暗黒物質はじめて物語 その2 原初の暗黒物質
オジさんの科学vol.082 2022年10月号
深夜の学校、廊下の暗闇。街灯のない路地裏、塀の陰。何かがいる気配を感じる。
気配だけ感じて正体が判らないほど怖いものは無い。後ろの漆黒から「ナニか」が飛び出してきそうだ。ドキドキドキドキ。怖がりのボクは、ホラー映画が苦手だ。
1980年代にヴェラ・ルービンらの研究によって、その存在が明らかになった「暗黒物質」。しかし、ルービンの予言に反し、ホラー映画のナニかの様に、なかなか正体を見せようとしない。
正体は謎だが、居場所は判る。今年8月、名古屋大学と東京大学の共同研究グループは「120億年前の銀河周辺のダークマター(暗黒物質)の存在を初検出!」と発表した。
これまでの記録は、約80億年前(つまり約80億光年先)の銀河周辺の暗黒物質だった。今回はこれを約40億年も遡った。
研究チームが「最古の暗黒物質」の発見に使ったのは、「重量レンズ効果」だった。
重力レンズ効果とは
凸レンズを通過すると、光は屈折します。同じように、光は重力によっても曲げられます。このことは、アインシュタインの一般相対性理論から導かれます。
凸レンズで覗くと、遠くのものや小さいものが、大きくなったり歪んで見えたりします。
遠くの天体(「背景天体」と呼びます)からくる光の進路が、大きな質量を持つ天体(銀河や銀河団など、「レンズ天体」と呼びます)の重力によって曲げられることで、明るく見えたり、歪んで見えたり、場合によっては複数に分かれて見えたりします。これが重力レンズ効果です。
重力レンズ効果についてもアインシュタインは、1936年に論文を発表しています。
しかし、重力レンズ効果の実例は、なかなかみつかりませんでした。最初に発見されたのは、1979年です。87億光年先に見える2つのクエーサーと言う明るい天体が、実際は1つのものであることが確認されました。レンズの役割をしたのは、37億光年先の銀河でした。
その後、続々と重力レンズ効果の例が見つかる中で、光の曲がり具合などから、目に見える天体だけでなく、その周囲の暗黒物質の重力も働く事が判ってきました。
最古の暗黒物質の発見手順
暗黒物質を直接検知することは、できません。そこで、出来るだけ遠く(つまり過去)にある、目に見えるレンズ天体によって引き起こされる重力レンズ効果を探します。
背景天体までの距離、およびレンズ天体までの距離は、赤方偏移などから推定します。そして背景天体の見え方と合致するレンズ天体の質量を、様々なシミュレーションによって導き出します。それと明るさから推定したレンズ天体の質量を比べると、ダークマターの存在の有無が確認できます。
レンズ天体までの距離が遠ければ遠いほど、過去のダークマターの存在を確認していることになります。
超ザックリ言うとこうですが、実際には、星間ガスの存在やレンズ天体などの分布、その他膨大なパラメーターが存在し、気が遠くなるような作業なのだそうです。
そもそも①レンズ天体になりえる遠くの天体は、とても見つけにくい。ましてや②その先のより遠くにある背景天体は、もっと少ないのです。そのため、遠くの(過去の)重力レンズ効果は、非常に見つけづらくなります。
そこで研究チームは、①を解決するためにハワイにある「すばる望遠鏡」を使いました。そして、およそ150万個もの120億光年先(120億年前)の銀河を探し出しました。
さらに②として選んだのが、天体ではなく「宇宙マイクロ背景放射」の観測データでした。宇宙マイクロ背景放射は、宇宙が出来たての頃の熱のなごりを電波として捉えたものです。
この二つのデータを組み合わせて分析したところ、約120億年前の銀河の周囲にある暗黒物質の存在が明らかになりました。暗黒物質は、宇宙の初期段階から存在していたのです。
貴方がいるのは、暗黒物質のおかげ
先月号でお話ししたように、暗黒物質が無ければ、銀河の星々は遠心力で飛び散ってしまったかもしれません。しかし、それだけでは済まなかったのです。
宇宙における銀河の分布は、「網の目」のような構造になっています。銀河が濃く集まった連なりと、それに囲まれた希薄な空間が、立体的に張り巡らされています。しかし、その構造は、遠くになればなるほど(つまり過去になればなるほど)、淡く均質化しています。
このことから誕生した直後の宇宙は、ほとんど均質だったと考えられています。しかしほんの少しのゆらぎから徐々に暗黒物質が集まり、さらにその重力で通常の物質も集まってきたと思われます。そして星々や銀河が作られていきました。
暗黒物質が無ければ、宇宙の進化はもっとずっと遅かったと言われています。我々人類も生まれていなかったと思われます。
正体は?
宇宙の創成期から存在すると考えられる暗黒物質。現在世界中のたくさんの研究者が、その正体を探しています。
「WIMP」や「アクシオン」と呼ばれる素粒子ではないかという説があります。日本でも岐阜県奥飛騨の神岡鉱山跡地の地下でWIMPの検出実験が行われています。「XMASS」という装置で宇宙から飛び込んでくるWIMPの痕跡を捕獲しようと、2013年から観測が続けられています。
さらに「ステイラルニュートリノ」と呼ばれる素粒子も候補の一つです。第4のニュートリノです。ニュートリノと言えば、ノーベル賞を受賞した小柴さんや梶田さんが使用した「カミオカンデ」や「スパーカミオカンデ」は、XMASSのお隣にあります。
重力波望遠鏡「KAGRA」もご近所さんです。来年3月からは、KAGURAを使ってアクシオンの探索が始まるそうです。
その他にもたくさんの候補やモデルが考えられているようです。「低重量ブラックホール」と考えている人もいるみたいです。それらを検証するために、様々な検出装置や実験装置が考えれています。また、大型の加速器などで創り出そうという計画もあります。
ホラー映画のナニかの様な、暗黒物質。しかし、宇宙にとっては、無くてはならないもの。周囲に全く反応せず目に見えない様は、暗黒というよりは「透明」な感じがする。ピュアで恥ずかしがり屋なのだ。まるで森の精霊、それともトトロ。
ホラーが、ファンタジーになった。
「おーい、早く出ておいでー」。
や・そね
参考資料
プレスリリース
「120億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出!」 2022年8月1日
名古屋大学、東京大学
書籍
『まだ科学で解けない13の謎』 マイケル・ブルックス 草思社
『見えない宇宙の正体』 鈴木洋一郎 講談社
書籍
『日経サイエンス』2018年5月号 「特集 暗黒物質の正体」
『Newton』2022年12月号「ダークマター探索に新展開」
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