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超絶メンクイな彼女

3学期に入り、来年はもう受験生だからと独特の雰囲気を放つ者が増えた。


私は受験と言っても、進学希望先はほぼ決まっている。例の音大の短期大学に合格さえすれば良い。そのために高2からわざわざ音大教授のレッスンに新幹線に乗りお金をかけて通っていた。


一般入試ではなく推薦で早々合格をもらうためにする事と言えば、校内の評定を3.0以上にしておく事、あとは専門のソルフェージュをきちんとこなし、実技試験と小論文と面接をパスするだけ。
皆の受験とは少し、というか何もかも違ってくる。



2年生からE組の英語科に“ご栄典″したミエちゃんが突然私に話があると言う。

普通科から唯一英語科へ行った、美人で頭のいいサバサバした性格のミエちゃん。私の大好きなTが恋しているミエちゃん。超絶メンクイなミエちゃん。

彼女が英語科へ行ってからも、3日に1回はお互いの近状報告も兼ねて手紙のやり取りをしていた。
ミエちゃんは、学校内で誰よりも顔のカッコいいジャニーズ顔負けのイケメン君の彼女の座を手にしていた。
彼女が英語科に入る数日前、自分から告白し、イケメン君は彼女の存在を知らなかったので自己紹介をし、その場でOKをもらったと言う。


さすが美人!!
普通、同じ学年でも知らない人から告白され、その場でOKもらうなんて…しかもあのイケメン君に…まるで漫画の中の話みたいで、私には縁のない世界の話だが、やはり美人というものはものすごい威力を持つんだと感心した。私には一生かかってもそんな縁はない。
身近にそんな飛び道具みたいなワザを持つ友だちが居ることに驚いた。
それから約1年経つ。


ミエちゃんとイケメン君が付き合っている事は誰も知らなかった。千景も同じ中学出身の同級生も、そして英語科に在籍しているクラスメイトにも秘密を貫き通していた。

それだけイケメン君は目立つしモテていたし、誰からも一目置かれていた。ライバルは死ぬほどいる。
ましてや普通科から突然入ってきたよく知らない女子が、イケメン君の彼女の座を手にしたと知ったら、彼女自体が学校中の女子から総スカンをくらう事くらい、アホな私でも予想がついた。



なんでミエちゃんは私には全部話してくれるんだろう?
学年最下位の成績を取るくらいバカだから?
絶対にイケメン君と関わりもない、取られる心配もない害のない人間だから?


考えても考えても分からない。


ミエちゃんは孤独だった。

常に成績をキープするために勉学に励み、英語科へ行ったは良いが、クラスの中ではもう女子のグループができており、そこへ馴染むのに苦労した。普通科からきた彼女を面白く思わない女子も居たようで、成績が良い者同士にしか分からない嫉妬や妬みがあったのだろう。



そんな彼女から話があるとは何ごとだ。


久しぶりにミエちゃんと2人で休みの日にレモンパイを食べたお店に行った。
2人で紅茶と今回はチョコレートパイを注文した。
ミエちゃんは深妙な面持ちをしている。



『私、実は転校することになりそうなんだ…パパの転勤で全然知らない土地の高校に転入しなきゃいけなくて…次は私立なんだけど、今の英語科より難しい高校だから、実は何ヶ月か前から英語科の先生に猛特訓で勉強みてもらってるんだ…まだ正式には受かってないんだけど…ハッシーにも会えなくなるの…』と早口で捲し立てて話した。


『え?転校するの??もう会えないってどこに行くの?』私も驚き早口になった。


そういえばミエちゃんの家は転勤族だった。
しかもお父さんの転勤は今回が最後で、そのままその土地にある有名な大学で勤務する事になるという。
今私たちが住んでいる田舎とは比べ物にならないほどの大きな地方都市だった。
そして高校から高校に転校する事は非常に難しく、彼女が新しい土地で転入したいと希望している高校は、今彼女がいる英語科のクラスからでも入るのが非常に難しい有名私立の高校だった。


『だからね、私もうハッシーともみんなとも、彼氏とも会えなくなるんだ…まだ誰にも言ってないんだ…どうしよう…』



とても寂しそうな目をしていた。
いつも美人で気丈なミエちゃんが、あんなに寂しそうな顔をしているのを初めて見た。

彼女は本来英語科の入試を受け、補欠1番で普通科に滑り込んできたと思ったら、2年生から英語科のクラスに滑り込んだ。やっと慣れてきたと思った矢先、突然お父さんが転勤になり今度は学校ごと変わらなければならない。

その転校先予定の高校が、ウチの高校の英語科からでも入るのが非常に難しく、彼女はこの2年間誰に言う事もなく、きっと私の周りの誰よりも一生懸命勉強してきたんだ。


どうしよう…というのは不安と寂しさ、そして彼氏とのことをどうしよう…なんだろう。

私には彼氏が居ないので、そこまで深いことは言えないし分からない。けれど、彼氏と別れたくないんだろうなという事は容易に想像できた。
ない知恵を絞り、ミエちゃんに何て答えようか考えた。



『ミエちゃん、高校離れても今まで通り手紙書くよ!それにミエちゃん、大学は東京に行くんだよね?私は大学は地方になると思うけど、東京はさ、ほら、ウチの母と用事とか、叔母も住んでるし普通の人より行く機会あると思うから、今度は東京で遊ぼうよ!紹介したい友だちもいるんだ。(渋谷の一等地に住むリエちゃんの事)』


