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いつもの顔

 ずっと整形したいと思っていた。
 世の中の男子は、目が大きくて可愛い子が好きだから。
 私の目は大きくない。
 密かに憧れていた高木君の彼女を見た。1コ下の子。目がくりっとしていて小動物のように可愛らしかった。
 私とは全然違う。
 いつ整形しようか。高校を卒業してからの方がいいよね。
 整形なんて、たいしたことない。この顔とさよならするだけ。みんなやってるし。可愛くなるのは、悪いことじゃない。

 机に身体を投げ出した。窓から入ってくる部活の声は遠い。みんなが出て行った放課後の教室は、むなしくなるくらい静かだ。頰が机の冷たさを吸い取っていく。
「桃音お待たせ。どうした? 元気ないじゃん」
 舞が勢いよく隣の机に腰掛けた。
「私も心配してた」
 優愛の声が頭上から聞こえた。
「今日さ、家来ない?」
「行く! 桃音も行こうよ!」
 舞の誘いに優愛が即答し、のぞき込んできた。優愛の大きな目が、ウキウキと輝いている。
 優愛が、ねぇ行こうよ~と肩を揺すり続けるから、頷いた。

 舞の部屋に入るのは久しぶりだった。
 以前はなかったメイク道具が、ずらりと並んでいた。ベッド脇には、ファッション系の雑誌も積まれている。何があったのだろう。
「舞どうしちゃったの? っていうか、普段メイクしてないよね。それに、化粧嫌いじゃなかったっけ?」
 私の心の声を、優愛が代弁してくれた。
「わたしさー、顔派手じゃないじゃん。だからメイクでどうにかならないかなって思って、実は色々と勉強してたんだよね。だって、大人になったら、化粧しないとならないじゃん。
 で、妹を実験台にしてメイクの練習をしたら、自分するより人を綺麗にする方が楽しくなっちゃって、ついつい増えちゃったんだ」
 てへっと舞が舌を出した。

「あのさ、本音トークするけど、私って自分の顔濃くて好きじゃない。舞は可愛らしいじゃん。桃音はクールビューティーで羨ましいし。助けてくれよこの顔! って思う。整形で薄い顔になれますか? イエス! って答えてくれる美容整形の医者、どこかにいてくれよ~」
 真剣な顔をしながら、大袈裟な身振りで訴える優愛に、笑ってしまった。それなのに、涙が出た。拭っても拭っても、次々にあふれ出てくる。
「え? どした?」
 ポーズを決めたままの優愛が、顔だけ困った表情になる。
「あれだよ。つらかったよね。高木、彼女できてさ」
 あぁっと優愛が悲痛な声を出す。
「いや……うん。高木くんの彼女、私とは全然違うタイプなんだよね。整形したくなってた。マジでつらい……」
 気持ちを言葉にしたら、ますます涙が止まらなくなった。

「よしわかった! 桃音、メイクしていい? 今のままでもめっちゃ可愛いけどさ」
 舞が小さな冷蔵庫のような箱から、タオルを取り出した。湯気が出ている。
「まずはこれで顔蒸して」
「タオル蒸し器まであるの? すご~い、本格的じゃん!」
 タオルに顔を埋めながら、優愛の喜びように笑いが込み上げてくる。
「あーなに? 笑ってるし!!」
 そんなヤツはこうだ~と、優愛がくすぐってきた。
 ぬるくなったタオルを返し舞に言われるまま椅子に座る。目を閉じ、舞にメイクをしてもらう。
 優愛が横で「ほーほー」と感心した声を出しているから、フクロウみたいと言ったら、「ホォーホォー」と声を寄せてきた。「もう、笑わせないでよ」と舞が言うと、優愛はますます調子にのって、フクロウのものまねをした。

「私ね、将来メイクの仕事したいなーって思ってるよ」
「いいねいいね」
 舞と優愛の会話を聞きながら、顔に触れる筆の冷たい感触が心地いい。
「できた!」
「舞って天才じゃん!」
 ゆっくり目蓋を開ける。二人の笑顔が見えた。
「こっち! こっち!」
 大きな姿鏡の前へ連れてた。
「……うそ……誰これ?」
「桃音だよ」
「めっちゃ可愛い! ワンダーみたい」
「それって、今人気のコスプレ女子?」
 問いかけると、舞がふふふっと笑った。

 優愛がワンダーのダンス動画を見つけ出して再生する。それを見ながら三人で踊った。
「桃音はもともと綺麗なんだからさ、整形なんてしなくてもメイクでどうとでもなるよ」
「そうそう。羨ましいよ! 私も桃音みたいな顔がよかった」
 さりげなく慰めてくれているのかな。
「ありがとう。今度メイク教えてね」
 そう言うのが精一杯だった。これ以上何か言ったら、また涙が出そうだった。
「もちろんですとも」
 舞がかしこまって、大袈裟なお辞儀をする。
「そだ! お菓子! お菓子持ってきた! こーゆー時はチョコに癒やされちゃおう!」
 優愛がくれたチョコはめちゃくちゃ甘くて、喉の奥がギュッと縮まった。
「甘過ぎ」
「チョコは、甘すぎるくらいがちょうどいいの」
 二人の気持ちも甘過ぎて、胸の奥がむずがゆくなる。
 もう一度鏡を見た。
 別人の顔。だけどその中に、いつもの私の顔もいる。
 この顔でもいいかな。
 気持ちが少し軽くなり、自然と笑顔になっていた。

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