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夏ですが、冬眠の話です。

オジさんの科学vol.055 2020年7月号

 新型コロナの影響で、巣ごもり状態の人も多いと思います。読書でもしてみようか、と思っている人も増えたのでは。
 SF小説の『三体』は如何でしょう。全世界で合計2,900万部を売り上げた大ベストセラー3部作です。第2部の日本語訳『三体Ⅱ 黒暗森林』が、ついに発売になりました。
 異星人と戦う主人公の羅輯(ルオ・ジー)はウイルスに感染し、現代医療では手が施せなくなります。そこで未来の医療に期待をかけて(人工)「冬眠」に入ります。

 SFには、よく出てくる人工冬眠です。実際には、まだ実現していません。
 先日、筑波大学と理化学研究所が「冬眠状態を誘導する新規神経回路の発見 ~人工冬眠の実現へ大きな前進~」という発表を行いました。
 でも、そもそも冬眠って、なんなのでしょう。
 と言うことで今回は冬眠についてお話したいと思います。

眠れる人工冬眠の美女

 冬になり外気温が下がった時、魚や両生類、爬虫類などの変温動物は動けなくなってしまいます。仕方がないので、春になるまでカエルやヘビは土の中などで冬眠します。

 一方で哺乳類や鳥類などの恒温動物は、体温を維持することができるので、冬でも活動できます。
 でもクマ、リス、コウモリ、ヤマネなどは冬眠します。冬眠するのは、哺乳類全体の4~5%程と言われています。

 ちなみに、ほとんどの鳥は冬眠しません。空を飛ぶために極限まで体を軽量化した結果、常に食べ続けなければならないから、と言われています。行動範囲が広いので、エサが無くなる前に“渡り”が出来るから、とも考えられます。
 鳥の仲間の恐竜は、どうだったのかしら?

 恒温動物は、エネルギーを燃やして熱を作ります。寒い冬は、夏よりも熱をたくさん奪われます。エネルギーもたくさん必要になります。
 そこで、エサがたくさんあるところに移動する、冬にエサが無くなる所にはそもそも棲まない、冬用にエサを変える、エサの取り方を工夫するなどなどを行います。
 熱を奪われないように毛を生やしたり、皮下脂肪が厚くなったりします。
 寒いところの動物は、大きい傾向があります。ベルクマンの法則といいます。体積が大きくなると、表面積の比率が下がるので体温を奪われにくくなるからです。

体積と表面積

 そして究極が、たくさんのエネルギーを必要としない体にする、です。
 冬眠動物は、呼吸数や心拍数を下げ基礎代謝を抑えます。エネルギーを燃やすために必要な酸素の消費量を、2~3%に落とす動物もいます。体温が下っても体調を崩さないように、体温のサーモスタットを冬用の温度設定にします。冬眠から覚める時は、自力で元の状態に戻ります。

クマの冬眠、リスの冬眠。
 一口に冬眠と言っても色々なパターンがあります。
クマは冬眠のため一度穴にこもると、春まで5~6ヶ月の間飲まず食わずで過ごします。おしっこも糞もしません。その分、秋にしっかり食べて脂肪を蓄えます。雑食性なのでドングリなどの木の実や昆虫、シカなどを食べます。
冬眠中は37℃の平熱よりもやや低い30℃ほどになります。クマはリスなどより体がはるかに大きいので、ある程度の体温を保てるのです。

 シマリスは、6〜7ヶ月も冬眠します。活動中のシマリスの体温は約37℃ですが、冬眠すると5℃くらいまで下がります。
400回/分位あった心拍数が、10回/分以下に減ります。エネルギーの消費量は1/50~1/100程度に下がります。

シマリス

睡眠不足になる冬眠中のリス。
 シマリスは、冬眠に入る前に地面に掘った穴の中にドングリなどを大量に蓄えます。巣穴にはトイレも作ります。
 何故なら1週間に一度くらいは目を覚ますからです。少しエサを食べて排泄します。その後で普通の睡眠をとるそうです。
 冬眠中の脳波を調べると、普通の睡眠とは全く異なるそうです。レム睡眠でもノンレム睡眠でもないそうです。冬眠中は睡眠がとれないので、冬眠から覚めたリスは寝不足状態だという説もあります。

