケンドリック・ラマーの《DAMN》が受賞した(受賞は逃したが2021年にはマリア・シュナイダーの《Data Lords》も候補にあがっていた)。

*ちなみに、アジア系アメリカ人としては、男性の周龍(ジョウ・ロン/1953〜 )がオペラ《白蛇伝 Madame White Snake》(2010年初演)が2011年に、女性の杜韻(ドゥ・ユン/1977〜 )がオペラ《Angel's Bone》(2016年初演)が2017年に受賞している。

例2)「グラミー賞のBest Contemporary Classical Composition」

*アメリカ人の作品に限っていないが、外国人の場合はアメリカで初演されたり、英語圏のものがノミネートや受賞しやすい傾向。またレコードアカデミーの会員による投票で選ばれるためか、昔ほど知名度の高い作曲家が選ばれやすい傾向がある。

*Best Contemporary Classical Compositionの第2回にあたる1962年にはブラジルのギタリスト、ラウリンド・アルメイダ(1917〜1995)の〈Discantus〉という2分半の曲が受賞したことがあったのだが、これは例外で、以後長らく20分以上の長さをもつ作品が受賞している。

*ピューリッツァー賞を1990年代に受賞したガンサー・シュラーやモートン・グールドは、1960年代からBest Contemporary Classical Compositionにノミネートしていたが受賞はならず。

*前述したように1967〜84年にかけては、この部門そのものがなかった。その時期は、編成に応じて別の部門にノミネートされていた。

*1985年にこの部門が復活した年には、フランク・ザッパによる現代音楽《The Perfect Stranger》(約13分)がノミネートしていたが受賞ならず。

*1986年に、ミュージカルの作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーの作曲した《レクイエム》が受賞。ポピュラー寄りの作曲家が食い込む。かなり早い先駆となった。

*1987年に、エレン・ターフィ・ツウィリッヒ(1939〜 )の「管弦楽のための3章(交響曲第1番)」(1983年のピューリッツァー賞)がノミネートされるが受賞ならず。

*1994年と1995年には武満徹の作品がノミネートされるが受賞ならず。

*2008年にジョアン・タワーの《メイド・イン・アメリカ》が女性として初めてこの部門を受賞。

*2009年にジョン・コリリアーノがボブ・ディランの詩に新しく曲をつけた歌曲集が受賞。

*2010年に女性のジェニファー・ヒグドンが打楽器協奏曲で受賞。その後も2018年にヴィオラ協奏曲、2020年にハープ協奏曲によってこれまでに計3回の受賞を果たす。

*2014年に女性ジャズミュージシャンのマリア・シュナイダーが室内オーケストラ伴奏による歌曲集《Winter Morning Walks》で受賞(ノミネート作にはキャロライン・ショウがピューリッツァー賞を受賞した《Partita for 8 voices》も入っていた)。

*2020年にはウィントン・マルサリスのヴァイオリン協奏曲がノミネートされていたが受賞ならず。

*2022年に女性のキャロライン・ショウが《Narrow Sea》で受賞。ショウはBest Chamber Music/Small Ensemble Performanceで過去に2度グラミー賞を獲っているが、Best Contemporary Classical Compositionでは初受賞。

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