『それまで友だちで居てくれる…?』いつもの気丈な彼女らしくない。


『もちろんだよ、こっちこそミエちゃん都会に行っちゃうから私が捨てられるカモ〜!!彼氏とは遠恋ってヤツになるのかなぁ?ごめんね、私彼氏いないからそこだけはわかんない!』



『彼氏はね…微妙なんだ…お互い忙しいからデートらしい事もそんなにできないし、クラス内ではバレないようにしてるし…最近は付き合ってる意味があるのかもわかんなくなった…』



『そっか…私ミエちゃんの彼氏、口聞いた事もないからどんな人なのかよく分かんないんだけど、彼氏にはきちんと話したほうがいいよ、遠恋になったら…転校先の学校でまた何かあるかもよ?』



『そうかなぁ…。とにかく今はその転校希望出してる高校に入るために猛勉強してるんだ…』
ミエちゃんは深いため息をついた。


彼女が元々東京方面出身で、行きたい大学も東京にあることはかなり前から知っていた。

でも、高2の途中で転校って大変なんだな…高校から高校へ転校する事が難しいって事すらそれまで知らなかった。

それに慣れない土地でまた1からスタート、来年は受験…彼氏とは順調とばかり思っていたが、ミエちゃんにはミエちゃんなりの言い分がある。どうやら話の流れから、イケメン君は見かけによらず奥手であり、子どもっぽい一面もあるようだ。

私とミエちゃんはチョコレートパイも美味しいね、とか言いながら彼女の話をうんうんと聞いた、他に気の利いたセリフが言えない。

ひとしきり話し終えたところで、店を出てたくさんプリクラを取って、今の話は転校するまで内緒ね、という事でお互いの家に帰った。



家に帰る途中、その後もミエちゃんの事を考えた。
私はバンドがどうだ、数学が最悪だとワーワー騒いでいる間、彼女は1人黙々と勉強をしていたのだ。
すごいなぁ、勉強を、努力し続ける事ができる彼女のメンタリティがすごい。にしてもお父さんが大学で働くって…どういう事だろう?


頭の中がハテナだらけだった。


2週間後、ミエちゃんが
『ハッシー、受かったよおぉぉぉ…』と抱きついてきた。

『よかったぁ!おめでとう!!すごいじゃんか〜〜!!』

『も〜めちゃくちゃ頑張った…英語科の先生も褒めてくれた〜』ミエちゃんは大学受験が受かったかのような涙目だ、サラサラのロングヘアが私の顔にあたる、いつものミエちゃんのシャンプーの香りがした。


それからすぐにミエちゃんは遠く離れた大きな地方都市に引っ越して行った。



寂しいな…クラスが離れたとは言え、1年の時からグループも違ったけれど仲良くしてきた友だちだ。彼女がどんどん知らない遠くの世界へ行ってしまう気がした。



しばらくして、家のポストにミエちゃんから手紙が届くようになった。相変わらずの達筆。


新しい学校にはすぐ馴染み、友だちもできたようで、プリクラと何枚かの写真も一緒に入っていた。
モデルの卵の女友達、とミエちゃんが手紙で紹介してくれていた新しい友だちは、榎本加奈子にソックリの芸能人みたいな子だった。

ミエちゃんも大概美人だったが、芸能界に半分居るような子は、同い年でも全く違う世界の女の子に見える。
人形のような目元、陶器のような白い肌、バランスのとれた均一な顔立ち…写真からでも充分その美しさは伝わった、同じ高2とは思えない。
都会の女子高生はすごいなぁ…ミエちゃんが転校して行った高校は、その都市でも名門の私立高校だった。
別世界だなぁ…同じ高校生と思えない。



それからも定期的に文通をした。私はこちらの学校の近状報告とプリクラを、ミエちゃんからは新しい学校の様子とプリクラ、たまに写真も入っていた。

とても楽しそうで生き生きしている、例のイケメン君とは自然消滅したらしい…既に同じ学校のこれまた都会的なイケメン君を発見し、その彼が気になると書いてある。
超絶メンクイな“彼女らしいな″と思わず笑ってしまった。

ミエちゃんは転校先の高校のほうがしっくりきているようで、同じ高校だった時より何もかも楽しそうだ。都市部の私立のお嬢様学校だ。



そうか!彼女はもともと“そっち側“の世界の人だったんだ。納得!お父さんの転勤でたまたま私が住んでいた田舎に数年間来ていただけだったんだ。
寂しいけれど転校して良かったよ…今の彼女の方が生き生きしているよ。



その後も文通は続き、ミエちゃんが大学生になり上京してからも縁は続く。


そういえば、ミエちゃんの事が密かに好きだった私の大好きなTや、他の男子はどうだろう。

私の高校では、彼女は美人で気が強そうに見える“高嶺の花“だったんだろう…彼女の事を密かに好きだという男子も私が知る限り何人も居たが、彼女に告白した者はその中に誰も居なかった。きっとすぐにフラれそうで告白する勇気もなかったんだろう…

何を隠そう、彼女は『何が何でも男は顔!』と言い切る超絶メンクイだ。美人だからこそ許される言葉…彼女のような女が『男は顔!』と言い切るのを聞くと、いっそ清々しささえ感じていた。

彼女が転校してから、事情を知らない戸惑った同級生の中には、仲が良かった私に彼女がどこへ行ったのか尋ねてくる者も居た。

『あー転校しちゃったのかぁ…それなら俺もアタックしとけばよかったな…』それを聞くたび、内情を知っている私はいつも可笑しくて、1人で下を向いて吹き出しそうになる。

ククッ…多分ね…誰が告白しても彼女はなびかないよ…と意地悪く笑いが止まらない。



私はそんなミエちゃんが大好きだった。




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