眠らない冬眠
 シマリスは冬になると冬眠できるような体になります。しかし外気温を温かく保ってやると冬眠状態にならないそうです。でも明らかに活動量がへり、背を丸めてうずくまって過ごします。

眠らない冬眠は、ヒトの冬季鬱と似ている。
 食欲がなくなり、終始ウツラウツラと浅い眠りが続く。何もする気が起きなくなる。これは昔、人類の祖先も冬眠をしていた名残なのではないかと言う説もあります。

さて人工冬眠です。
 SFの中では、ちょいと眠らせて、何らかの方法で体温を下げ、寒いところで保存しておけば何百年たっても一晩寝たくらいの感覚で目覚めます。その間に歳はとりません。
 ヒトの場合体温が下がると死んでしまいます。脳が損傷した時に行われる脳低温療法でも、32℃が下限だそうです。眠っているヒトの体温を無理やり下げても、凍死するだけです。
 冬眠のメカニズムは、今のところほとんどわかっていないようです。

 人工冬眠に似たもので、クライオニクス(cryonics、人体冷凍保存)と呼ばれるサービスがあります。死体を冷凍保存し、未来の医療に復活をかけようという試みです。1960年代から凍らされた人のうち、まだ一人も目覚めていません。冬眠ではなく永眠しているのだから。
 ハン・ソロも、凍結されてしまったので冬眠とは言えないと思います。

 冒頭の筑波大などの研究によると、冬眠動物ではないマウスの脳の一部を刺激すると、体温が数日間にわたり大きく低下したそうです。併せて代謝も著しく低下することが判りました。
 さまざまな外気温下(8~32℃)で実験すると、28℃でマウスは身体をリラックスさせほとんど動かなくなりました。
 平熱が、通常の37℃より9℃も低い28℃の体温に設定されたと考えられます。冬眠にとてもよく似た状態になりました。

 この状態を経験したマウスと通常のマウスの運動能力・記憶力などを比べてみると、両者に差はみられませんでした。脳・心臓・筋肉などについても変わりはなかったそうです。また、同じマウスを繰り返しこの状態に導くことが出来ました。

 さらに、マウスより約10倍大きなラットにおいても、同様の状態が確認されました。
 ヒトを含めたもっと大きな哺乳類類を冬眠に誘導できる可能性が出てきたようです。

みんなねむい

 人工冬眠が最も注目されているのは、医療の分野です。
 脳溢血や心筋梗塞で血管が詰まると、血液によって酸素が送ることができなくなります。それによって臓器が酸欠になって死に至ります。
 そこで体が必要とする酸素消費量を通常の2、3%程度に抑えることができれば、対処するための時間を何十倍にも引き延ばすことができます。

 新型コロナで肺炎を患った時も、わずかに肺が機能していれば、患者を人口冬眠に導きます。そうなれば自然治癒も期待できます、未来の医療ではなく。

や・そね


<参考資料>
プレスリリース
「休眠と冬眠の代謝制御機構の共通点を明らかに―能動的低代謝の臨床応用を目指して」
2016年11月15日 理化学研究所

「冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見~人工冬眠の実現へ大きな前進~」2020年6月5日 筑波大学 理化学研究所

書籍
『冬眠のひみつ』 PHP研究所
『冬眠の謎を解く』近藤宣昭 岩波新書
『不死のテクノロジー』エド・レジス 工作舎

WEB
academist journal 「ヒトは冬眠できるのか – 冬眠が基礎代謝を下げるメカニズムを解明し、臨床応用を目指す」2016年12月22日 砂川玄志郎 

日経グッデイ「人間も冬眠? 実現すれば究極のアンチエイジング法に
新しいメタボ予防法や健康長寿実現への応用も」2016年1月22日 北村 昌陽


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