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遥か彼方の瞬き

次の村までは一日歩けば着くはずだった。

途中で野犬に出会ってしまい、逃げながら浅葱が追い払ってくれた頃にはだいぶ道から逸れてしまっていた。僕を庇いながら方角と歩数を覚えていた浅葱の言う通りに草原を歩いていたが空はすっかり夕焼けの色。

浅葱は剣を腰から下げている。僕と変わらないくらい大きな野犬相手にそれを使わなかった理由、使えなかった理由が気になっていたけれど言葉にしてはいけない気がしていた。

彼がゆっくり大股で歩くのは僕に合わせてくれているからだと知っている。行くあてのなかった僕の旅の目的地を彼の目的地と重ねてくれたのももしかしたら善意かもしれない。

野犬を追い払ってからも警戒しているのか、浅葱は黙って周囲を見渡しながら僕の数歩先を歩いている。大きな背中で揺れる束ねられた長い髪を見つめていると自分がひどく小さく思えた。

気持ちが暗くなる時は大体疲れているときだ。そういうときは考え事なんてしない。頭の中の色々を吹き飛ばそうとぶんぶん左右に振っていると浅葱が振り返って軽く笑った。

「この調子なら夜のうちに着きそうだ。がんばれるか?」

「うん、僕は大丈夫」

「そうか」

「浅葱は平気?」

彼は切れ長の目を見開いてから、大きな口で笑った。

「はは、俺は平気だよ。ありがとな」

「ねぇ、浅葱はなんでいつも平気なの?さっきの犬が噛みかかってきたときも、迷っちゃったときも」

少し早足で浅葱の隣に追いつくと、彼は僕の背嚢を取り上げて担いでくれた。

「そりゃあ、分かってたからだよ。俺は村を出発した時点でこういうことがあるって予測していたから、どうしたらいいか決めているし覚悟もある。お前とは状況が違うからな」

「怖いことがあるのになんで村を出たの?」

「んー?そうだな」

彼は目を細めて何かを考える。僕の質問の答えそのものではなくて、どう伝えようか悩んでいるようだった。

「この国にはたくさんの村があって、それぞれの土地ごとに守っているものがあるっていうのは見てきたよな。村が育って人が増えると村に魔女様がきてくれる。魔女様は病気や怪我を治す術を持っているから、村のみんなも安心できる」

「うん。まだ魔女さんには会ったことないけど、みんな会いたがってた」

「俺の村は人数がだいぶ増えてきたから、数年に一度の都への使者を兼ねて魔女様にきてもらえるようにお願いに行くんだ。だけど俺の村は都から遠いし、村の中で都まで辿り着けそうなのは俺くらいだと思ってた」

「僕だったらひとりじゃ出発できないよ、不安で」

「はは、俺だって不安はあったけどな。やるしかないんだよ」

「他に浅葱くらい強い人はいなかったの?」

「村も心配だからな、頼りになる人間ほど残ってもらいたかったし」

「もらいたかった、し?」

「……なにしちゃうか分からないからなぁ」

「え?」

浅葱を見上げた瞬間に背嚢を勢いよく胸に放り投げられて、思わずよろけた。背負い直しながら僕を振り返らず歩いていく浅葱に追いつこうと小走りになる。

「浅葱は、都にいくの楽しみ?」

「そうだな。白の都は学問の街。魔女様がたくさんいらっしゃるし、魔女様を育てるための施設も揃ってる。学び舎は広く開放されていると聞くし、俺も薬草の扱いを学びたいと思ってるよ」

「みんな頭いいんだねぇ、すごいや」

「村からの使者は、都で一番賢い魔女様と謁見できる。白練様は聡明でお人柄も素晴らしいと聞くからな、お会いできる時間を楽しみに、励みにしてるんだ」

「シロネリ様!不老不死で空も飛べるんだって聞いたよ」

「はは、それこないだの酒場で聞いただろ。葉を噛んでいる人間の話は信じない方がいいぞ」

水鏡の草を噛むと人間はこころだけ子どもになってしまうらしい。宿屋の一階が酒場を兼ねた食堂だったから、大人なのに大騒ぎしている人がたくさんいた。浅葱も楽しそうにしていたけど、葉を噛むこと自体はあまり好きじゃないみたいでひたすらご飯を食べていた。

浅葱の表情が少し明るくなったから僕は安心して背嚢を背負い直した。浅葱は僕を見て、ふっと笑った。

「空は飛べなくても俺は白練様にお会いしたいな。どれだけの物事が見えているのかお話したい」

「会ったことないのにそんなに好きなの、なんだか不思議だなぁ」

「うーん、好きとは違うな、憧れだよ」

「どう違うの?」

「違いって言われると難しいな。憧れは遠い人に抱くもの、かな。憧れって大切だよ、苦しいときに「あの方ならどうするかな」って考えることで道が拓けることがある」

「自分よりすごい人の判断を想像して真似るってこと?」

「そうそう。想像と真似を繰り返して自分に刷り込んでいくんだ」

「浅葱は会ったことないんだよね?ぜんぶ想像になっちゃうんじゃ?」

「はは、そうだな、鋭いじゃないか。白練様に理想を生きてもらってるのさ。その方が自分の成長幅が大きくなるだろ?近い人じゃだめだった」

「......?だめだった、の?」

そう、だめだった。呟く横顔は少し悲しそうで、それでいて苛立ちもあって、僕は浅葱のことをまだ全然知らないのだと思い知らされる。

「短い道標だとすぐにたどり着いてしまう。次の道標を探して、少し歩いて、を繰り返すとどの方角に歩いているか分からなくなる。憧れには遥か遠くにいてもらった方がおれは楽だったな」

「僕は浅葱を目指してるよ」

ちょっと大きな声を出してみる。浅葱がひとりにならないように、ひとりでどこかへ行ってしまわないように。

「そうか?じゃあ俺は立ち止まれないな」

浅葱を見上げようとすると思い切り頭をわしゃわしゃと撫でまわされて、彼はすたすたと足を早めてしまった。

背中に揺れる長い髪は先ほどよりも穏やかな揺れ方をしていた。











***

こんばんは、幸村です。

青年と少年のふたり旅シリーズ。

途中からでも読めます。いちばん気に入ってるのは三話!

一話はこちら


二話


三話



最近模様替えしたら部屋がキッズスペースみたいになりました。

居心地は最高です。





大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。